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熟議の補助線をデザインする EU発のカードゲーム「PlayDecide」

過去にゲームを活用したヘルシンキ行政の取り組みについて紹介しました。行政職員の創造力を補助する役割としてゲームを用いることで、構造的にプランニングを行える好事例でした。

デザインの役割として、体験や使い勝手として優れたサービスを作るといったところも重要である一方、自律した市民・行政を育む上では彼らに主体性を移し、自ら社会をかたちづくれる基盤・文化を設計していくことは民主主義におけるデザインの姿勢として大切なように感じます。

民主主義の熟議をデザインする」ではイギリス・ダドリー市の事例やアイルランドでの中絶法改正に、実際に国民投票の過程に熟議が用いられた事例を紹介しましたが、いずれも専門家や優れた問いを投げかけられるファシリテーターが必要なものでした。

今回はツールキットとして欧州の学校や、科学機関などで用いられているEU発の議論手法「PlayDecide」を紹介したいと思います。

「PlayDecide」とは

PlayDecideは元々、EUが資金提供したProject Decide(2004-2007)の一部として作成されたカードゲームです。「科学と社会における複雑な倫理問題に関する対話」を目的として開発されました。

さまざまなテーマについて応用可能ですが、ここでは「公共における水」を課題としたゲームについてみていきましょう。

前提. 問題に対する政策的立場が提示される

まず水政策における、いくつか政策的立場について紹介がなされます。プレイヤーはこのいずれかの立場について最終的に投票を行うことになります。

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1. すべての市民による無制限の水の使用
水を各市民が利用できる量に制限を設けることはできない

2. 水の消費量を平均値以下に保つためにインセンティブを設計する
市民による日常の無駄を避けるための設計をしよう

3. 生産プロセスでの水の消費量に制限を課す
個人消費ではなく、生産プロセスでの水の消費を規制する

4. 市民や企業の水消費量に制限を課す
生産者と消費者の両方に制限を課す。各人に1日あたり最大100Lの水を付与し、保証する(国連による一人当たりの最小生存量は50L)

政策の立場の前提が共有されたあとは下記の流れで進められます。

フェイズ1. 問題に精通する(30分)

まず問題に関するカードによるインプットからはじまります。このフェイズではプレイヤーがさまざまな視点から問題を確認し、そのなかで自分にとって重要だと思うカードをワークシートに配置していきます。

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ワークシート(PlayDecide - Water: blue gold

1.ストーリーを選ぶ

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例えばCard1では、いくつかの旧ソ連の共和国によって、水を必要とする米や綿花の栽培のために湖に接続する2つの川の進路を変えられた結果、世界で4番目に大きな湖だったアラル海の大きさが70%減少してしまったというストーリーが述べられています。

Card2では水が国家の戦略的な資源として扱われることで引き起こされる戦争の要因になること、Card3では食糧や消費財にかけられる水の使用(Virtural Water)に制限がかかること。

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Card4以降は干ばつによる飢饉、環境活動家の抗議、スウェーデンのエンジニアによる水の再利用可能なシャワーの開発といったストーリーが並んでいます。これらのなかから、自身にとって重要な物語を選んでいきます。

2. エビデンスを集める

大きな物語は感情移入しやすく、直感的に選びやすいですが、熟議のためにはエビデンスがなければ各人の印象・主観に基づいた議論になってしまいます。それを補えるように、数字に基づいた35枚の「Info Card」が配布されます。

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一例)
・資源としての水
地球の71%は水でできています。しかしながら海水が97%を占めており、私たちが利用できる水は0.8%ほどです。

・水不足
2000年前、人口は現在の3%しかなかったが、水の量は変わっていない。さらに私たちは汚染しながら水を使っているのだ。

・水の利用可能量の減少
1950年から2000年にかけて、水の利用可能量は一人当たり17000立方メートルから、7000立方メートルに減少している。

プレイヤーはこのエビデンスからも、ストーリーを裏付ける2つほどのキーとなる情報を選び、ワークシートに配置します。

3. 構造的に問題を認識する

大きな物語はいつも複数の問題に要素分解され、複雑につながりあっています。一つの問題解決へのアプローチをするだけでは結果として解決に結びつかなかったり、あらたな問題を生んでしまう可能性があります。

この「Issue Card」(32枚)では、水にまつわる様々な社会問題や懸案事項を提示し、選んだストーリーやエビデンスと関連する問題をあげていきます。

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一例)
・中国の役割の肥大化
東南アジアのすべての川は中国を源流にしているので、中国の水の影響範囲は15億人にもおよぶ

・水を汲む
 世界の女性や子供たちのなかには重い水をもって長距離移動を強いられる者もいる、この問題をどう解決できるか?

・集約農業による水の利用
集約農業は従来の農業よりも多くの水を必要とする。特に乾燥地域でこれを行ってしまうと、土壌の塩類化を引き起こし、長期的にみた土地の生産性を損なってしまう。

(集約農業...一定面積の土地に多量の資本・労働を投下して、土地を高度に利用する農業経営のこと)

フェイズ2. 熟議(30分)

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話し合いの風景(ecsite

個人ワークでインプット、最初の意見の形成をした後は、4~8人程度のグループでのディスカッションに移ります。最初の意見を発表しあう際に、違う立場のプレイヤーはエビデンスカードを用いて異なる見方を示したり、お互いの考えを洗練させていきます。

その際、誰でも議論を一時停止できるイエローカードが渡されます。率直かつ心理的安全性を保った議論を行うために、下記のガイドラインが示され、これにそぐわない言動があった場合には誰でもイエローカードを出すことができます。

ガイドライン
1. 声をあげる権利がある:あなたの率直な意見を話してください
2. ここは人生の学習の場です: 他の人を尊重すること。話を遮ってはいけません。
3. 多様性を楽しもう:驚き・混乱は新しい考えに触れたしるしです
4. 共通点を探そう:「but」は差異を強め、 「and」は類似性を強めます。

フェイズ3. グループとしての考えをまとめる(20分)

議論を経た後、グループとしての合意形成をおこなっていきます。このゲームはオンラインで誰でも開催することができ、関心を持った世界の人々と考えを照らし合わせることができます。

グループで出した政策的立場は、オンライン上で投票され、他のグループにも共有されます。

利用シーン

■ 科学をひらく
PlayDecideの特徴はさまざまな前提知識やエビデンスが示され、どんな人でも対等に話し合いが行えるところにあります。前半で紹介した「科学と社会における複雑な倫理問題に関する対話」という開発目的は、実際にPlayDecideが使われるテーマによって達成されていることがわかります。

例えば、ウィーンの「科学と一般市民の間の対話」を標榜する機関Open Scienceは「幹細胞」「遺伝子検査 - インターネットからの健康」「生物医学研究のための動物実験」「神経増強 - 脳力の改善」に関するPlayDecideを開催しています。

■ 学校でつかう
PlayDecideは欧州ではそのゲーム性から、若者を引き付けるのに特に適しているとされており、多くのPlayDecideは、学校教育の場でも使われているようです。

おわりに

PlayDecideはサイト上でオープンになっており、誰もがテーマとカードを作成し、オープンに利用できる仕組みになっています。今回の例であげた水問題や科学のテーマについてもカードをダウンロードして議論できますし、他にもプラごみ問題、食料問題、フェイクニュースなどさまざまな問題に対するカードが350以上のカードセットとしてあがっています。

今回は以下の問い・アクションプランでおわろうと思います。

・あなたの自治体・学校で熟議テーマを設定するとしたらどのようなものがあるでしょうか?
・もしなにかテーマが思いついたら、実際にPlayDecideからプロジェクトを立ち上げてみましょう

今回のように政策×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような熟議のファシリテーションやゲームデザイン、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体・教育関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたは下記ホームページからご連絡ください。


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