ただの街に貼りついた思い出
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16:00。日が沈む少し前。
海老名駅から本厚木駅に向かう電車の中。
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私は車両のドア付近で立って、
ぼーっと窓の外の景色を眺めていた。
少しずつ本厚木の町並みが流れてきた。
その瞬間「ズッ」と体の奥から急に感情が湧いてきた。
あの名前の無い、
泣きそうになる前の感じ。
鼻の奥がツンとなるあの感じ。
特に悲しいことがあったわけじゃなかったし、普通に電車に乗ってただけなのに、
急に泣きそうになってしまった。本厚木の町並みを見て泣きそうになった。
そして、ある思いに気づいた。
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一年前この街に引っ越し来てきた時、私にとってこの街はただの街だった。
ただのビル。ただの道路。ただの川。
ただの橋。ただの駅。
ただの街だった。
なのに、いつの間にかそうじゃないと気づいた。
ただのビルだったものは、
いつも買い物に行く場所になった。
ただの道路だったものは、
夏祭りの歩行者天国で親友と笑いながら歩いた場所になった。
ただの川だったものは、
疲れた時にシーグラスを探しに行く場所になった。
ただの橋だったものは、
彼との散歩でよく渡る特別な場所になった。
ただの駅だったものは、
親友や彼を待つ少しドキドキした場所となった。
一年前、どうでもよかった街だったのに、
沢山の思い出が張り付いて剥がれなくなってしまった。
もうこの街を「ただの街」とは思えなくなってしまった。
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私は思った。
「あぁ気づかない間に、この街もそうなってしまったのか」と。
私にとってこの街は価値のあるものとなった証拠だった。
これが良いことなのか悪いことなのか、なぜ泣きそうになったか分からない。
でも、「変わる」ということを強く実感した。
私の中の何かが変わった。
それだけが分かった。
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どうでもよかったモノに味がついていくのを実感して少し怖い。
きっと失うときに悲しくなるから。
これからもこの街で過ごしていく。
きっともっともっと沢山の思い出が張り付いて、味が濃くなっていく景色が変わっていく。
きっと少しずつ「私の住む街」になっていく。
私の人生の一部になるのだと思う。
私はそれを見つめながら、ただ時を過ぎるのを感じるのだろう。
もう、何もなかった頃の記憶を思い出せないまま。
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