見出し画像

SIIFが注力する3つの社会課題#03「ヘルスケア」 すべての人に訪れるものとして、老いと孤独、そして死を考える

 2022年の世界のインパクト投資残高は1兆ドル超。たくさんの人、お金が動いている中で、本当に地球と社会はよくなっているのでしょうか。また、人々は幸せになっているのでしょうか。こうした問いに向き合うべく、SIIFは昨年初めて、注力する課題領域として「地域活性化」「ヘルスケア」「機会格差」の3つを掲げました。
 これまでSIIFはインパクト投資という「手法」にこだわり、その手法を使って課題を解決することを行 ってきましたが、今回の3つの課題領域の設定は、課題を引き起こしている構造は何なのかを分析し、そこからSIIFとして何ができるか見つめ直そうという試みです。
 約1年をかけて、課題の構造分析→変化の仮説(セオリーオブチェンジ)→変化を促すためのアクション案の3つのステップで考察を進め、ビジョンペーパーとしてまとめました。これらのプロセス、そしてプロセスを通じて得た気づきや学びについて、課題領域ごとに3回に分けてご紹介します。
 3回目は「ヘルスケア」。対象も課題も広範囲にわたり誰もが当事者となり得るテーマですが、今回は特に「身体と心に不調を抱える高齢者」と「その介護者」に着目し、「介護を必要とする高齢者やその家族が、なぜ孤立・孤独に陥っているのか?」という問いを起点に進めました。最終的には、「よく生き、よく死ぬためには」といった哲学的な疑問へ議論は展開したとか……。ヘルスケアチームの澤井典子、三浦麗理、工藤七子に聞きました。

左)澤井 典子   中)三浦 麗理   右)工藤 七子

永遠のテーマ!?
約30年前から取り組まれてきた課題

澤井 まずは心身に不調を感じる患者・高齢者に分けて、それぞれ「ヘルスシステム」「ヘルスリテラシー」「ソーシャルキャピタル」の視点から課題構造マップを作成しました。ヘルスケアを取り巻く課題を構造的に理解しようという意図で行ったのですが、やっていくとあまりに課題が多すぎて(笑)。

工藤 マップを見ていただいた専門家の方にも「絞り方が決め手です」と言われ(笑)。それで、介護を必要とする高齢者と介護者の孤立・孤独というテーマに絞っていきました。60代の息子が80代の母親の介護に疲れて無理心中を図るといったようなニュースを聞くと、本当にやりきれない思いになります。どうしてそんな最悪の事態に進んでしまうのか、そんなところにこのテーマの原点があります。

三浦 このテーマについては膨大なファクトがあり、徹底的に資料を読んで、事実を紐解いていくことを行いました。例えば内閣府が出している『高齢社会白書』を過去約30年分さかのぼって読んだことは、大変参考になりました。高齢者は支えられる存在とは限らないことや、実は多くの孤立孤独対策がされていることを知ったり。たくさんの国の予算が使われ、施策も実施されているのだけれど、孤立孤独対策は様々な課題が複雑に絡み合っていて、目に見える成果を短期間にあげることは難しいということを再認識しました。じゃあ何が足りていないのか、何が構造的に課題なのか。そこでたどり着いたレ バレッジポイントが「ゆるいつながり」と「エイジング・リテラシー」でした。 

ヘルスケア課題構造マップ

ゆるいつながりを育むこと、
エイジング・リテラシーを高めること

澤井 「ゆるいつながり」と「エイジング・リテラシー」にたどり着いたのは、Hubbit社というスタートアップが実施する「Carebee」(以下:ケアビー)を知ったところが大きいです。ケアビーはコンシェルジュと呼ばれるケアビーサポーターがオンラインでサポートしながら、高齢者がITタブレットを使って家族とつながるサービスです。サービスの肝として、高齢者というタグで一括りにするのではなく、一対一の人間として向き合うコミュニケーションを大切にしながら、信頼関係を築きサービスを提供していく姿勢にとても共感しました。
家族や親族同士の強いつながりでは、また日常生活で接している家族や介護者には、かえって心を開けないこともあるかもしれない。しかし、こうした第三者とのゆるいつながりを育むことで、 その人そのものに焦点があてられることで、 その人らしく生き生きと振る舞うことができるのではないか。また、例えば普段は関わらない若者など、世代を超えた ゆるいつながりを形成していくことで、世代間の交流が社会全体で進むのではないかと考えました。
またケアビーでは、「誰もが老いていく」「老いとは少しずつできないことが増えていくこと」「最期をポジティブにとらえ準備する」といったことを、高齢者と家族とがケアビーを使うやりとりの中で積極的に発信しています。老いとは恥じることでも、隠すことでも、孤立することでもない。誰にでも老いはやってくるものであり、老いととどう向き合うか、社会全体のエイジング・リテラシーを高めることで、誰もが豊かな老いを迎えることができるのではないでしょうか。

工藤 つながりについては、つながっていれば幸せなのか?友だちがたくさんいた方が幸せなのか?といったことも話し合いました。たくさんのゆるいつながりを持っているけれども、自分の老いを受け止められないとか、親の老いを受け止められないとか。一方で、1人なんだけれども満たされている人はいるとか。そうしたところからエイジング・リテラシーの話が始まりました。
究極的には、20代くらいから老いと向き合うのが一番の解決策かもしれない。世の摂理として老いや死があるのに、いつからそれがネガティブでタブーのようになったのでしょう。そこにエイジング・リテラシーを育てる鍵があるとしたら、最初は介護を必要とする高齢者と介護者に絞って検討してい たのですが、これはもうみんなの問題であると実感しています。

三浦 実は最初のセオリーオブチェンジの項には、「よい死に方」といった文言も入って いました。日本は多くの人が1人で死んでいくことは避けることができない現実があります。そうした中で、身体的・物理的には幸せではないかもしれないけれど、心豊かに最期を迎える ことはできるのではないか。その ヒントとなるようなことが、「死」という文言は避けていますが、今回まとめたビジョンペーパー(以下:VP)で出せたのではないかと思っています。
人生を豊かに終えることを追求できる日本社会 になれば、それを見ている海外の人たちも感じることがあると思う。そしてそこから発生したソーシャルビジネスが、世界のソーシャルビジネスへと広がっていくのではないか。そんなことも感じています。 

システムチェンジの根源に横たわっている
ソーシャルキャピタル

澤井 スイスでは、20歳になるとエンディングノートを書くそうです。ものすごく若い時から自分が死ぬということを意識して、死ぬまでに何をやりたいか考える。VPの書面には出てきませんが、そうした生と死への向き合い方や価値観といったことを考えたり、3人で話し合えたりしたことは大変印象に残る体験でした。
私には93歳になる叔母がいます。めちゃくちゃ快活で元気だった人が、コロナ禍に一人暮らしで転倒して介護施設に入って、車椅子になって、寝たきりになって、どんどん孤独になっていく状況を目の当たりにして います。まさに今回のテーマの当事者です。このテーマを自身が追求することで、家族として叔母に何かできると思っていたのですが、それは尊大な考え方だったと思うようになりました。どんなによい仕組みがあったとしても、人間は老い、確実に死に向かっている、それをわかっているようで、わかっていなかった。あきらめるというのとは違うのですが、老いや死を受け入れるということに気づかされました。

三浦 老いと孤独というテーマを通じて、生きること、そしてその裏として死ぬことを、自分事として考えることができたことは、とても大きいことだったと思います。そしてそれを自分たちの頭の中だけでなく、紙に落として伝えていく。そこから第一歩のステップが始まる、対話が始まると身に染みて感じています。

工藤 今後SIIFとしてこの考察を、インパクト投資やインパクトビジネスにどう落とし込んでいくかはこれからです。インパクトビジネスは顕在化している課題にアクションを起こしていくことがまだまだメインとなっていますが、私たちが今回行った意義というのは、システムレベルという、顕在化している痛みではなくて、その痛みを生み出している構造に働きかけていくことで、本当に難しいことをやっているなと思います。そうした構造的課題解決で一番のネックとなるのは、ソーシャルキャピタル(人と人との関係性)であると改めて考えています。人と人、人と地域、人と社会がどんなつながり・関係性を育んでいくのかということが、もっとも根源にある大きなテーマであるのかもしれません。

ビジョンペーパー【ヘルスケア】

https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2023/06/SIIF_VP_Healthcare.pdf

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?