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ウェルネス領域でシステムチェンジを起こすインパクト投資を。「SIIFICウェルネスファンド」の挑戦

前左からSIIFインパクトキャピタル株式会社共同代表梅田和宏さん・三浦麗理さん
後左からSIIF 事業部ヘルスケアチーム チームヘッド 澤井典子・常務理事工藤七子

  日本のインパクト投資への関心は年々高まり、着実に残高を伸ばしています。ではこの膨大なインパクト投資の資金が、どれだけ現実の「インパクト」に結び付いているのでしょうか。私たちは、インパクト投資の取組が実際に社会にポジティブな変化を生み出しているか、という本質的な問いと向き合う段階に来ています。

 社会課題を解決するためには、課題を生み出す構造・システムそのものに目を向ける必要があります。そのため、SIIFは2022年に3つの社会課題を設定し、おのおのの現状分析とセオリー・オブ・チェンジ、アクション案を「ビジョンペーパー」にまとめました。その3つの課題領域の1つが、「ヘルスケア」です。

ブログ SIIFが注力する3つの社会課題#03「ヘルスケア」 すべての人に訪れるものとして、老いと孤独、そして死を考える

 ヘルスケア分野における取組として、ウェルネス(ヘルスケアを包含)領域でシステムに働きかける投資の実践を行うために2022年9月に設立したのが、SIIFインパクトキャピタル株式会社(以下、SIIFIC)です。そして今年6月、SIIFとSIIFICは「SIIFIC ウェルネスファンド」を組成し、ファースト・クロージングを完了しました。

SIIF Impact Capital

 ここでは、SIIFICの共同代表を務める梅田和宏さんと三浦麗理(SIIFから出向)、SIIFの常務理事工藤七子(SIIFIC取締役を兼務)が、ファンド設立の経緯と狙いについて話し合います。


ヘルスケア・スタートアップの投資経験からIMMの必要性を痛感

工藤 ビジョンペーパーを作成したのは、投資という手法以前に、まず社会課題を生み出すシステムそのものを分析することが目的でした。今回の「SIIFIC ウェルネスファンド」の組成をもって、いよいよ、投資で社会構造を変える、すなわち「システムチェンジ」の実例をつくる、スタートラインに立ったといえます。SIIFとしては、このファンドによるスタートアップへの投資を通じて、システムチェンジを目指したいと考えています。

 さらに、エコシステムビルダーとして、ファンドの実践を通じて得た知見や分析、手法についても積極的に発信し、業界と共有していかなければなりません。外部から人材を受け入れて、経験や学びを持ち帰っていただくことも、SIIFIC設立の目的の1つです。

 SIIFIC設立にあたって、梅田さんと三浦さんという、ヘルスケア・ビジネスのプロフェッショナル中のプロフェッショナルがインパクト投資に関心を寄せ、参画してくださったのは、非常に大きなことでした。もっとも、これまでファンドの立上げでインパクト戦略やインパクト測定・マネジメントに取り組んで頂いて、インパクト投資は大変だな…と思われてはいないかと、少し心配もしています(笑)。改めてご興味を持ったきっかけをお話しいただけますか?

梅田 私は以前在籍したエムスリーという会社で、コーポレートVCのエムスリーアイを率いていました。そこで行ったヘルスケア・スタートアップ投資で、インパクト評価の必要性を痛感させられました。

 インパクト評価のことを知った最初のキッカケ2018年、医療機器開発で成功実績豊富な薬事コンサルタントの澤田誠さんと私で共同設立した医療機器開発ベンチャーのエグジット活動でした。この会社はアンメット・メディカル・ニーズの大きい医療機器の開発に成功したにもかかわらず、「売り上げ実績がない」という理由で不当に低い評価しか得られなかった。ベンチャー企業は販売網がないので売上利益では勝負できません。しかし、会社は極めて大きな市場可能性を秘めていました。それを証明するために実際のユーザーである医師180名以上にニーズ調査のアンケートを行い、同社製品がもたらす社会的価値を計測したことで、大企業との適正評価価格での契約に至り、最終的に大きな投資リターンの得られるエグジットが可能になったのです。

 次に2019年、ユニコーン企業になるとマスコミからも期待されていた投資先バイオベンチャーが上場を果たしましたが、ポテンシャルは未だに大きいものの、残念ながらユニコーン上場とはなりませんでした。実際に海外機関投資家に率直なフィードバックをもらい分かったことは、事業内容を海外の機関投資家に理解してもらえなかったことです。日本のバイオテックはどれも同じに見えると。このことも、ロジックモデル、5 Dimensions等を活用し海外機関投資家の資金を日本に呼び込むためにも、国際的な共通指標によるインパクト測定が必要だと認識する契機になりました。

 こうした実体験が私をインパクト投資の世界に引き寄せたわけですが、実際に学識者と投資先4社のインパクト評価について議論したところ、難しさを感じました。当時の学者さんが挙げるアウトカムは「QOL改善」とか「健康寿命延伸」とか「医療費削減」といった一般論でした。ヘルスケア企業の場合、アウトカムはすべてそうなってしまうのでは?と質問しても、アウトカムはそういうものであるという返事。インパクト評価のアウトソースは難しいものがあると感じ、こうなったら自分が体験した効果を実践し、将来的には世界に通じるインパクト評価・マネジメント(IMM)をやるしかない。そう思い定めていたところに縁あってSIIFと出会い、現在に至ります。

ヘルスケア企業の経営に従事する中でインパクトに関心が向く

工藤 三浦さんはいかがでしょう?

三浦 私はこれまで、ヘルスケア企業の経営企画やヘルスケアの事業開発に携わってきました。その中で、マイケル・ポーターが提唱する「CSV(Creating Shared Value、共有価値の創造)経営」という概念に出会い、2018年にハーバード・ビジネス・スクールに行って彼に直接師事しています。企業はビジネスを通じて価値を共創し、社会貢献することが必要だと考えていましたし、その価値を可視化する方法を学んできました。

 振り返れば2018年、当時いた製薬企業の若手に向けて私は「社会を変える3つの力」として「Crowdの力、AIの力、ソーシャルの力」を示しています。インパクト・アントレプレナーと呼ばれる人たちや、インパクト・スタートアップが頭角を現し始めた頃で、私自身もインパクトの領域に関心を寄せるようになりました。

 とはいえ、実際にはインパクト・アントレプレナーやインパクト・スタートアップとの接点は持っていませんでしたから、日本ファンドレイジング協会が運営する日本で唯一のファンドレイジングの専門のスクールに通って“心(マインドセット)”と“スキル(ファンドレイジング)”の準備をしました。ここでは、ソーシャルな目的でファンを獲得し、資金を集めるにはどうすればいいのかを体系的に学びました。社会課題解決を目指す仲間もできたので、私にとってとても大きな経験でした。

 SIIFに参加する直前は、PEファンド傘下の企業で経営企画の役員を務めていました。この会社は最近IPOしたのですが、このとき、投資家がお金のパワー(投資)によって、企業にいかに大きな影響を及ぼすかを思い知りました。この経験も、今回SIIFIC設立に参加して、投資で社会を変えたいと考えた、動機の1つになっています。

インパクトDDを通じてウェルネス企業家・創業者と深く対話する

工藤 実際にインパクト投資に取り組んでみての感想や、今後の課題についてお聞かせくださいますか?

梅田 率直に言って、始めた当初は何から勉強すればいいのかも分かりませんでした。それが、昨年秋に「セオリー・オブ・チェンジ」や「システム・シンキング」についてのSIIFさんの研修に参加したことで、道筋をつかむことができました。

三浦 毎週、工藤さんをはじめとするSIIFメンバーが参加する運営チームで議論を重ねることで、いろんな考え方を学んでいますし、だんだん視座が高くなっていく実感があります。それに基づいて今、いよいよ投資先候補との具体的な議論やインパクトデューデリジェンス(以下、 DD)に進んでいるところです。

梅田 VCでのDDとは異なるインパクトDDは初めてで、これまでにない経験をさせてもらっています。1つはシステム・シンキングで、その質が今後のインパクト評価の質に直結すると実感しているところです。

 2つめは、インパクトを測るベースラインの設定です。根拠となるデータやエビデンスを探り当てなければならないのですが、これがかなり大変ですし、鍵を握るポイントでもあると思っています。

 3つめは、「ネガティブ・インパクト」という視点です。VC時代は、投資によってネガティブなインパクトが生じるなんて考えたこともありませんでした。システム・シンキングによって投資対象となる領域の全体像を捉える。このことも新しい経験ですね。

三浦 通常の投資では目に見える課題に対して解決策を挙げ、それに対して評価やDDをしますが、今回ウェルネスファンドで行うインパクト投資ではシステム全体に目を向けます。そうすると、その企業や事業の持続可能性についてより深く考えることになりますし、企業の存在意義を問うことにもなります。こうした議論をしていると、相手先企業も新たな気付きを得てくださっている手応えがありますし、特に創業者の方は創業時の熱意に立ち戻っていくのを感じます。

梅田 インパクトDDは、VCのDDと別モノなのではなくて、VCのDDに加え、追加するものなんですよね。企業の事業計画に書かれていないことをシステム・シンキングによって探り出す。その作業は、企業の本質を深掘りするようなものです。

三浦 私も梅田さんもライフサイエンスの出身ですから、この分野で相手先企業の方と専門性を踏まえた話ができるのは有利だと思います。ファイナンス・インパクト畑の人がサイエンスを学ぶよりは、サイエンスの知識を持つ人がファイナンス・インパクトを学ぶほうが近道かもしれません。投資先候補の起業家に「インパクトの目線もありつつ、事業の話、特にサイエンスの議論ができて、とても嬉しく感じた」と言っていただけたことがあって、それは本当に嬉しかったですね。

工藤 これまでヘルスケア、ウェルネス領域の事業をずっと見てきたお2人が今、インパクト投資やシステム・シンキングについてもものすごく勉強なさっていて、その両方を背景に取り組んでくださるのは本当にありがたいし、意義深いことだと思っています。

システムチェンジに貢献するためのスタンダードをつくる

工藤 私はインパクト投資がシステムチェンジに貢献できると信じているので、このファンドから1件でも「システムにアプローチするとはこういうことだ」という実例をつくりたいんです。表層的なインパクトではなくて、本当にシステムに働きかける、その様子を多くの人に見せられる形にもっていきたいですね。

梅田 ポイントの1つはアウトカムの計測にあると考えています。計測出来ないものはコントロールが難しく、そのためマネジメントも出来ない。SIIFICという会社が、属人的なVCではなく、社内に社会も経済も両方が儲かる仕組みを持ち、システムチェンジに貢献し、100年後もインパクトリターンと経済リターンを出し続けられるシステムを日本に確立することが目標です。

 そのためにも今、自分がこれまでに何を間違えたかを記録しているんですよ。私としては全力で考えたけれど、工藤さんたちにダメ出しされたのはどこだったか。インパクト初心者が陥りやすい「罠」をまとめておいて、後進にはつまずかないようにしてほしい(笑)。

三浦 真面目に、地道に、原理原則通り歩んでいくしかないですね。地味かもしれませんが、定量化できるものはできるだけ定量化して、誰もがフェアに取り組めるインパクト投資を世の中に浸透させていく。そんな未来を目指したいですね。

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