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マラカス、マスカラ、頑張りますから

 いろは歌というのがある。仮名四十七字をすべて過不足なく用い、かつ意味のあるまとまりとなっている。

 ある日、自分でも作ってみようという気になって、一つこしらえてみた。そのとき設けた条件が三つある。一つは、当然いろは歌なので、仮名をかぶることなくすべて用いて意味のあるまとまりにする。二つ目は歴史的仮名遣いでかつ文語で書く。三つ目は漢語や外来語を使わず、和語(大和言葉)のみで作る。以上三つの制約の中で作成したいろは歌が下のものである。

おとるふゆのしろきをうみ あやまち けさよりゑひ せはほこそねぬめれ わならて いつくにかゐむ えもたへす

踊る冬の白きを憂み 誤ち 今朝より酔ひ 瀬は帆こそ寝ぬめれ 我ならで いづくにか居む えも耐へず

[現代語訳]踊る冬の白いもの(雪)が恨めしいので、間違えて今朝から酔い、瀬は船こそ寝てしまったようだけれども(寝たのは)私ではなくて、どこにいたらよいのだろう、耐えられない

 一つ注意されたいことがある。「踊る」は本当は「をとる」なので、「劣る冬の白き」とするのが良いのだが、そこはご愛嬌ということで「踊る」のままにしてある。この「踊る」以外はきちんと歴史的仮名遣いになっている(はずである)。仮名遣いだけでなく、文法もミ語法とか係り結びとか、文語(古文)のルールに従った。

 こうやっていろは歌を作るとき何に気を使うかというと、当然、同じ仮名は全部使わなければならないが、一度しか使えないことである。もっと具体的にいうと「エ段」をどう使うかということである。今回、和語のみで作ったわけであるが、この和語にはエ段の音が非常に少ない。そのため、「こそ」の係り結びで已然形を作ることで、「寝ぬめれ」とエ段を消費したのだ。さらに、ラ行の音は和語では語頭に現れないので、必然的に使えるところが限られてくる。

 それと、どうしても使いたい単語があるならそれを先に作って、残り物でなんとか仕上げねばならない。同じ仮名四字であっても、「マラカス」と「マスカラ」と「〜ますから」では全体の雰囲気が変わってくる。私の場合、さきに言ったように「こそ」は使いたかったので、まずこの二字を外す。次に、冬をテーマにしたかったので、「ふゆ」を除く……といった具合である。

 「て」「か」は助詞として使うのがいい。私の場合は濁音の「で」にして否定で用いたが、「動詞の連用形+て」というのは非常に使い勝手がいい。「か」は係助詞として使うもよし、「が」として格助詞として使うもまたよし(ただし両方はダメ)。イ段の音は連用形に使われ、ウ段は連体形や終止形で現れやすい。こういったことを頭に入れておくと作りやすい。

 歴史的仮名遣いにこだわったのは、和語のみという制約を設けたからである。特に「ん」は日本語の歴史上あとになってから登場したもので、漢語や「読んで」のような音便にしか見られない。そのため、純粋に和語のみで作るなら、歴史的仮名遣いのほうがやりやすい。いつか現代仮名遣いでも挑戦してみたいと思っている。

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