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母の日の奇跡 -認知症の母との忘れられない外食の記憶-

「あなた、誰?」
母の言葉を聞いた瞬間、
胸が締め付けられるような
痛みが走った。

それは
去年の母の誕生日のこと。

数年前から
少しずつ進行していた
母の認知症。


母はベッドから落ちて
大腿骨を骨折。

術後のせん妄がひどく、
病院に見舞いに行った私を見て

「あなた、誰?」と…。

あの瞬間の衝撃と悲しみは、
今でも忘れられない。

骨折して
入院した影響で
認知症が一気に進行したのかと…

さいわい。
術後の経過は順調で、

私のことは
わかるようになったし、

杖をつきながら
散歩できるようにもなった。

しかし
少しずつ認知症は
進行している…

認知症との向き合い

私は実家を離れて
暮らしていて、

数か月に一度しか
母に会ったり、
介護を手伝ったりできない。

ふだんは
同居する弟夫婦が
母の介護をしてくれている。

彼らには
感謝してもしきれない。

負担をかけていることが
心苦しい。

せめて
母の日ぐらいは…

母を楽しませたいと
帰省した。

母の日の思い出

母の日。

どうしても
母を連れていきたい
店があった。

当日の午後。

久々の外食に
母は浮き足だち、

お気に入りの洋服を手に
「この服どうかな?」

「その服はまだ寒いと思うよ」
と、私。

10分後。

また、
「この服どうかな?」

「その服はまだ寒いと思うよ」

少し時間がたつと…

また、

「この服どうかな?」

「その服はまだ寒いと思うよ」

認知症の母と
何度も何度も
同じやり取りを繰り返す。

繰り返しながらも

久々の外食を
楽しみにしている姿が
うれしかった。

レストランの
予約時間が近づき、

「お母さん、出かける時間だよ」

声をかけると
母は少し驚いたような
表情をしていたが、
すぐに微笑みを浮かべた。

車に乗り込み、
近くのレストランへと向かう。

道中、
母は窓から外を眺めたまま…

話しかけても
なんの返事もなかった。

レストランに到着。

久々の外食に
不安を感じているようだったが、

ライトアップした庭を見て
笑顔を取り戻した。

母のために用意されていたのは
イングリッシュガーデンを望む
窓際の広めの席だった。

「お母さん、今日は何が食べたい?」

メニューを広げる。

しばらく考えた後、

「昔、よく一緒に食べたスパゲティが食べたい」

母の記憶の中に、

かつて一緒に
過ごした時間が
残っていることが嬉しくて…

聞いた瞬間、
胸が熱くなった。

料理が運ばれてくると、

母は一口ずつ
ゆっくりと
味わいながら食べた。

何度も
「おいしいね」と
笑顔を見せてくれる。

食事の最後。

運ばれてきた
母の日の記念の
デザートプレートを見て

「ありがとうね」

ライトアップした庭を眺めながら
母がつぶやいた。

限られた時を大切に

母の日に外食する。

こんな単純なことが
こんなにも特別な時間になるとは
思いもしなかった。

帰りの車の中。

少し疲れたようすだったが、
満足そうな顔をしていた。

家に帰ると、
母はすぐにベッドに横になり、
静かに眠りについた。

翌朝。

介護をしてくれている弟夫婦に、
改めて感謝の気持ちを伝え
実家をあとにした。

帰りの飛行機の機内。
ふと母の言葉が脳裏に蘇る。

「あなた、誰?」

母との時間は限られている…

だけど、

はかなさを
悲しんでもしかたがない。

たとえ、
母が忘れて
しまったとしても、

私が覚えてる限り、
思い出は消えない。

これからは
少しでも
多くの時間を、

母と、ともに…。

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