カエルとヘビ




青イ花
 
トテモキレイナ花。
イッパイデス。
イイニホヒ。イッパイ。
オモイクラヒ。
オ母サン。
ボク。
カヘリマセン。
沼ノ水口ノ。
アスコノオモダカノネモトカラ。
ボク。トンダラ。
ヘビノ眼ヒカッタ。
ボクソレカラ。
忘レチャッタ。
オ母サン。
サヨナラ。
大キナ青イ花モエテマス。

草野心平 
 


 草むらを棒切れで掻き分けて散策していたときに、カエルがヘビに飲まれるところに出くわしたのは、私が小学生の低学年の頃だった。怖かった。そして怒りのようなうねりが心底から湧きあがってきたことを覚えている。何を思ったか私は眼を硬く閉じて、持っていた棒切れを何度かヘビに打ち降ろし、その棒切れを投げ捨てて、半泣きでその場から走って逃げたのだった。

ただ怖かったのだと言えばそれまでだが、子供だった私はこの世というものが自分の目に映る通りの、自分が思う通りのものだと思い込んでいたのだろう。

このショッキングな出来事によって、この世が自分とは無関係な存在であり、この世界にとっては自分こそが異物なのだということを突きつけられたような気がしたのかも知れない。あの感情のうねりはそのことに対する恐怖と怒りだったのではなかったかと思ったりする。

老人になりつつある今現在でもふとあの感情が思い出されることがあるが、もし今、草むらで同じような光景に出くわしたとしたら、今の私はどう感じるだろう。やはり驚くだろう。しかし今の私は、ワタシもカエルもヘビも同じようなものだと考えているのだから、その時とは違った感情に襲われるのかも知れない。

 子供らと親しく付き合っていると、自分が子供だった頃を思い出す。私と同じような経験をした子供らに、大人の私もかつて同じ経験をしたのだと語りかけてやることによって、私が子供だった頃の傷ついた感情が癒される効用があることを知ったのは五十も半ばに達した頃だった。


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