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小説「クスクス嘆く」第6回

おじいちゃんのベッドにエツコおばさんや大宮のおじさんや誠おじさんが集まっていた。パパもママもそこではまだ切り刻んでなくて、いっしょにいた。みんなで花の蜜を吸う虫みたいにおじいちゃんの上に覆いかぶさっていた。そんなにおじいちゃんが心配なんだ。
おばあさんがみんなから離れたところにしゃがんでいた。
いつもは上品な感じですましているのに、その日の朝は床の上で手をすり合わせて何かうめいていた。ザーマス言葉をつかう人なのに、全然ちがう言葉をしゃべっていた。ナマンダブナマンダブ、ナマンダブナマンダブ……はよ終いにしてくれー。ヨダレみたいな涙を垂らしていた。涙みたいなヨダレだったかも。
「あなた、もっと力入れて」
ママがけんかをする時の言い方でパパを急かしていた。ほんとに愚図なんだからって言う時の声だった。
「のど仏はね、こうやって潰すのよッ」
僕はおばあちゃんが、ぜんぜん知らない人、というか人間ですらない物(たぶん、ポンコツのガラクタ)に変身してしまったのに驚いていた。いつもはおじいちゃんが立派な人だってことを、自分のことのように自慢している人だった。わりと好きな気がしていたんだけど、実はこんなブザマに口を動かす木偶人形だったんだ。ナマンダブーナマンダブーわしが見てないうちに早よ片付けてくれーって。前の人が流すのを忘れたお便器の中を見ているみたいで、いやだった。
僕の体が持ち上げられる。
後ろを見なくても誠おじさんだってわかったのに、一瞬だけおじいちゃんに抱えられたと錯覚する。おじいちゃんが目の前にいるせいだ。目をつむっているけれど。
ほら手を伸ばしてごらん。
誠おじさんの手が僕の手をおじいちゃんののど元へと持って行く。誠おじさんがこんな甘ったる過ぎる声を出すと、きまって体の自由が利かなくなる。おじいちゃんの左腕を抑えているエツコ叔母さん、右腕を抑えている大宮のおじさんが僕を非難がましく見つめいている。気づいたら僕はおじいちゃんの首を絞めていた。誠おじさんの手が、僕の手をつよく押さえつける。
おじいちゃんの少ししめった肌のかんじが手にあたる。
おじいちゃんは粋な人なんだ。
おしゃれなんだ。立派なんだ。
厳しいけれど僕にだけはやさしいんだ。いつもハッカのいい匂いが口からする。金色の縁がついたティーカップのセットがお気に入りなんだ。お手伝いのタエさんにしか触らせなくて、おばあちゃんだって触ったらお小言をちょうだいするんだ。
僕はおじいちゃんの膝の上に座っている。日曜日のおやつの時間だった。買ってもらった絵本を読んでいる。すごくいい時間だ。明日学校があるのを忘れてしまえる。
おじいちゃんの膝の上にいると、なんだかふしぎなことに誠おじさんの膝に載せられている気がした。だって顔が見えなきゃ誰だか分からないんだもん。僕を膝に載せてくれるのは、おじいちゃんと誠おじさんしかいないし。後ろを振り向いたら顔が誠おじさんに入れ替わっているなんて、ないよね。僕の考えすぎだ。でもとつぜん、誠おじさんの声でこう言われたんだ。
「誰にも言っちゃ、ダメだよ」
僕の肩はものすごくはね上がったと思う。条件反射で後ろを向いたら、おじいちゃんが怪訝そうな顔で僕を見ていた。おじいちゃんのうしろのドアが開いていた。隣の部屋とつながっているドアだ。
「ね、ほんの少しの間見ないふりしてくれればいいんだよ」
ドアのすき間から誠おじさんの声がする。そこはふだん使っていない部屋だった。
「困ります、そんな」
むくれた声はタエさんだ。
「すぐに元に戻すからさ」
何の話をしているのだろう。僕はおじいちゃんの顔を見るのが怖くなった。でも見ずにはいられない。おじいちゃんはズルいことが大嫌いなんだ。
おじいちゃんの目はもの凄く怖かった。お皿を目の前に置いたらミシミシッて割れそうなくらい強烈なビームが出ていた。そのビームは僕をつき刺していた。
しまったと思ったけど、あとの祭りだった。
誠おじさんの声が聞こえた時、おじさんが僕に言ったと勘違いしたのがバレたんだ。だって仕方ないよ、いつも聞いているんだ。〝誰にも言っちゃ、ダメだよ〟って。
そう言われた後はいつだって、目の前に黒いワヤワヤがいっぱいにあふれて周りが見えなくなって、誠おじさんの喘息みたいな大きな息しか聞こえなくなるんだ。
おじいちゃん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいったらごめんなさい!!!
僕は寝室でおじいちゃんの首を絞めていた。ナマンダブーナマンダブーって喚くおばあちゃんの上で、必死に謝りながら締めていた。おじいちゃん!誠おじさんとおじいちゃんに嫌われる事しててごめんなさい、おじいちゃんの嫌う事してたの黙っててごめんなさい、おじいちゃんの大嫌いな人とおじいちゃんよりくっついてごめんなさい、それから首絞めてごめんなさい、僕が首を絞めているんじゃないんです、誠おじさんとママとパパが僕の体と手を握って、絞めさせているんです、ほんとうです!目を開けて見てください!
「ハルト、大丈夫かあ?」
パパの声は間延びしていた。
「あら、ショックを受けているとでも?」
「そうじゃなくて。バレやしないかね、我々が爺さんを始末したってことが」
バレるもんですか、ママは鼻で笑ったあと誇らしげに言った。
「ハルトは口が利けないんですから」
誠おじさんが僕にほっぺたをくっつける。
「そう、きみが言える訳ないんだ。でも言っちゃ駄目だよ」

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