民主主義とデザインの関係性
issuesという困りごとを政治家に伝えられるWebサービスを運営している富樫です。
今日は「民主主義のためのデザイン」をテーマに、民主主義に対する設計行為の分類をまとめようと思います。
issuesをやっているきっかけ
元々事業立ち上げをデザインでサポートする仕事をしていたのですが、「デザインで社会課題を解決したい」というミッションがあり、この事業を創業メンバーと一緒に考えていくことになりました。デザインを公共に役立てることに関心があったのです。
仕事を選ぶにあたり、評価や金銭的報酬、人間関係など色々評価軸はあると思いますが、私はデザインする対象としての、人間社会への豊かさへのインパクトを主な判断軸にしています。そのインパクトの一つには経済的なものもありますが、人間の豊かさやウェルビーイングといった意味に近いです。
そういえば、自分は民主主義の何をデザインしているんだろう?
issuesは身の回りの困りごとを、普段政治家と接点がないネット世代が気軽に投稿でき、やり取りしながら政策に落とし込める、といった設計で運営をしています。
そこで、ふと「自分は社会のシステムのどこをデザインしているのか?」というところが気になりました。そもそも民主主義って、国民の意志を反映して運営されるものじゃなかったっけ?というところです。
今までは、
・ネット世代の困っていることを政策実現につなげることは、政治における世代間ギャップの解消になる
・困りごとを解決していった政治家が評価される社会をつくる
なという意義でやっていました。
でもそれは社会システムの全体像からの逆算というよりも、特定の課題への逆算で生まれた理念に近いです。
個人的になるべく社会の構造からデザインすべきことを考えた方が目的意識がはっきりとすると考えています。今回は、そのための整理がてら「民主主義におけるデザイン」というテーマで整理をしてみようと思います。
「デザイン業界への公開書簡」
まず「民主主義とデザイン」を考えるに当たって少しピンとこないところがあると思います。幸運にもすでにイタリアのデザイン学者で、DESISのファウンダーであるマンジーニらが整理したドキュメントがあったので、この文書を元にして考えてみたいと思います。
内容自体、デザイン業界に対する声明文に近く「民主主義とデザイン」の各分類ごとの詳細な解説があるわけではありません。具体例など、説明が足りないところは自分なりの解釈で補足をしつつ、民主主義とデザインについて考える材料にしていこうと思います。詳しい方で間違っているところなどがあればご指摘をいただけると助かります。
DESIS
https://www.desisnetwork.org/
DESIS (Design for Social Innovation towards Sustainability) Networkは、社会イノベーションと持続可能性に対するデザイン研究の国際的ネットワーク。世界のデザインスクール・大学で展開されている。
エツィオ・マンジーニ(Ezio Manzini)
イタリアのデザイン学者。ミラノ工科大名誉教授。ロンドン芸術大学教授。「ソーシャルイノベーションと持続可能性のためのデザイン」の研究者で、DESIS Labのファウンダー。
「デザイナーよ、民主主義に対して立ち上がれ」
マンジーニらは、デザイン業界に対してこう呼びかけます。
私たちは長年にわたり、「人権」「基本的自由」「個人の成長機会」が担保される「民主主義の原則」に傾倒していましたが、現在この状況は大きく変化しました。民主主義が揺るぎないように思われた国を含む、いくつかの国で民主主義への攻撃が起こっています。
デザイナー、研究者、理論家、学生、ジャーナリスト、出版社、キュレーターなど、それぞれが専門的に「デザイン」に関与しています。民主主義の中心となる価値を支えるために、デザインとの強い関係性を認識することからはじめよう。
この文書が出されたのは2017年。米国でトランプの大統領就任があった年であり、その前年にはイギリスの欧州連合離脱が起こるなど、排外主義・ポピュリズムの台頭が話題になりました。
マンジーニらが「民主主義への攻撃」と表現しているのが具体的に何を指しているのかはこの文面だけではわかりませんが、民主主義への危機感があること、そしてそれに対して「デザイナーにできることがある」というのです。
DESIGN of/in/and/for DEMOCRACY
彼らがいう民主主義のためのデザインの分類は下記の4つとされています。
1. 民主主義のデザイン(Design of Democracy)
2. 民主主義のためのデザイン(Design for Democracy)
3. 民主主義におけるデザイン(Design in Democracy)
4. 民主主義としてのデザイン(Design as Democracy)
of/for/in/asで表現された民主主義とデザインの関係性。順を追ってみていこうと思います。
この文書でマンジーニらが提示しているのは、上述のタイトルと簡単な補足だけなので、事例や具体例は個人的な見解です。
1. 民主主義のデザイン - Design of Democracy
of - 〜の、など。「帰属性と出所性の相互関係」を示す。イメージとしては、「何かから出ると同時に、その何かに帰属して(いる)」そして「切っても切れない関係(にある)」というイメージ。(weblio)
まずあげられるのが、Design of Democracy。この定義は民主主義のプロセス、民主主義の基盤となる制度自体のデザインとされています。
例えば、現在民主主義において、私が知っている制度がもたらしている問題点は下記のようなものがあります。
・現代は様々な社会課題が複雑に存在するが、「政策・困りごと単体ではなく、政治家やイデオロギーというパッケージで応援しないといけない」ため、市民の声を十分に反映しえない
・そもそも人間の社会・政治への関心・リテラシーが高くない現状だと、衆愚政治やポピュリズムに陥ってしまう
・政治家の行動原理として、票の獲得がどうしても優先されてしまうため、課題を持った少数の集団の声が反映されにくい
こういった制度や仕組み自体の課題をどう解決するのか?というところが「Design of Democracy」だと解釈しました。
まあ、めちゃくちゃ壮大で難しいですよね、デザインの仕事といわれてもピンとこない人がほとんどではないでしょうか。
具体的な事例としては下記のようなものがあげられると思います。
・ドイツのソフトウェア「Liquid Feedback」では、参加者の誰もが政策ベースで法案を起草し、提案することができる。
・書籍『ラディカル・マーケット』では多数決や一人一票制が持つ課題を解決する「Quadratic Voting」を活用した「ラディカル・デモクラシー」が提案された。
・スロヴェニアの一部の選挙では、より広く支持される人が当選する仕組みである「ボルダルール」が採用されている。
・カナダ・オランダ・スイスなどでは既存の政党政治が不得手とする特定の課題に対して、抽選で討議する市民を選び、その上で選挙や推薦などを経て政策決定を行う「くじ引き民主主義」が行われている。
どれも実験的な取り組みや提案ですが、どれも既存の民主主義の基盤となる制度の課題にアプローチしている例です。
2. 民主主義のためのデザイン - Design for Democracy
for - 〜のために、〜へ向かって、など。「対象を求めて」、その「求める対象を心理的に指さす」イメージ。(weblio)
次にDesign for Democracy。「より多くの人々が民主主義のプロセスに参加できるようにすること」が挙げられています。この分野では特にテクノロジーが用いられる、とされています。
わかりやすいところだと「オンライン投票」でしょうか。米国ではコロナをきっかけにして、ニュージャージー、デラウェア、ウェストバージニアなどがオンライン投票をパイロット運用しているようです。
最近ではクラウドローも注目を浴びています。台湾では政策を議論するプラットフォーム「vTaiwan」から、UBERの参入と既存のタクシー業者との調整、リベンジポルノに対する罰則の規定、市街地におけるドローン活用を推進するための適切な規制などが市民間の協議によって提案され、行政に採用されています。他にもDecide Madrid(スペイン)、Better Reykjavik(アイスランド)が集団での議論を政策に結びつける事例として存在します。
日本のPoliPoliも、国会議員とユーザーをつなげることで、従来ではない政策づくりへの関与ができるサービスになっています。
他にも政治家に政策に対する意見を届けられる米国の「Countable」など、テクノロジーによって政策づくりへの参加のハードルを下げるようなプロジェクトは多く生まれており、「直接投票所に足を運ぶ」以外での、民主主義へアクセスするハードルを下げる動きは各国で見られています。
3. 民主主義におけるデザイン - Design in Democracy
in - 〜の中に、など。イメージをあえて言葉で表現するなら、「空間内」のイメージ。(weblio)
そして、Design in Democracy。「平等と正義を保証する方法で、制度へのアクセス・開放性・透明性をデザインすること」とされています。ちょっと今回の4分類のなかでは、私の解釈がふわっとしているので、もっとリサーチしたいと思いますが...。
制度や政策が作られてもそれに対してアクセスしづらかったり、活用しづらければ、有効に使うことができません。例えば国や地方自治体のホームページ、情報発信などはもっとデザインが入っていける分野としてわかりやすいのではないでしょうか。
スコットランドでは国民のウェルビーイングを高めるための重要指標をホームページ上で公開しており、国家の透明性を感じさせます。
4. 民主主義としてのデザイン - Design as Democracy
as - 同様に、等しく。結ぶ2つのものが「イコール」、つまり等価なものであるというのを表す。(レアジョブ)
最後に、Design as Democracy。多様な関係者が、私たちの「現在」と「未来」の世界を公正かつ包括的に形成できるように、参加型デザインを実践する。
先ほどまでは制度のデザイン、テクノロジーによる民主主義への参加ハードルの低下など、トップダウン的なデザインが多かったのですが、最後に述べられているのが参加型デザイン。市民性の発揮の設計というところです。
いくら制度がしっかりしていたり、テクノロジーによる議論の場や、民主主義へのアクセシビリティが向上しても、肝心の市民のリテラシーが低かったり、想像力が低いと衆愚政治に陥ってしまいます。
そうなったときに、デザインの営み自体が民主主義的であるべきではないか?「as」にはそういった意味が込められていると感じます。
例えば徹底的なユーザーヒアリングに基づく人間中心設計的な開発は、民主主義的でしょうか?民主主義的だと感じるところもあれば、エピストクラシー(知識人による統治)に近い気もします。
そこで、実践すべきとされているのが「参加型デザイン」です。人々に市民性を発揮させ、社会を共創するプロセスをデザインすることが重要ということです。
参加型デザイン自体は、北欧を中心として1970年代あたりから実践されており、すでに官民両方で活用されています。慶大准教授の水野大二郎さんのレポートでも日本の事例が紹介されています。
参加型デザインは製品開発やITサービスのデザインでも活用されていますが、民主主義のデザインという視点でいうと、個人的にはフューチャー・デザイン(FD)に注目しています。
FDは「七世代先の未来を想像する」をコンセプトにした政策づくりの手法で、日本でも関西を中心に「市民参加型」で取り組まれています。マンジーニの文書では「現在」と「未来」という言葉がありました。ここで彼が言いたいのは、人々の即時的な欲求ではなく、未来にこそ目を向けることが重要というところだと思います。短期的・自己中心的な利益を追求すると、サスティナビリティと相反する部分が出てきてしまい、未来の社会への負担を増やすことになってしまいます。この考え方には納得です。
先日、Persons美術大教授ララ・ペニンのTransdiptionaly Designのレクチャーがあったのですが、未来のデザイナーの役割は「ファシリテーションやビジュアライゼーションによる、コラボレーションの促進になる」といった発言がありました。参加型デザインや政策づくりのプロセスで、デザイナーならではの役割が求められる時代も遠くないかもしれません。
民主主義にはデザインが組み込まれている
ここまでがマンジーニらによる民主主義とデザインの関係性の分類と、それを元にした考察です。
正直、「え、デザインなの?」「デザイナーにできるの?」と思った方もいると思います。私もそう思うところはあります。しかし、今回あげた概念や事例は、すべて人の行動の変容を導く設計行為であり、少なくとも広い意味でのデザインであるといえるでしょう。マンジーニらは、既存の役割・固定観念に縛られるのではなく、社会に対して問題の根本を見つけて解決できるような取り組みをしよう、とデザイナーに投げかけているのかもしれません。
デザインが資本主義社会でインパクトをもたらす存在というのは、appleのプロダクトデザインや、ファウンダーにデザイナーがいるairbnb、instagramなどの成功により、広く認識されるようになったと思います。
同じように公共社会もデザインの力により、もっと社会を豊かにできる可能性は高いと思います。引き続きこうした領域のデザインについて考え、自身も実践しようと思います。
自分は民主主義に対してどのようなデザインをしているのか
私が運営している、issuesは「イデオロギーではなく、イシューベースでの政策づくりへの参加」をコンセプトの一つにしているので、1. Design of Democracy とテクノロジーを通じて政策づくりへのハードルを下げるという面では2. Design for Democracyに位置づくと考えています。
今回の記事で整理をしたことで自分のやっている仕事の目的意識もよりシャープになった気がします。引き続きがんばっていこうと思います。
2020/09/14追記。Ezio Manziniの初邦訳の書籍が出るようです。要チェックですね。👇👇
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