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映画評 DOGMAN ドッグマン🇫🇷

(C)Photo: Shanna Besson - 2023 - LBP - EuropaCorp - TF1 Films Production - All Rights Reserved.

グラン・ブルー』『レオン』のリュック・ベッソン監督による、幼い頃に暴力的な父により犬小屋に監禁され、犬との特別な絆を築いた少年のその後を描くバイオレンスアクションは、良い所もあるだけに、ダメな所も目立つ、惜しい作品であった。

ある夜、1台のトラックが警察に止められる。運転席には負傷した女装男性と、荷台に乗せられた十数匹の犬たち。「ドッグマン」と呼ばれる男ダニエル(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、多くの人に傷つけられながらも、犬たちの愛に何度も助けられてきた半生を語る。生きていくために犬たちとともに犯罪に手を染めるが、「死刑執行人」と呼ばれるギャングに目をつけられてしまう。

ドッグマンの登場シーンは異様な雰囲気に包まれる。マリリン・モンローを模倣する女装姿に痛々しい身体中の傷跡。トラックの荷台に積まれた多種多様の犬たち。『ジョーカー』のラストを彷彿とさせられる取り調べ描写。精神科医の視点を通じて、この男は只者ではない予感と期待が一気に込み上げてくる。

(C)Photo: Shanna Besson - 2023 - LBP - EuropaCorp - TF1 Films Production - All Rights Reserved.

旧約聖書の一節に「わたしの身を犬どもから救い出してください」とあり、野犬や山犬が主とはいえ、キリスト教的に犬は敵対の象徴だ。熱心なキリスト教信者の父親によって、犬小屋に入れられたダニエルは、犬と共に育ったことで、神の子ではなくなる。ドッグマンは父親に銃で撃たれるものの生き延び、犬の力を借りて脱出及び父親への復讐に成功する。GODを反対にするとDOGと読むように、キリスト教が敵対する犬を師とする神「ドッグマン」となったことで、父親から肉体的支配が解かれる。

ドッグマンは女装する理由を「違う自分になれるから」と語り『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルを彷彿とさせられる。女装するに至る動機は家族の存在が大きい。『サントメール ある被告』の被疑者が罪を犯した動機と通づるものがあり、暴力的で支配的な父親の血を引くことによる抵抗から、女装は意識的に行う父性からの脱却とも言える。

そしてもう一人母親の存在を除くことはできない。父親の暴力のせいで母親からの愛情を注いでもらえず、愛に飢えた状態で幼少期を過ごす。青年となり、自分を愛してくれると思った運命の人と出会うも、既に婚約済みであることに深く傷を負う。女装をするのは自身を母親役として演じ、犬たちを「子どもたち」と子供役とする家族ごっこは、与えた分だけ返ってくる愛情で心の隙間を埋め、人を愛することで傷つくのを防ぐ自己防衛の一貫だ。ドッグマンは精神的に家族の呪縛に捉われていると見立てられる。

(C)Photo: Shanna Besson - 2023 - LBP - EuropaCorp - TF1 Films Production - All Rights Reserved.

ドッグマンがなぜ車椅子なのか、脊髄に埋められてる銃弾のメタファーやシングルマザーにドーベルマンを贈る洒落た演出など語りたい所は沢山あるのだが、残念ながら指摘せざる得ない箇所も多いのが事実。

ドッグマンを形成するに至った過去は、父親から虐待されたことと失恋したことなのだが、後者のエピソードは前者と比べてしまうとあまりにも弱すぎて肩を並べるに至らない。失恋といっても勝手に思い上がっていただけだ。十数年以上片思いしてるだけで、別れてから一度も会っていないのであれば、相手に結婚相手がいてもおかしくはない。女装をする深みが、自ずと下がってしまった理由は言うまでもない。

盗みを働いたドッグマンを追い詰めた保健調査員の末路も疑問符が湧く。ギャングやレイプ犯であればまだしも、立派に仕事を遂行してる人の結末は感情移入しにくい。「生きるため」「富の再分配」と、もっともらしい事を言いながら、自分の思い通りになるためには手段を選ばなかったドッグマンに対して、同情から一気に冷めてしまった。監禁程度で良かったのではなかっただろうか、あの末路は酷すぎる。

犬を操る神の生誕や家族の呪縛など楽しめる要素が多い一方で、今一つ爪が甘い女装や弱者に肩入れしすぎた描写など、色々と勿体無い惜しい映画であった。

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