金曜日の夜なので: 読書感想文『TVピープル/眠り』村上春樹
金曜日の夜なので
「金曜日の夜なので」私は本を読んだ。
金曜日の夜は私の最も好きな無生物である。(陸上競技も同率首位になるかもしれないが。)
小学生の頃は、金曜日は好きな習い事の日だった。
中学・高校では金曜と他の平日とはほとんど同質だった。授業を受け、部活動をし、帰宅する。翌土曜日も部活動はあるのでそれなりの時間には起きなければならないが、授業を受けなければならない平日を乗り越えた金曜日の夜は無敵に感じられた。
授業や学校が嫌いだったわけではない。むしろ好きだった。それでも平日五日間を乗り越えたことへの安堵と解放感は存在した。
金曜日の夜が好き、と自覚して以来私はその時間にほとんど具体的な何かをこなさない。特にこれと言ってしたいことがなくとも、宿題は置いといて、いつもより少しだけ夜更かしをする。今やその時間に何をしていたのかは思い出せない。
今思えば「具体的に何もしていない時間」というのが必要だったのかもしれない。
こうして金曜日の夜を正しく消費することで私は正しく休日を過ごすことができるし、それによって平日を再び生き抜くことができるのだ。
いや、もしそうしなかったとしても私はきっと壊れはしない。しかしこれまでずっと、そうしてきたのだ。
だから今日も本を読み、この記事を書いている。
本を手に取る動機
読書は私を「開けた状態」にしてくれると思う。
物語の世界を疑似体験する。豊かな語彙に触れる。その本と繋がる別の本を見つける。
このような経験が私の淀んだ思考に波を生む。
私の場合忙殺され、疲弊した頭からは何も生み出せない。そして一度凝り固まった頭は新しく何かをすることを非常に億劫がる。目の前に積まれた具体的なすべきことを淡々と切り崩すだけに精を出す。
最近、授業を見て課題を出す、決まった曜日にアルバイトに行く日々が非常に味気なかった。
何か写真を撮りたいとも思わないし、記事にしてみたいようなことも思いつかなかった。ただ、疲れていた。
この状態から脱却するために少し時間のゆとりができたところで本を手に取ることに決めた。
『眠り』
さて、やっと読書感想文に進む。
今日私が読んだのはTVピープルを表題作とする短編集の中の『眠り』という話だ。(評判を探したところ絵本調の「ねむり」という本が出版されておりこちらの方がメジャーらしい。)
これは「突如全く眠れなくなった女性」の物語だ。
夫、一人息子と三人で暮らす主人公の女性は突如全く眠れなくなった。
ブランディーに手を付けてみても、全く眠れそうにない。仕方がなく本を読み始めて以来彼女の生活は一変する。
詳細は省く(というか、これから読む方のためにとっておきたい)が、彼女はこのまま何日間も覚醒し続けて新たな暮らしを手に入れる。
これまでの生活、経験、睡眠、そして死。覚醒の中で彼女は様々なことを考える。
わからない。
この本はいくつものテーマを投じているし切り口によって様々な解釈が出来そうだ。
ここでは単に魅力的に感じた文章について書き留めておきたい。
起き続けたある日、彼女は図書館で眠りについての本を読む。
私は図書館に行って、眠りについての本を読んでみた。(中略)結局、彼らの言いたいことはただひとつだった。―眠りとは休憩である―それだけのことだ。(中略)それは車のエンジンを切るのと同じなのだ。(中略)エンジンを切る―それがつまり睡眠である。
ある本に面白いことが書いてあった。人間というのは思考においても肉体の行動においても、一定の個人的傾向から逃れることはできないと、その著者は書いていた。人というものは知らず知らずのうちに自分の行動・思考の傾向を作り上げてしまうものだし、一度作り上げられたそのような傾向はよほどのことがないかぎり二度と消えない。(中略)そして眠りこそがそのような傾向のかたよりを―靴のかかとの片減りのようなものだと著者は書いていた―中和するのである。つまりねむりがそのかたよりを調整し、治癒するのだ。
主人公の女性は傾向として第一に『無感動に機械的につづけている様々な家事作業』のことを考えた。
私は傾向的に消費され、それを治癒するために眠る。私の人生はそれの繰り返しに過ぎないんじゃないか?
さて、傾向的消費とその調整・治癒に疑問を抱いた彼女のことはおいておき、私自身について考えてみる。
私にとっての傾向とは何だろうか。課題が出たら質より早く終わらせなければ、ととにかくすぐに終わらせる行動のことだろうか、それともこんなことに頭を捻るのに楽しみを感じる思考のことだろうか。
わからない。
私は覚醒する女性ではないのでこのまま考え続けることはできない。
傾向とは何か、治癒とは何かを考える意義はあると思う。
先に述べた私にとっての傾向が正しいとすれば、金曜の夜というこの時間も睡眠と同じく傾向のかたよりを治癒するためにあるのかもしれない。それともこれも傾向の一部なのであろうか。
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