見出し画像

世界で広がる行政府×デザイン - 公共サービスのデザインの概観

「PUBLIC & DESIGN」初回記事で公共デザインの4分類を示しました。今回はそのなかから「公共サービスのデザイン」にフォーカスして書いていこうと思います。

キーワード:公共サービス、公共施設、サービスデザイン、デジタル・ガバメント実行計画、行政組織のデザイン

公共サービスのデザインとはなにか

公共サービスのデザインとはなんでしょうか。「公共サービス」を具体的にいうと、社会保障や企業助成などの制度、保育・教育・福祉などの支援、医療・健康関連の施設、防災・感染症などへの対策、ほかにも文化・観光施策やジェンダー平等などあげればきりがないですが、最終的に市民の課題解決・ウェルビーイングに関わるサービス・施策だと考えます。

それに対して「デザインする」というのはどういうことでしょうか。この記事では、利用時の使い勝手といった直接的な体験はもちろん「自分もサービスを受けられることがわかる」「使いやすい」「持っていた根本的な課題が解決できた」「より幸せになった」といったようなそのサービスにまつわる利用者のストーリーの一連の体験だと考えます。

政策によって的を射た課題解決・ウェルビーイング向上のためのサービスや施策をつくっても、それを適切に届け、利用してもらわなければ成果は上がりません。施策を絵に描いた餅にせず、設計行為が適切に届き、使われ、目的を果たすためには、利用者を理解し適切な関係性のデザインを行うことが重要になるのです。

公共サービスのデザイン

概念図。公共サービスと市民の間に関係性のデザインを示していますが、政策立案や公共サービスの設計時から関係性を踏まえてデザインすることが大切だと思います。

デジタル・ガバメント実行計画で示された「利用者中心」の考え方

昨年終わりに閣議決定された「デジタル・ガバメント実行計画」では、「利用者中心の行政サービス改革」という記載がありました。この「利用者中心」というところを、一連の体験として優れたものにする際に「サービスデザイン」という領域の手法があります。観察・インタビュー・参加デザインなどのリサーチに基づき、利用者の認知・利用・体験・利用後の連続したストーリー、サービスに関わる関係者を全体的な視点でマッピングし、それを元に利用者中心の考え方でサービス開発を行うというものです。

ここでは詳しく解説しませんが、関連する考え方には「デザイン思考」「人間中心設計」「UXデザイン」などがあり、いずれも利用者を中心としてサービスを設計することを重要視します。ビジネスやテクノロジー業界では一般的な考え方として浸透しており、その文化を行政府にも取り入れていくともっと暮らしやすい社会をデザインできるのでは、という考え方が日本でも徐々に生まれはじめています。

公共セクターではまだデザインは「見た目の問題」と誤解されることがよくあると思います。もちろん視覚的なデザインも重要です。しかし公共サービスを機能させるには、繰り返しになるようですが「認知・利用がスムーズに行われるか」「根本的な課題を解決できるのか」「机上の空論になっていないか?」という、より要件に近い設計や、精度をあげるためのプロトタイピングが重要なのです。公共サービスの提供者こそ、市民の行動について理解していなければなりませんし、「大きな失敗を防ぐために小さな失敗をし続けること」が大事になるのです。

世界ではデザイン機関を持つ政府が増えている

例えば、OECD(経済協力開発機構)も公共セクターに対するイノベーションツールキットとしてサービスデザインを参照しています。各国が取り組んでいる代表的な事例を見てみましょう。

■ Danish Design Center(デンマーク)
Danish Design Centerはデンマークの国立デザインセンターで、公・民両方の組織にデザインを用いた製品・サービス開発を行っています。未来の都市福祉を人間中心アプローチを用いて行うプロジェクトや、デンマークの持続可能性の転換に関する取り組みなどが行われています。

またデンマークでは、政府のデザイン部門として設立されたMindlab(2002年〜2018年)が公共におけるデザイン機関のさきがけとして、世界中の政府主導のデザイン機関に影響を与えました

■ Government Digital Service(イギリス)
英国政府では2011年にGDS(Government Digital Service) が設置され、政府のデジタル改革が進められています。Service Design Impact Reportのアンケートでは、250名のデザイナーを雇用している国内最大のデザインコンサルタント組織がこのGDSとされています。

同レポートによると、サービスデザインと行動経済学を組み合わせ、35万人以上を臓器ドナーとして登録させることに成功させているようです。

■ Policy Lab(イギリス)
ロンドンには、デザイナー、研究者、政策立案者のグループであるPolicy Labがあります。2014年に政府が内閣府の一部として設置されました。

オンラインの犯罪報告ホームレス化防止などのプロジェクトでは、公務員とともにアイディア出しからプロトタイピングを行っています。このように市民へのサービスをつくる提供者にデザインの考え方をインストールするという考え方はサービスの体験デザインに有効でしょう。

■ US Digital Service(アメリカ)
2014年にオバマ大統領によって設立されたUS Digital Serviceは技術者・デザイナー・プロダクトマネージャーなどの専門家の集団であり、主要な役人とともにサービスを開発していく活動をしています。

例えば、国土安全保障省と行った移民プロセスのリデザイン。紙ベースの申請手続きをデジタルに移行し、オンラインで帰化を申請できるようになり、行政の効率化に貢献しました。医療業界向けのペイメントサービスの開発では、医者がメディケア(公的医療保険制度)の申請をする際の負担を軽減し、最終的に患者の健康状態向上に貢献するデザインを行いました。

■ KIDP | Natinal Design Team(韓国)
Korea Institute of Design Promotionはデザイン産業の育成のために国が設立したデザイン新興の機関です。同機関にはNatinal Design Teamというコミュニティがあります。参加者には提供者である公務員、受給者である国民、さらにサービスデザイナーなども加わり、サービスデザインの方法論に基づき公共サービスを開発・改善させていくことを目的にしています。2014年から3年間で9000人が参加しているようです。

またホームページではサービスデザインのワークシート、マニュアルを参照でき、ユニークなことに国内のサービスデザイナー・企業を一覧し、協働のためのコンタクトをとることも可能でした。

■ National Development Council(台湾)
行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究によると、台湾では、国家開発評議会(NDC: National Development Council)が、各⾏政機関のインフラ整備とサービスデザイン指針策定を担当しており、それらに基づいてすべてのデジタルサービスが設計されているようです。

NDCでは「産業革新を加速し、スマート台湾を創造する」をビジョンにした電⼦政府プログラム「DIGI+(Development, Innovation, Governance, Inclusion)」が進められており、よりデジタル国家の推進に力を入れていることが伺えます。

■ Service Innovation Lab(ニュージーランド)
ニュージーランドでは内務省にService Innovation Labが設置されています。「すべての国民のニーズによりよく応えるようにサービスを再設計する」を目的とし、⺠間のデザイン会社やNGOなどと連携して、部⾨横断的なサービスデザインの導⼊を推進しています。

総務省をパートナーとして子育て世代が適切な公共サービスを見つけられる「SmartStart」チームへの新機能開発の支援を行ったり、文部科学省をパートナーとして子供の教育における両親のジャーニーマッピングなどのプロジェクトを行っています。

■ NYC Opportunity | Service Design Studio(アメリカ / ニューヨーク)
ニューヨーク市長室のNYC Oppotunityサービスデザインスタジオを立ち上げ、公共へのサービスデザインの応用に取り組んでいます。国ではなく市区町村レベルでのデザイン組織が作られていることが先進的だと思います。具体的なプロジェクトを、ここでは少し具体的にみてみましょう。

民間シェルターのデザインプロジェクトは、ホームレスサービス部門の担当者と、副市長の保健福祉サービス局らを巻き込んだ形で進められました。このプロジェクトではサービスの関係者の行動をマッピングした「ステイクホルダーマップ」、利用者の行動を時系列で整理した「ジャーニーマップ」の作成や、人々の生活・価値観・考え方などの調査がデザインリサーチとして行われました。

画像1

NYC Oppotunityのブログ - Case Study: Envisioning a better shelter system for familiesより

こうして利用者のマインドや行動をマッピングすることで適切な設計を行える、という進め方です。サービスデザインとしては一般的な進め方ですが、公共部門でこうした取り組みが行われることに、行政府直属のデザイン機関がある意義が感じられます。

また、彼らが宣言するサービスデザイン原則として「利用者・提供者と一緒に作成する」「プロトタイピングを行い、使いやすさをテストする」「結果を評価する」などが定められています。行政府での設計行為をするには、こうした共通認識をそろえることが重要なのでしょう。

ここで触れた進め方・原則はすべて普遍的なデザインの利用者中心的な考え方なので、サービス開発をする際には参考になると思います。

日本政府が行っている取り組み

上述してきたような先進事例から学ぶのもいいですし、ここ最近は日本政府もデザインの考え方を使ったサービス開発を進めるためのナレッジを提供しており、参照するのもいいと思います。

■ デジタル・ガバメント実行計画
冒頭でも触れましたが、昨年閣議決定されたデジタル・ガバメント実行計画ではサービスデザイン思考の導入・展開が方針として示されています。サービスデザインの12カ条として「利用者のニーズから出発する」「事実を詳細に把握する」などがクレドとして定められており、利用者中心でのサービス開発に舵を切ろうとしていることが伝わってきます。

■ サービスデザイン実践ガイドブック(β版)
デジタルガバメント化の流れもあって、2018年に政府ICOが行政機関向けにサービスデザイン実践ガイドブック(β版)を発行しています。ガイドブックでは進め方のフェイズを「発見」「定義」「開発」「提供」に分けています。提供者視点だと「発見」に大きくリソースを割かず、いきなり要件定義や開発から入ってしまいがちですが、発見のフェイズを入れることで利用者を理解し適切な定義ができるようになるということが示されています。サービスデザインの方法論が詳細に書かれているので、実行する際の参考になりそうです。

おわりに

公共サービスのデザインとして第一歩目のステップとして、利用者を中心とした考え方でサービスをデザインすることについて各国の現状と日本の取り組みについて触れました。各国でデジタル化の波にも乗ってデザインの重要性が高まっていることが理解できたと思います。

日本に関しては、上述した2つの取り組みはここ2年以内に発表されたものです。これら方針やツールキットを打ち出すのと、実際に行政機関が実行するところには大変なギャップがあると思います。今後はデザインの考え方自体を浸透させたり、実践しやすいようにする設計・取り組みが重要になりそうです。

また、私たちはこのような行政府×デザインのコンサルティング・リサーチ・研修などの依頼も受け付けています。関心がある方はぜひ下記のリンクからホームページをご覧ください。

■ 今回触れなかったこと
デザインによる市民参加が発達している国では、さらにデザインの主体を市民に移し、協働や市民によるデザインといったより民主的なマインドセットで社会をつくっていこうという動きもあります。デザインの主体が市民に移るにつれて成果を出す難易度はあがるので、今回はまず利用者中心の考え方でサービス提供者が設計を行っていくことからはじめるという点に絞って書きました。反対に利用者中心ではなく、フューチャーデザインのような現状のニーズからではなく、未来のあるべき姿を想像するといった方法論もあります。

また、概観として政府直属のデザイン機関についてまとめましたが、民間のデザイン機関と協働する例も多くあります。例えばイギリスにはFuture Govなど民間の会社で政府向けのデザインソリューションを提供している会社もあります。また、ナッジ理論に代表される行動経済学を用いたデザインも各国で事例が生まれており、米国にはBITという行動経済学を用いたデザインソリューションを行政に提供している会社も存在します。次回以降どこかで取り上げられればと思います。

■ 今回のまとめは文章中のリンクの他に以下の文献も参考にしました
・行政システム研究所「行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究
・著:Service Design Network / 訳:株式会社コンセント Service Design Div. 「Service Design Impact Report: Public Sector (日本語版)
この記事を読んで、世界の行政×デザインに興味を持った方は、これらの文献も当たるとより理解が深まると思います。

よろしければマガジンのフォローをお願いします。今回は公共サービスのデザインについての概観をまとめましたが、より具体的に一つひとつのデザイン機関に絞った事例も紹介していこうと考えています。

また、このような公共サービスのデザインや、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がおりましたら、お気軽にTwitterのDMまたはホームページからご連絡ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?