映画評 憐れみの3章🇬🇧
『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』のヨルゴス・ランティモス監督による、愛と支配をめぐる3つの物語で構成したアンソロジー。第77回カンヌ国際映画祭でジェシー・プレモンスが男優賞を受賞。
選択肢を奪われながらも自分の人生を取り戻そうと奮闘する男、海難事故から生還したものの別人のようになってしまった妻に恐怖心を抱く警察官、卓越した教祖になることが定められた特別な人物を必死で探す女。3つの奇想天外な物語を、不穏さを漂わせながらもユーモラスに描き出す。
本作は異なる3つの物語で章立てされたオムニバス映画で、3章とも同じ役者陣が起用されている。3章とも別々の物語である説得力をもたらせる上での役者陣の演技は手放しで賞賛できる。
カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したジェシー・プレモンスがとにかく素晴らしい。第1章では、振り回されたくないけど、相手にされないと寂しさを覚える女々しい演技をしたかと思えば、第2章では、妻を精神的に支配するモラハラっぷりを見せつける。第3章では出番は少ないものの、脇役に徹した感じも見ていて心地良い。
2度のアカデミー賞を受賞したエマ・ストーンの演技も忘れてはならない。第1章では脇役に徹するも、第2章ではモラハラに耐える妻。第3章では宗教に盲信するが、家族に会いたい葛藤を抱える信者という難しい役所をそれぞれ演じ切る。1番色々な意味で体を張っており、『哀れなるものたち』と匹敵するであろう。
他にも、ウィレム・デフォーやホン・チャウなどの実力派俳優が脇を固めたことも、同じ役者が三者三様の役を演じるオムニバス映画として成立した要因であることを忘れてはならない。
3つの章立てから見えてくる共通するテーマは、愛を巡る支配からの抵抗と服従というべきか。愛しているが故の矛盾した心情に葛藤し、板挟みになったことで見えてくるのは、人の愚かさと良心。
原題である『Kinds of Kindness』。「優しさの種類」と訳する。本作で登場する人物らの行動は、「優しさ」からきている見方もできよう。第1章では、上司に無茶振りされ人生を握られていることに抵抗するもの上司を愛してるが故に答えてしまう。第2章では、「夫は辛い時、そばにいてくれた」と信じる妻が、夫からのモラハラに耐える。第3章では、宗教に盲信するため、感情移入できない箇所は幾つもあるのだが、教祖様を愛してるが故の行動、及び、接触を禁止された夫子に合う描写も愛してるが故の行動だ。
以前のランティモス作品であれば、人間の愚かさを描く際、支離滅裂な行動や極端な思想を持っているなど、アイコニックに描くことで、偶像的なストーリーとして昇華させてきた。御伽話を堪能していると同時に、人の愚かという一辺倒の側面しか描かれない弱点もあった。
本作は人間が持つ愚かさと良心の二面性を描けたことで、ランティモス監督お得意の哀れな描写ができつつ、アイコニック的な偶像劇からの脱却に成功している。人は一辺倒では語れない、複雑かつ矛盾した心情を持っている現代劇として受け入れ易い物語となった。邦題の『憐れみの3章』もあながち間違ってはいない。
また、同じ役者が三者三様の役を演じていることも、人間色々な側面があり、理解できるものもあれば、理解できないのも然りということを暗に示しているのではないだろうか。
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