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【カザフスタン🇰🇿での日々】  至福のバーニャ

妻の実家に帰ると、必ず連れて行ってもらう場所がバーニャだ。

ロシア式サウナ=バーニャ(カザフ語では「モンシャ」)が生活文化として定着しているカザフスタンでは、老若男女問わず、人々は年がら年中バーニャに通う。

日頃の疲れを癒す休息の場であり、家族や友人と穏やかなひとときを過ごす社交の場であり、己の限界まで湯気と汗に塗れる鍛錬の場であるバーニャ。

滞在中、義父母が「バーニャに行こう」と言ってくれると、心が躍り出す。

日本でもサウナブームが巷を賑わし、バーニャの魅力を伝える情報が増えてきているけれど、もっと世間に広まっていいのではと思う。

何より構成がシンプルだ。

建物のサイズは、戸建住宅を改修した個浴タイプのものから、2階建ての大浴場まで大小様々だ。郊外やリゾート地に行けばログハウス仕様の本格的なバーニャもある。

大きめのサウナ

浴場の大小に関わらず、中の構成は大きく四つで、脱衣所、沐浴室、サウナ室、そして休憩スペースがある。

脱衣所では、服やタオル、貴重品、持参した飲食物をロッカーに入れ、草履やスリッパを履いて沐浴室に向かう。人によってパンツを履いたり腰にタオルを巻いたりしている。

沐浴室はタイル張りで、沐浴用の桶と腰の高さくらいの台、それにシャワーがある。浴場によっては水風呂やボーチカと呼ばれるサウナ後に水を被る樽が天井にぶら下がっている。(ちなみに水風呂は、水深2m近い場合もあり、溺れないよう注意したい)

浴室に入ると、まず沐浴の場所を確保する。そして、持参物を台におき、台の付近にある二つの蛇口から桶にお湯を入れる。蛇口が二つあるのは、お湯が高温のため、水で適温に冷ますためだ。

フェルトの帽子、ヴェーニクと呼ばれる葉がついた小枝の束(主に白樺が用いられる)、手袋(熱くなったヴェーニクを持つため)、そして石鹸にシャンプー、極めて目の粗いボディタオルが主な持参物だ。

白樺の枝葉を束ねたヴェーリクとフェルトのサウナ帽子


サウナ室は、木造で日本のサウナと構造は同じだが、街中のバーニャでもサウナ室は木の板やログで作られている。浴場によっては、ハマム(蒸し風呂)もあり、個人的にはまずハマムで熱さに慣れてからバーニャに入るようにしている。

個浴のサウナ室
熱源。ここにサウナストーンがある。

休憩スペースでは、テーブルと椅子、ベンチや木製のリクライニングチェアーがある。さらに飲食が可能であり、ポテトチップスやサムサ、さらにビールやウォッカ、クバス(ライ麦の粉と麦芽を発酵させて作る微炭酸飲料。低アルコールで未成年でも飲める)、などを販売している。

休憩室。奥に売店もある。

サウナで発散した熱やカロリー以上に飲み食いしている気がするので、美容や健康は目的ではない。

そこにバーニャがあるから、人は行くのだ。

バーニャの醍醐味といえば、ヴェーニクによるウィスキングだろう。
サウナ室は汗をかくのに十分な熱気を保っているが、こちらでは白樺の枝葉(ベリョーザ)などを束ねたヴェーニクをはたくことでで肌や汗腺をさらに刺激しする。
サウナストーンに湯をかけて蒸気をあげることで、さらに「ととのう」のだ。

妻の実家を初めて訪れ、義父とバーニャに行った際、「俺の娘を大事にしないとタダじゃおかねぇぞ」というメッセージが込められているのかと思うくらい、強く激しくウィスキングを受けたことはいい思い出である。


さて、大きなバーニャのサウナ室であれば、大人ひとりが横になる台が置かれている。
ある日のサウナ室では、大柄な男性が腰に巻いたタオルを台に敷き、フェルトのサウナ帽子を被ってうつ伏せになると、横でベリョーザを両手に持ち、仁王立ちしていたもう1人の男性(たぶん、サウナでたまたま会った知り合いでもない人)が、これでもかというくらい、台の上の男性を叩き始めた。

バシバシバシバシ

シャッシャッシャッシャ

大振りと手首のスナップを効かせた小振りを使い分け、足の裏から腰にかけて打っていく。
背中に達したところで、さらに振りが大きくなった。

バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!

この男性に恨みでもあるのだろうかと胸を締め付けられる思いを抱きながら見ていた。
背中が終わると、肘を曲げて額を乗せている腕に、また小振りなスナップで打っていく。

それを何度か繰り返したら、白樺の葉を背中や太もも、足の裏にに押しつけ始めた。
サウナストーンで熱した葉だ、熱いなんてものではないはず。
横になった男性は、小声で「おお」とか「ハラショー(いいね)」とかいっている。

今度は仰向けになり、同じように足先から腹回り、脇、腕を打っていく。
横になっている男性は、フェルトのサウナ帽士を顔に被せている。
蒸されてフェイスケアにはいいのかもしれないが、見ているこちらが息苦しくなってくる。

そして、白樺の人が「フショー!(終わりだ!)」と声をかけると、男性は「ハラショー!」といって立ち上がり、サウナ室から出ていった。

何がハラショーやねん。

いくらなんでもここまでは経験する必要がないな・・・そう思って自分もサウナ室を出た。

少し休憩して、「もう一度サウナに入るね」とひと足さきに着替えて私を待つ長男と更衣室で話していたら、「中国語か?」と恰幅のいい男性が話しかけてきた。急に話しかけられると、ドキッとする。

「いえ、日本人です」
「日本人だと?どうしてここにいる?」
「妻がカザフ人で、帰省してまして・・・」

拙いロシア語で経緯を説明していると、日本人を初めて見るのか、妙に嬉しそうな表情を浮かべるおじさん。だんだん顔を綻んできた。
ひとしきり話し終えたところで、

「そうか、よくきてくれたな!」

と握手とハグをされた。微かに酒臭い。
その勢いで「サウナに入ろう!」と言われた。

誘われるままに、再びサウナ室へ向かった。おじさんの手には白樺の葉が・・・

椅子に座り、サウナに蒸されながらまた世間話をした後、「ここに乗れ」と、先ほど男性が白樺の葉で蹂躙され・・・ではなく、悦に浸っていた台を示した。

まさか、自分も同じ目に遭うことになろうとは・・・
しかも、バンツは履いているものの腰に布を巻いていない私は、熱せられた台に直に横たわる羽目になった。

熱い・・・しかし心を決めねば。
ほろ酔いおじさんに全てを委ねるように、うつ伏せになった。

バシバシバシバシ
シャッシャッシャッシャ
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!

そんな叩かんでもええやん、と思うもこれが流儀なら受け入れるしかない。
次は仰向けになる。

バシバシバシバシ
シャッシャッシャッシャ
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!

そして、締めに白樺の葉をお腹に押しつけてきた。
意外と熱くない。何層にも重ねられた白樺の葉の柔らかさを感じる

「フショー!」

一通り打ち終わったあと、酔いが回ったのか、おじさんは体をふらつかせながらサウナ室を出ていった。


人生に伏線ってあるんやなと感じた、ひとときだった。

冬の凍寒も、夏の暑熱も、社会のストレスも、至福のバーニャは忘れさせてくれる。


ちなみに、カザフ民族の祖といわれるスキタイ人のテントサウナがバーニャの起源であるとか、元々中央アジアにいたフィンランド民族がサウナを西方に伝えたといった諸説があるらしい。

その意味で、カザフ民族にとって、バーニャは先祖返りのようなものなのかもしれない。



脱衣所のロッカーの前に座る長男。サウナより、炭酸梨ジュースとLay'sチップスが目当でついてくる。


街のキオスク。サウナの売店も同じで、ビールもクバスもサーバーから持参したボトルに直接注ぐ。
クバスを購入。ペットボトルに入ったビールも想像されたい。

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