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卓上遊技再演演技 楊範・鄭令蔓伝

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本作は2000年8月から2004年12月にかけて発行された、卓上遊技再演演義シリーズ「楊範・鄭令蔓伝」(巻1~10)、サークル25周年記念として加筆修正・挿絵等のイラストを大幅に…
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#リプレイ小説

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 十四「楊範将軍の居場所は判りまして?」

十四「楊範将軍の居場所は判りまして?」  炎帝祝融氏が都をおいた南都開陵府は元々高陵とよばれる地方都市だった。幸い大河に近く水陸の便がよいこと、周囲に穀倉地帯が広がっていることもあって中央政府の都となったのである。元々は西方の地方政権に過ぎない祝融氏が中央政権としてまがりなりにも成り立っているのは、この開陵府を都としたためにほかならない。  この街が中央政権の都となってから人口は急増し、今や人口は数十万人である。世界でもこれだけの人口を持つ都会は少ない。おそらく伽難国…「帝

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 十三「うむ。勝負を決めるか!」

十三「うむ。勝負を決めるか!」  夕方までに「山頂に向かって登っていったにもかかわらず、降りてこない」連中の人数は二十人以上だった。途中で神隠しにでも会わない限り、つまりは麻薬の一味はその人数というわけである。しかし実際には荷物を持っているのだから即座に戦闘に加われる人数は多くはないだろう。  どう考えてもヤンやユウジンほどの凄腕の戦士はそうそういるものではない。ヤンは弱冠十六歳で天覧試合に優勝して爵位をもらったほどの実力だし、ユウジンはそのヤンが認めるほどの剣士である。よ

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 十二「奴等を挟み打ちにしよう」

十二「奴等を挟み打ちにしよう」  関子邑が直接乗り出してくれたことで、ヤン達の情報収集は随分楽になった。リンクスはその後も毎日のように王氏の屋敷に忍びこんで、密売品が次にいつ運びこまれるのか、そしてそのルートがどうなるのかを探りつづけていたし、子邑は部下や食客を通じて密売人の動きはおろか、中央政府の高官…つまり王氏とつるんでいると言う噂の車騎将軍陳当の動きまで調査しはじめたからである。これで情報が入ってこないほうがおかしい。やはり個人の力よりも一族の力は大きいのである。そう

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 十一「見過ごせと言うのは無理です」

十一「見過ごせと言うのは無理です」 「間違いなさそうです。王氏の一味が帝国とつるんでいるようです。」 「おお、ユウジン殿のおっしゃる通りか。」  リンクスは二、三日の間子載の屋敷を探った末、そうはっきり断定した。ユウジンやヤンが驚くことに、どうもこの少年剣士は子載邸に何度か忍びこんだらしい。証拠としてちゃんと「白い麻薬」を少々盗み出してきたのだから大変なものである。こいつにかかってはもう警戒網もなにもあったものではないらしい。 「驚くばかりだな、リンクス君は…」 「いや

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 十「あまりいい噂を聞きませんなぁ」

十「あまりいい噂を聞きませんなぁ」 「ううむ…失策でした。やられた見張りの方にはなんと申し上げたらいいやら…」  話を聞いたテレマコスは参ったというように渋い表情でヤンと子良に軽く頭を下げた。あの禹王廟に見張りを立てると言うことがいかに危険なことかというのは、考えてみればあたりまえのことである。必ず麻薬密売組織が荷物の回収に現れるのであるから、子良の部下に任せたのが失敗だった。テレマコスの知る限り、(少なくとも小人数で張りこむとしたら)リンクスぐらいしかこういう危険な仕事

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 九「子良さんの見張りがやられました!」

九「子良さんの見張りがやられました!」  一行が会稽に戻ったのは深夜もかなり遅くなっての事だった。当然ながら街の入り口は閉門になっていたので、兵士に頼んで(多少謝礼も握らせて)通用門から通してもらったのである。  帰りの道々問題となったのは、まずはあの麻薬をどうするかという点だった。もちろんヤンの本音としてはあんな危ないものは焼き捨ててしまいたいのだが、そうしたところで麻薬の取り引きが無くなるわけではない。むしろあれはそのままにしておいて、覆面の男達が荷物を「出庫」しにきた

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 八「悪の魔法使いとその連れというところです」

八「悪の魔法使いとその連れというところです」  一行はかなり急いで山道をおりていった。登りとは違って下りはいやが上にも歩みが早くなる。ゆっくり降りることのほうが難しいほどである。  ところが意外なことに行けども行けども黒覆面の男達の姿はみえてこなかった。まさかいくら降りが楽だといっても荷物を背負ってそんなに早く下山できるはずはない。テレマコスはともかく後の三人はそんじょそこらの戦士など及びもつかないほどの屈強な男達である。どう考えてもおかしい。  そうこうしているうちに彼ら

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 七「あの怪獣が竜ですか?」

七「あの怪獣が竜ですか?」  「帝国」…その名前はテレマコスやリンクスにとっては既にあまりに聞き慣れたものになっていた。カナン世界に君臨する最大の国家…そしてテレマコス達の故郷サクロニア世界を踏みにじり、戦火へと叩きこんだ最強の敵である。いや、テレマコスだけではない。この中原地方においても「帝国」のエージェントが活動し、植民地化を計っているのである。帝国の侵略に対抗しようとした中央政府、共工氏の王朝はクーデターで倒され、その後の混乱の末、帝国軍の支援を受けた現王家である祝融

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 六「あれがこんなところに現れるとは!」

六「あれがこんなところに現れるとは!」 「どういうことだ?禹王の墓にだれか出入りしたのか?」  ユウジンは少し驚きを顔に出した。既に何度か紹介しているように禹王は聖天子である。墓を暴くどころか立ち入ることだってとんでもない不謹慎な話だった。少なくともユウジンのような根っからの中原の人々にとってはそうである。  もっともヤンはそこまで「墳墓は神聖なもの」という意識をもってはいなかった。いや、「神聖なもの」というのは重々承知なのだが、墓荒らしがいるということだって判っている

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 五「禹王の塚がどうしたのか?」

五「禹王の塚がどうしたのか?」  馬の上でテレマコスはもうひどい状態であった。揺れる。とにかく馬の背中に揺られるというのが頭に非常に響く。テレマコスは馬という振動の激しい乗り物に乗るということなどそもそも慣れていない。いや、これも酒のせいである。  会稽山参りは普通の場合徒歩で朝早く出て昼前に山登り、夕方には帰ってくるというコースなのである。ところが昨日のらんちき騒ぎのせいで、すっかり寝坊してしまったのが敗因だった。往復を馬でしなければならなくなってしまったのである。  

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 四「会稽山?…うっ、そ、そうか、しまった」

四「会稽山?…うっ、そ、そうか、しまった」  楊範…ヤンとの会食は気楽で楽しいものになった。実際のところヤンという青年はもともとおしゃべりなほうではないらしく、酒をおいしそうに飲んでは時々しゃべる程度である。同席しているリンクスが、こいつもまた無口であることを考えれば、ほとんど一方的にテレマコスが話しつづけるという結末になるのはしかたがない。  ところがなぜこの会食がうまく行くのかというと、要するにまったく傾向の違うもの同士の組みあわせだったからだろう。テレマコスにしてみれ

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 三「私も楊範と呼ばれるより、本名のヤンと呼ばれたほうが」

三「私も楊範と呼ばれるより、本名のヤンと呼ばれたほうが」  翌朝はさすがのテレマコスも昼近くになって起床することになった。昨夜あれだけ痛飲して、さらにいろいろな食客とあってという宴会である。長旅の後ということもあるが、疲れきってしまったのはしかたがない。  布団から起き出したテレマコスに気がついたリンクスが、どこからかお粥をもってあらわれた。湯気があがっているところを見ると、おそらくわざわざ暖め直してもらったのだろう。 「すまんなリンクス。おまえは朝飯を食ったのか?」 「

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 二「あの方は楊範殿ですよ。あの武礼撫の」

二「あの方は楊範殿ですよ。あの武礼撫の」  というわけでテレマコスは気の進まないような、しかし料理は魅力的なという夕食会に出ることになった。既にすっかり夜である。家宰に呼ばれて着慣れない黒ローブで会場へと赴いたこの魔道士は宴席の豪華さに目を見張ることになった。  宴席には主人である関子邑と主客であるテレマコスのほかに十数人の客が着座していた。その風貌は様々である。やくざらしい大柄の男、怪しい白髪の道士風の男、やせた文人風の男…まさに雑多な人々が客人として招かれていたのである

楊範・鄭令蔓伝 壮途編 一「歴史をたずねるものとして、これくらいは当然のこと」

第1章 会稽山一 「歴史をたずねるものとして、これくらいは当然のこと」  会稽の関氏というのは、随分立派な豪族らしい。少なくともテレマコスの目にはそうはっきりと感じられた。なにせ邸宅が大きいししっかりしている。そう、成金者によくある金ぴかの、どこかいやらしい趣味の邸宅とは違って、地味だが重厚なつくりなのである。古い貴族の家なのだろうか、壁もしっかりしているし塀などは小さな要塞のように頑丈だった。  いや、考えてみれば豪族の私邸というものはもともと要塞なのである。豪族同士のト