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リンクスの断片ハイスクールギャンビット 謎の思念波 2

82「シリアルナンバーがないぞ」②

 ジャンクさんは革ブーツに派手な長いコート姿だ。背中に「夜露死苦」と当て字で刺繍がある。こんな服は見たことがないけれど、不思議と似合う。
 セミーノフさんはなんだか嬉しそうにジャンクさんに言う。

「久しぶりだな!特服なんて!」
「トップク?この服のことなのか?セミーノフ」
「ああ、特攻服ってやつだぜ。ヤンキー御用達なんだ。イカスだろ?」

 本当なら庭に侵入した不審人物だから、もっと冷たくあしらってもいいはずだけど、セミーノフさんは何故かジャンクさんに同情的だ。特服…特攻服姿のジャンクさんになんだか親近感を感じているようだ。

「もしかしてリンクス、お前のクラスメート?」
「はい。ジャンクさんです」
「なんだぁ!じゃあこいつも俺の後輩なんだ!フリーダムヒルだろ?」
「えっ!先輩なんすか⁈おみそれしましたーっ!」

 ジャンクさんはセミーノフさんがフリーダムヒル高校の卒業生で、ヤンキーの先輩だという事実に驚いて態度を一変させる。ヤンキー社会では先輩後輩の関係はとても大切なものなのだろう。セミーノフさんは久しぶりに先輩と呼ばれてニコニコしている。セイバーさんは呆れ顔だ。

「しかしこんな夜に来るっていうことは、なにか用事があるんだろう?」
「まさかリンクスを暴走族に誘いに来たとか」

 セイバーさんが苦笑しながらもそんな事を聞くと、セミーノフさんは笑って冗談を言う。僕は免許がないから魔道バイクとかは扱えない。暴走族というやつは、みんなで魔道バイクや車でパレードをするものらしいから、僕はちょっと無理そうだ。
 するとジャンクさんは答えた。

「そ、そりゃ誘いたいけど…どうだ?今度乗せてやるからさ!」
「リンクス、いきなり悪友登場だな」
「えーっ!先輩、そりゃないっすよー」

 セミーノフさんのツッコミに情けない声を出すジャンクさんだ。セイバーさんもルンナさんも大笑いしている。僕もみんなのこんな様子にホッとする。
 ルンナさんが冷たいコーラを持ってきてくれた。僕らはコーラを片手に和やかな雑談を楽しんだ。

*     *     *

 しばらくして一息ついたところで、セイバーさんはジャンクさんに来訪の目的を聞き始めた。

「まあそれはそれとして…ジャンクだったか?うちのリンクスになにか用事があるんだな?」
「あ、そうだ!そうなんだ。その…」

 セイバーさんの冷静な視線にジャンクさんは口ごもる。迷っているのがよくわかる…ここに来るまではたどり着くのに無我夢中で、ただ僕に会うことしか考えていなかったのが瞳から伝わってくる。ところがこんな形で無事に僕に会って、急に迷いが心のなかに生まれている…
 僅かな間迷っていたジャンクさんは、しかしすぐに腹をくくったような目になった。そして驚いたことに、僕に向かって土下座したのだ。

「‼ジャンクさん」
「頼む!リンクスっ!兄貴を助けてくれ」

 それだけ言うと、ジャンクさんはすがるように僕の目を必死の形相で見る。ジャンクさんの瞳の中には、僕の虚ろなグリーンの瞳が映っている…だけど彼は怖がっていない。普通ならみんな怖がるのに、この人は真っ直ぐ僕の目を見ている。僕はそのことだけで驚いてしまった。それほどまでこの人は追い詰められ、僕に助けを求めているのだろうか?それとも本当に僕のことを怖いとは感じていないのだろうか?
 
「兄貴?お前の兄弟のことか?なにかトラブルに巻き込まれているのか?」

 ただならぬジャンクさんの様子に、セミーノフさんも驚いて聞く。するとジャンクさんは少し言いにくそうにうつむき、それでも答えた。

「…兄貴ってのは…その…」
「?」
「クルス…クルス兄ィなんだ」

 僕は少しだけ驚いた。クルスさんといえば、ヤンキー連中を束ねていた短ランのお兄さんだ。僕にナイフを投げつけてきたのだから、明らかにヤバい人だろう。そのクルスさんとジャンクさんが兄弟なんだろうか?いや、見たところジャンクさんとクルスさんはあまり似ていない。第一、肌の色や顔立ちが違っている。クルスさんは少し面長で切れ長の鋭い目が印象的だけど、ジャンクさんは丸顔と言うほどではないにせよ、少し幼さが残る顔で目もくりっとしている。髪の色も違う。染めることができるから断定はできないけれど、少なくともクルスさんは金髪に近い褐色だろう。ジャンクさんはもっと黒髪に近い。どう見ても血縁がありそうにない。
 事情が飲み込めず僕は唖然としてジャンクさんを見ているしかない。しかしセミーノフさんはすぐに意味がわかったようだ。

「俺とおまえみたいなもんだぜリンクス。兄弟みたいに大事な兄貴分っていう意味さ」
「はい」

 僕は頷く。だけどまだジャンクさんが泥棒まがいのことをしてまで、僕らの家に押しかけてきた理由はわからない。それにクルスさんはナイフを投げつけてきたほど、僕のことに腹を立てている。もちろん手下のギュエンさんを僕が軽くあしらってしまったことがきっかけだ。クルスさん一家を侮辱したと思われたのだろう…でも、それはジャンクさんも知っていることだ。なぜだろう?昨日始めて出会ったばかりの僕に助けを求めるなんて…

「ジャンク、その…お前の兄貴分のクルスというやつは、今日リンクスに絡んだやつなんだろ?さっきリンクスから話は聞いたぜ」

 セミーノフさんも不審そうにジャンクさんを問いただす。するとジャンクさんは真顔で答えた。

「兄貴、前はあんな人じゃなかったんだ!ケンカは強かったけど、いきなり人を殴ったりなんて絶対しなかった。優しくて、他校の奴らにからまれていた俺を助けてくれたり…」
「ふむ…」

 子分のギュエンさんに張り手をしていた事を言っているのだろう。僕の見たクルスさんは、狂犬みたいに周りに噛みついて、恐怖でヤンキーたちを従えている人にしか見えなかった。
 だけどたしかにジャンクさんの心のなかには優しくて頼もしいクルスさんのイメージがある。目つきも鋭いけれど頼りがいがある…そんなイメージが心の奥から浮かびあがって、それがサイオニクスを通じて僕にまで伝わってくる。
 ジャンクさんは下を向いて悲しそうに言った。

「クルス兄ィ、最近急におかしくなったんだ」
「⁉」
「最近?」

 セミーノフさんとセイバーさんは顔を見合わせる。強烈な体験で人が変わるという話は時々聞くけれど、そういう話とは思えないのだ。

「クルス兄、二月ぐらい前から変な奴らと付き合い始めてさ、それからなんだ…」
「変なやつら?」
「ああ。どこかのクラブで知り合ったみたいなんだけど、そいつらと付き合うようになってから、急に気が粗くなって…金回りが良くなったり、学校の奴らを脅して金を巻き上げたり…」
「ふむ…」

 僕には学校生活の経験が初めてだからよくわからないけれど、セミーノフさんは少し首を傾げている。札付きのワルなら、学校で他の生徒からお金を巻き上げるなんて話はよくあるのかもしれない。急にそんな悪事に手を染めたというのは気になるけれど、今のところ内容は一般的だ。
 ところがジャンクさんからの情報はそれだけじゃなかった。

「それどころか兄貴、奴らから武器とか銃とかまで手に入れているみたいなんだ。それをヤンキー仲間に配ったりして…」
「なんだって?それじゃやっていることゲリラと同じじゃないか!」
「急にきな臭い話になってきたな。リンクス、奴らの武器は見たか?」
「はい、彼の持っていた武器を一つ回収しています」

 驚くセミーノフさんたちに、僕は懐から一本のナイフを取り出して渡した。さっきクルスさんが僕に投げつけたコンバットナイフだ。煙幕カプセルをばらまいたとき、軒に刺さっていたナイフを念の為回収していたのだ。ジャンクさんは僕がそんな手配りをしたなど気がついていなかったので本当に驚いている。
 セミーノフさんとセイバーさんはコンバットナイフを見て困惑した。

「おい、これは…」
「国防軍制式のコンバットナイフだな…」
「IxArm(アイアーム)1047?こんなモデルあったのか…」

 アイアームはイックスやハートランドの軍で使われているコンバットナイフだ。超硬結晶化処理で市販のナイフよりずっと鋭くて切れ味が長持ちする。もちろん僕のナイフもアイアームだ。
 だけど軍の正式な装備だから、一般には出回らない。まあ古い型式のものなら、中古が出回ることもあるけれど、これは違う。ちなみに僕のやつは1044だ。それより番号が後ということは、ここ一年くらいの新しいモデルということになる。どうやってこんな最新の武器を手に入れたんだろう…
 ところがセイバーさんはゴーグルを光らせて言った。

「セミーノフ、リンクス。こいつは…シリアルナンバーがないぞ」
「なんだって?」

 セミーノフさんは驚いてナイフを顔に近づけ、じっくりと観察する。いや、それだけじゃない、セミーノフさん自身が普段使っているコンバットナイフを取り出して比較している。
 セミーノフさんのナイフはアイアーム1025、一昔前の型式だ。最新型より少し反りが強い。しかしナイフのつばのところには八桁の数字がしっかりと刻印されている。セミーノフさんは海兵隊出身だから、防蝕加工ありの特殊仕様だそうだ。
 ところが僕がクルスさんから巻き上げたナイフは、たしかにどこを見てもシリアルナンバーが無い。型式は刻印されているけれど、シリアルが刻印されるべき場所はフラットになっているだけで何も書かれていないようだ。刻印前に持ち出されたものかもしれない。転売元の足がつかないように刻印が削りとられたのかと思ったけれど、そんな様子もない…新品のようにきれいだ。

「セイバー、どう思う?」
「普段なら単に工場から横流しされたものだろうと聞き流すところだが…」

 たしかにイックスを含めたハートランド諸国の軍団の制式装備だから、こんなナイフは軍需工場で大量生産されているはずだ。軍に納める前の製品が横流しされていても全くおかしくない。最新のモデルだという事がちょっと引っかかるけれど…
 ところがその時、サイコヘッドギアが警告した。

(ソルジャー・リンクス!その型式はまだ制式採用されていません)
「えっ?」

 予想外の情報に思わず僕は声を上げてしまう。セイバーさんたちは一斉にこっちを見た。みんなにはサイコヘッドギアの声は聞こえないのだから当たり前だ。僕が一人で突然声を上げたように見えるだろう。
 僕はサイコヘッドギアの告げた警告をみんなに説明した。

「本当か?リンクス」
「はい、サイコヘッドギアがエメラダシステムのデータベースで確認しました」
「むむむ…」

 セミーノフさんもセイバーさんも予想外の情報に顔を見合わせる。が、ジャンクさんは目を丸くして僕を見る。

「えっ?サイコヘッドギアって何?リンクスの装備?」
「あ、はい…僕のこれです」

 説明しながら僕は失敗を悟る。セミーノフさんやセイバーさんはいいとして、クラスメートのジャンクさんにまで僕の秘密を話してしまったからだ。特にうっかりサイコヘッドギア「が」と言ってしまったことが痛い。サイコヘッドギアが僕とは別の人格を持っていて、会話できることがバレてしまうかもしれない。

(ソルジャー・リンクス、仕方ありません。いずれバレると予想していました)

 サイコヘッドギアは呆れながら僕にそんな事をいう。いつもタイミングよく僕が解析結果を報告するのだから、いずれバレるのは当然だろう。とはいえ、何も知らないジャンクさんにまで事情を曝すのは辛い。
 しかしセイバーさんはそんな僕の葛藤をすぐ拾ってくれた。

「まあともかく今はジャンクの相談の方を先にやっつけよう。もう夜も遅いからな」
「あ、そうだ、いけねえ」

 頭をかくジャンクさんに僕らは笑う。しかしセイバーさんは真顔で、少し呼吸をしてからこんな事を言った。

「リンクス、済まないがお前のコンバットナイフを見せてくれないか?」
「はい」

 僕はわずかに不安を感じながら、ブーツから愛用のコンバットナイフを取り出す。特殊研究部隊の奴隷兵士だった時から、僕を支えてくれたナイフだ。だけど何か秘密があるのだろうか?
 セイバーさんは僕のナイフを手に取るとじっと観察している。シリアルナンバーは普通なら柄かつばのところに刻印されているはずだ。今の今までそんな事を気にしたことがなかったけれど…まさか…

「むっ⁉」
「セイバー!これはっ!」

 セイバーさんは僕にナイフを返してため息を付く。そのため息を見たとき、僕にはもう意味がわかっていた。
 僕の手の中で鈍く光るナイフにはシリアルナンバーの刻印が無かったのだ。

(83「…そのナイフは…僕と同じところから」へ続く)

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