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「SIIFIC ウェルネスファンド」投資第一号案件「ジェイファーマ」。がんの治療にパラダイムシフトを

 SIIFとSIIFインパクトキャピタル(SIIFIC)が共同運営する「SIIFIC ウェルネスファンド」。SIIFが注力する3つの社会課題の1つ「ヘルスケア」を含む、広義の「ウェルネス」領域のシステムチェンジを目指すファンドです。このたび、投資一号案件として、ジェイファーマ株式会社が実施する第三者割当増資を引き受けました。

 約2,000社にも上るソーシングリストからジェイファーマを選ぶに至ったプロセスはどんなものだったのか。この投資を通じて、どんな社会課題の解決を目指し、システムチェンジにつなげていくのか。SIIFICの共同代表を務める梅田和宏さんと三浦麗理さん、SIIF常務理事の工藤七子が語ります。


ファンドの4つの投資テーマに合致する投資先を選ぶ

梅田 「SIIFIC ウェルネスファンド」は、ファンドのTheory of Change(ToC;変化の仮説)において、目指すスーパーゴールを「ウェルネス・エクイティーの実現」とし、「ウェルネス・リテラシーの向上」と「ソーシャル・キャピタルの充実」をレバレッジ・ポイントと特定しています。その上で、ファンドのToCを置いていくことがないように、この二つのレバレッジ・ポイントから4つの投資テーマを設定しています。

(4つの投資テーマ)
1. 安⼼できる医療のデフォルトスタンダードとなる得る製品、サービス(供給側の⾏動変容)
2. 前向きかつ多様な活動、ライフスタイルへの取り組みを促す製品、サービス(需要側の⾏動変容)
3. 独⽴したそれぞれの個⼈がゆるく繋がる製品、サービス
4. 地⽅にて雇⽤を創出し、いきいきと暮らせる環境を創出する可能性があるスタートアップ 

投資先を絞り込む最初のポイントは、この投資テーマに合致するかどうか、「シーズ」の定義を満たしているかどうかの2点でした。ここでいう「シーズ」の定義とは、「アイデア」「サイエンス」「ニーズ」の3つが揃っていることです。

これらにより、当初の約2,000社から80社ほどに絞り込みました。さらに、この80社からビジネスプランをいただき、面談に伺った上で、その中から数社は本格的なデューデリジェンス(以下、DD)に入りました。結果、今回一号案件として選定したのが、ジェイファーマです。

がん細胞に多いターゲットだけを狙い、末期患者にも使える画期的な治療薬

梅田 ジェイファーマは、がん治療薬の開発に取り組む企業です。創業者である杏林大学名誉教授・遠藤仁氏が、1998年に「アミノ酸トランスポーター LAT1」を発見したことから研究開発が始まりました。この「LAT1」はがん細胞に多く発現し、栄養(アミノ酸)を取り込んで増殖させる働きを持っています。ジェイファーマは、この「LAT1」の働きを阻害する治療薬を開発する、世界で唯一のベンチャーなのです。

「LAT1」の働きを阻害すれば、がん細胞は栄養を取り込めなくなり、細胞死に至ります。しかもこの治療薬は、正常な細胞には影響を与え難いという。作用メカニズムがマイルドなため、がんが進行した患者さんにも使うことが期待できるそうです。

ジェイファーマは現在、有効な治療法の少ない胆嚢・胆管がんを対象に、臨床試験を進めています。一般に、予後の厳しい末期の患者さんは抗がん剤の副作用に苦しんだり、自由に生活できなかったりしますが、この薬の治験では、余命1年を宣告された患者さんが3年生き、その3年の間にご家族と一緒に旅行を楽しんだそうです。

がん治療の課題を分析し、課題構造をループ図に落とし込む

梅田 ジェイファーマのインパクトDDにあたって私たちはまず、システム思考で「がん治療の課題とは何か」を探りました。患者さんとそのご家族、医療従事者、製薬企業、また行政とも対話し、がん治療の実態や介入を必要とするポイントを抜け漏れや重複がないように抽出し、その因果関係を整理しました。数ヶ月かけて議論し、何度も何度も書き直してつくりあげたのが、下のシステム図(ループ図)です。 

工藤 日本のインパクト投資家の間でも、会社ごとのインパクト分析は行われていると思います。でも、その前提である課題そのもののシステム分析を行っている例は少ないと思います。海外では先行して、インパクト投資分野におけるシステム分析やシステム思考の実践が始まっています。彼らから知見をもらいながら、私たちも今回初めて、ループ図の作成にトライしてみたわけです。

ジェイファーマの事業は創薬なので「インパクトが出るのは当たり前」という見方もあるでしょう。厳しい承認プロセスを乗り越えて治験に至っているのですから、かなりの確度で誰かの健康や生命にポジティブな影響をもたらすことが予測されます。これまでもベンチャーキャピタルが数々の創薬企業を送り出してきたのに、果たしてインパクト投資家の出る幕はあるのか? こうした疑問に答えるためにも、このループ図が役立ちます。

従来、がん治療薬の開発では「がんの縮小率」に着目し、計測してきたそうです。けれども、治療の本来の目的は、患者の命と生活、家族や地域との関係も含めた全人的な健康にあるのだとすれば、そこにも着目し、測らなければいけませんよね。

このループ図の議論を通じて、ジェイファーマという企業が、患者さんのQOL(生活の質)に目を向けて薬を開発なさっていることがよく分かりました。私たちが目指す「ウェルネス」という概念にも通じると思います。この投資を通じて、ホリスティックな意味でのQOLの計測にもチャレンジしたいと考えています。

複雑な構造や因果関係を表現できるループ図

三浦 ジェイファーマは2005年の設立で、すでに一定の歴史を重ねています。創業者の遠藤先生がフェローとして残っていらっしゃるものの、薬事申請や上場準備に向けて外部から役員を迎え入れ、新たな体制を構築しています。そんな中で今回、経営陣も一緒にループ図の議論を重ねたことは、遠藤先生の研究者、そして医師としての想いを改めて共有する機会になったのではないでしょうか。

工藤 先方からのフィードバックのおかげで、ループ図をブラッシュアップすることもできました。対話を深めるための格好の材料でもあったと思います。このループ図には、ほかの投資家も関心を持ってくださったようですね?

梅田 「勉強になりました」とか「研修してくれませんか」とか、いろんなお声掛けをいただきました。何のためにこのスタートアップは存在するのか?全体のシステムの中での位置づけを示しているので、日本の状況をあまりご存じない外国機関投資家の方への説明にも役に立つかもしれません。

三浦 みなさん、興味津々です。それには2つ理由があると思います。1つは、一般的なインパクト投資で用いられる線形ロジックモデルをいきなり描くよりも、ループ図を踏まえたロジックモデルに現実味が感じられること。もう1つは、システム思考を用いることで数値化できそうなポイントがたくさんでてくること。因果関係に「+」や「-」が加わって、より科学的に捉えられるのではないでしょうか。

インパクトDDの特徴の1つに「ネガティブ・インパクト」がありますが、線形ロジックモデルでは消えてしまうんですよね。けれども、ループ図なら表現できます。

医療のパラダイムからウェルネスのパラダイムへの転換を

工藤 私にとって創薬は、これまで馴染みが薄かった分野でしたが、今回のインパクトDDを通じて、本当に深い学びが得られました。

私たちが目指すのはシステムチェンジですから、ジェイファーマのイノベーティブな薬が持つメッセージや価値観に注目していきたいですね。薬による治療効果だけでなく、患者の人生そのものに目を向ける、「医療のパラダイム」から「ウェルネスのパラダイム」への転換。それこそがシステムチェンジではないでしょうか。

たとえば学会で、がんの縮小率ではなくQOL向上や人生の満足度について発表できたら、医療者の方々に新たな視点を提供できるのではないかと話しているところです。今回、梅田さんたちが本当に粘り強く、丁寧にDDを進めてくださいました。これからもこうした地道なアプローチを積み重ねて、システムチェンジを起こしたいですね。

三浦 今回のループ図もそうですが、私たちのファンドは単にインパクト投資を行うだけではなく、毎回新しいことにチャレンジし、発信していくことが大事だと考えています。

創薬におけるインパクト投資であることにも大きな意味があります。実は海外の投資事例を検索しても、創薬のインパクトは薬の効果に留まるものがほとんどではないかと思います。ですから、この事例を積極的に海外にも発信して、どんな反応があるかも見ていきたいですね。

梅田 私は前ファンドで、インパクト評価という言葉を知らずにいました。たまたま、医師にアンケートを取れる機能を持つ会社にいたので、投資先製品の販売前後など変わり目にアンケートを取り、売上利益以外にスタートアップが計測できる数字の変化のひとつとして、インパクト評価の必要性に気付きました。そこから日本におけるこの分野のパイオニアであるSIIFと出会い、SIIFICでインパクトDDに取り組むことになったわけです。VC投資とインパクト投資は決して別モノではなく、今回の投資プロセスを見ればわかるように、VCのDDにインパクトDDを加えるだけです。両者重なっている部分も多いです。しかし、インパクトDDを行うことによって、全体のシステムの中で、誰のために、何のためにそのスタートアップは存在するのか、その本質が明らかになる。これからの時代の投資のスタンダードになればと思っています。

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