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サッカー訪問記 2-1 川崎フロンターレはこうして街づくり プロデューサー集団になった その①

                  (写真)川崎フロンターレ提供 

 川崎フロンターレが凄いと話題になるのはなんと言ってもピッチ上の成功についてである。Jリーグを2017年以降4回制覇しつつ、ここ2年の間に守田英正、田中碧、三笘薫、旗手怜央といった若手の中心選手を矢継ぎ早に欧州のクラブに送り出し続けているにも関わらず、今季もちゃんと優勝争いをしていることである。また日本代表にも上記欧州組に加え谷口彰悟、脇坂泰斗、山根視来が選ばれて活躍している。更に下部組織出身者には欧州で活躍している板倉滉、三好康児もいる。まさにフロンターレ黄金時代である。フロンターレでは選手として求められる要素がかなり緻密に明確化されていて、選手を育てる場合にも、獲得する場合にもそれが全くぶれていないと思う。それとチームとしてのプレースタイルが日本人選手の強み、長所にピッタリとはまっているのではないだろうか?
 
 さて、それはさておき、本日のテーマは上記のようなピッチ上の成功についてではない。もう一つのフロンターレをフロンターレたらしめているホームタウン川崎市での活躍についてだ。
 
 今日は川崎フロンターレが施設管理を請け負っている川崎市の富士見公園に来て旧知の岩永氏のお話を聞くことができた。岩永氏は現在フロンターレのホームタウンへの貢献を担う中心人物の一人として大車輪の活躍をされていて、その語り口の熱さにはこちらが圧倒されてしまった。ここまで熱心に語って頂いた岩永氏に感謝!
 
  因みにフロンターレはJリーグが毎年実施しているスタジアム観戦者調査において2010年から10年連続で「ホームタウンで大きな貢献をしているクラブ」として第一位の評価を得てきたのである。また、あまり話題にはならないが、財務的にもJ1クラブで随一の内部留保(貯金)をコツコツと積み上げており、経営的にも最も安定しているクラブなのだ。 
 
 さて、話題を地元川崎市での多岐に渡る活動に移そう。クラブが最近手がけているのは以下のような活動だ。旧川崎球場があった富士見公園の指定管理者としてアメフトのリーグ、盆踊りや花火大会の企画、運営。スポンサーのサントリーウエルネス社と連携した健康体操イベント。スポンサーのドール社と川崎市内のスーパーを結びつけたドールのバナナ、アボカドの販売事業では、その売上の一部が等々力陸上競技場の整備費に充てられる。教育委員会と連携してかつて中村憲剛氏も登場した算数ドリルの全公立小学校への配布。タワマンが林立し最近話題となっている武蔵小杉を抱える中原区役所と連携した街のコンセプト作り支援。あれあれ?フロンターレってプロサッカークラブなんじゃなかったっけ?と思われそうな案件ばかりだ。
  
■辿り着いた街づくりプロデューサーというポジション

 岩永氏から一つ一つの事業の話をじっくり聞いていくうちに、フロンターレは地域貢献活動を突き詰めていくに従い、段々プロサッカークラブ或いはスポーツの領域からも飛び出してしまったのだなと僕は認識したのである、今ではあたかも川崎市の街づくりプロデューサーとしての地位を確立し始めているのではないかと感じるのだ。
"ん〜、街づくりプロデューサーってなんじゃ?"
と思われる方、その活動の一旦を下記に紹介させて下さい。
 
■クラブ創設時からの苦労をくぐり抜けて育まれたDNA

 等々力スタジアム廻りは試合の観戦チケットを持っているか否かに関わらず、祭りスペースと称してあたかも地域の神社やお寺の祭りがそうであるように出店があり、ちょっとしたイベントありで、とにかく市民に来てもらい楽しんでもらうことに主眼を置きセットアップされている。ただ、2005年のJ1再昇格後も数年間は “試合がある日はうるさいのでやめてもらいたい” という近隣の住民からの苦情が多かったぐらいクラブとして受け入れられていなかったとのこと。 元々川崎市にはプロ野球の球団や、サッカーではヴェルディがホームタウンとしている時期があったがいずれも定着せず、“どうせ、フロンターレも腰掛けでしょ” というふうに思っている市民が少なからずいたらしい。それでもスタジアム廻りでのお祭りの場の提供を粘り強く長年続けてきた結果、あまりサッカーに興味がなかった高齢者の方々もそのうち孫を連れてお祭りを楽しみにくるようになり、市民に徐々に認めてもらい、当初あった “うるさいから止めろ” という苦情は激減したそうだ。岩永氏曰く、日本の場合ヨーロッパとは違い、「サッカーの試合があるので見に来て下さい」 だけで済むほどサッカー文化が浸透しているわけではない、ということをきちんと認識することが出発点だったとのこと。
創設時からの長い苦労の道のりが偲ばれるコメントである。
そういう環境の中で “とにかく市民に親しんでもらわないと何も始まらない、そのためにやれることは何でもやろう” というDNAがフロンターレの中で育まれていったようだ。 クラブスタッフにも選手達にもだ。
 
 ■算数ドリル 

 一時期話題になった “フロンターレの算数ドリル” であるが、最初は中村憲剛氏らが参加してドリルを作り、繋がりのある小学校1校から配布し始めていたことは僕も知っていた。
ただ、今回聞いて驚いたのだが、ある時期から教育委員会と協働し、今では市内の公立小学校全114校及び特別支援学校全3校に配布して各校が授業を行っているとのこと。
下記のように選手が参加しての実践授業も行っているのだ。

小学生へのフロンターレブランドの刷り込みもどんどん進化し、領域を拡大していたのである。 
 
■富士見公園の指定管理から発展した大事業

 指定管理を請け負っている富士見公園では、公園内の富士通スタジアム川崎(人工芝)をアメフトのリーグ戦に貸し出したり、盆踊り、花火大会を企画運営したり、つまりサッカーにまだあまり興味がない市民であっても兎に角楽しんでもらうことに専念しているのである。
 
 その実績の甲斐あって富士見公園の再整備事業者及び管理運営者の入札に参加し、この度2022年9月に見事2025年度以降20年間の整備・運営者として指名されたのである。競輪場が隣接し、多種多様な人々が行き交う川崎区の中心にあって、人工芝スタジアムも抱える富士見公園は、フロンターレが中心となって編成された企業グループがプロデュースして生まれ変わらせることになったのである。これまでの歴史もあり、あまりイメージの良くなかったこの地域のイメージを一新させるべく、行政もフロンターレの力に期待を大きくしている証左である。街作りプロデューサーとしての地位が浸透してきているのである。

■365日のまちクラブ
 
 このような事業が成功した背景にはとにかく川崎市民にフロンターレに接してもらう、愛着を感じてもらうというクラブとしてのミッションが徹底していることがある。それに沿うことであれば領域を絞らずにまず実現を目指すという "365日のまちクラブ"としての姿勢がある。
 
 その結果としてここ20数年の活動で築いてきた “地域とのつながり” は大きな財産である。行政や地域、企業、町内会や商店街、病院、NPO、警察、交通、メディア、公共機関などなど、フロンターレが働きかければまずは聞いてくれ、動いてくれる関係性だ。そこには民間企業が主体だと受け手側が特に行政が抱きがちな “その企業の自社利益優先に対する警戒心” がなくなってきていると岩永氏。 "フロンターレなら大丈夫だろう" という暗黙の安心感があるのだ。 
 
■新しいスポンサーサービス
~街づくりプロデューサーだからできる
          地域とスポンサー間のコーディネート~

 一方フロンターレだからできる独自のスポンサーサービスも進化中だ。いくつか実例を紹介したい。
 
●株式会社ドール  〜選手も参加するクラブを挙げてのサポート〜

 世界的な青果物販売会社であるドール社の日本法人との連携の仕方が如何にもフロンターレらしい。ドールと言えばバナナであるが、引退した大久保嘉人氏がフロンターレで点を取りまくって得点王を続けていた頃、中村憲剛、大久保嘉人両選手がドールバナナのかぶり物をして微笑んでいるポスターが街の商店街のそこかしこに貼られていた。

(写真)川崎フロンターレ提供
(写真)川崎フロンターレ提供

 また、輸入したアボカドを販売したいドール社のためにアボカドのクッキングレシピ動画を製作してフロンターレの公式YouTubeチャンネル(9万人登録)で配信しているのだが、その動画の中でレシピを紹介してクッキングをしているのが2020年のJリーグMVPの家長昭博選手なのである。家長選手本人は料理はあまりせずたどたどしい手つきで、スタッフが画面外から色々サポートし、タイムリーに質問してリードしてあげている。ただ、家長選手が辿々しくはにかみながらやっているのが、ちょっと可愛らしく、サポーターの好感度はアップしそうだ。昔の尖っていた頃の家長選手からは想像もできない変貌ぶりである。

 いずれにしろこういうことを現役バリバリのスター選手にやらせるJクラブはそうそうない。どうしても選手は “俺はサッカーをやるためにプロになったんだ、こんなことをやるためにいるわけじゃない”というタイプが多い。強化本部も来る試合に集中出来なくなるからと選手が引っ張り出されることを嫌うクラブが多い。ところがフロンターレの場合選手が入団した途端当然のようにスポンサーサービスや先の算数ドリルをはじめ数々のイベントに参加しなくてはならない。しかも、移籍で入団した選手、外国人選手も容赦なく洗礼を受ける。背景にあるのは、J2からJ1に上がって定着するのに苦労し、観客数もなかなか伸びず、財政的にも苦労していた時代である。その頃中村憲剛氏らの世代の選手が全面的に地元対策やスポンサーとの連携に協力し始めてから、選手の間でもそれが当たり前だという伝統ができてしまったらしい。今では選手の中でもそういう活動を楽しんでいる選手も結構いるとのこと。ただ、クラブとしてそれに安住しているわけではなく、今でも選手たちと事業系の部署との懇親会が定期開催され、お互いの考えをぶつけ合うのだそうだ。ここまでやっているJクラブはそう多くないのではないだろうか?
 
 アボカドレシピ動画の最後に “この川崎応援アボカドは “川崎市内スーパー他で販売中” とのテロップが流れる。ということは川崎市内のかなりの数のスーパーをフロンターレが巻き込んでいるということだろう。この動画の再生回数もこの手の動画にしては結構な数だ。スポンサーとしてはこういう地道な努力ほど嬉しいことはない。スポンサーフィーもはずんでしまうはずである。フロンターレは中々の商売上手だ。
 
●サントリーウエルネス株式会社

 この他のスポンサーでは健康食品の通販で売り上げを伸ばしているサントリーウエルネスという会社がある。サントリーウエルネスは脚・膝関節サプリのロコモアなどの代表的な健康食品を基本通販で販売している。従い、自社商品の対面販売をしていないため消費者との接点をどう構築するかということで試行錯誤していたとのこと。
 
そこでフロンターレはかわさき記念病院を巻き込み認知症予防のための地域の高齢者向けオンライン体操教室をサントリーウエルネスと協働で企画実行するのである。病院の職員がフロンターレが運営するスポーツ施設フロンタウンさぎぬまに普段から通っていたこともあって、病院内で話がスムーズにまとまり、実現したとのこと。

こういうイベントもフロンターレに頼まれたら動いてしまう企業、団体が川崎市そこかしこにいるので実現するのであろう。 サントリーウエルネスの社内でもどうフロンターレチャンネルを活用するか構想が色々出てきているのではなかろうか?
 
以上がスポンサーと地域のつなぎ役という新しいスポンサーサービスの一端である。154万人が住む結構な規模の自治体ということもあり、これに惹きつけられるスポンサーはまだまだ増え続ける可能性が大きそうだ。
          

           ~次回  続編その②に続きます ~   
 

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