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【詩】海に一色だけ残るとしたら

  Ⅰ

おまえのことならよく知っている、あめふらし
海浜の浅瀬に生息し 時折はその海へ紫の雨をとりとめもなく
柔らかな筋肉の奥の一箇所に 祖先の貝殻を捨てきれずに宿し
泥塊さながらの姿で 岩砂の起伏を緩慢に越えゆく雨虎あめふらし
あめふらしに生まれた不思議
シンデレラウミウシ/ガーベラウミウシ/シロウサギウミウシ
見目良くその名さえ麗しいウミウシに生まれなかった不思議
おのれの名さえ知らない不思議
宝玉のようなおまえの近縁者を羨むでもなく誹るでもなく
平然と海中を這い 必要とあらば煙雨を降らせる不思議
おまえの名が生まれるより先に すでにおまえがいた不思議
名など無くとも そうやって数万年を生きてきた、あめふらし

ひとに生まれた不思議
生れた時より森からも海からも拒まれる不思議
ひとのことなら自慢じゃないが あまり知らない
生れた時よりしばらくして名を与えられる不思議
名が無くては細い塀の上すらバランスよく歩けない
それだものだから
おのれ以外のものにも見境なく名をくれてやり
おのが奇行を不思議とも思わない不思議
手のひらはよい案配でつねに空
生れた時より空へむけてつねに空

  Ⅱ

おまえは知っているのではないか、あめふらし
海水へおまえよりたなびく濃むらさき
それは陸の生き物が夜にみる
夢とよばれる螺旋状の時空の詰め物に
よく似ているということに
海より弾き出されたぼくの過去のそのまた過去も
海より出られぬおまえの過去のそのまた過去も
たがいを識らない それなのに
遠い隕石の墜落を地殻が未だに
その振動を受けとめ兼ねているような
歯車の反転の仕方で
ぼく達とおまえ達との
遠い中間地点にある扉は
うすく開いている

  Ⅲ

おまえのことならよく知っている、あめふらし
分子と分子を——で繋ぎ化学構造式を
分子と分子を——で繋ぎ化学構造式を
フィコエリスロビリン
アプリシオビオリン
これら雨の成分
―と―と―と―と―と―と―と―と―と―と
―と―と―と―と―と―と―と―と―と―と
    ——で繋がれた名称は
           やがて実体を 吐き出して
     殻 だ
          け 
   と 
なり
           三次元世界より
       離陸
  する
    先は、
——————と——————と
———————————————————と

       空虚という
               包囲不可能な
   非
      存
          在を
  包 囲する

  円  環

——————・
       ——————・
               ——————・
———————————————————————————
     透明と白だけで構成された化学工場は
               あめふらしという名を生成し
名はいつしか
           おまえ
   に取って代わり

お ま え という  実体を誕生させる
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———————————————————————————
    そのあめに
           ふれること
   は
         無論 可
              能————————————
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  Ⅳ

あめふらしの浅瀬は夏を追うごとに狭くなるが
必然でも運命でもない
かつてたった一掴みだった種族ばかりが数を増し
その足裏が踏みつけるが故に
ああ、また生まれやがって
ひとの減らない不思議
ああ、まったく必然でも運命でもなく
わたしに生まれた不思議は
あめふらしに生まれなかった不思議であり
あめふらしに生まれた不思議は
わたしに生まれなかった不思議である
だが。
目覚めの度に濃むらさきの記憶は喪失され
地上に築きし千年王国その心臓部の周縁に
おまえの名だけが記される
おまえの浅瀬を消失させた地平にて
0からアメフラシを創り出すため
今や覚醒とは無時間における覚醒であり
すでに名のコレクションはいっぱいだ

  Ⅴ

とおい扉のその向こう 暖かな海底に眼を凝らす
あめふらしという名をあたえ
あめふらしという名を記録し
おまえからおまえという実態を抜き取ったところで
天文学的年数の彼方では
  この惑星すら
  名を残さない
  最後に名が消えたという現象すら
それでも
おまえの雨はたまさかに
           ぼくの白昼を駆け抜け
ならば 詩とは とりも直さず名づけの一種なのかと
睫毛と睫毛のあわいに匂い立つ
雨の・
   あめの・
      雨の薄色を
刷毛に含ませ薄紙を一往復する千枚を積んで
今ここにこれを記すという不思議



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今年の夏は、なぜかアメフラシがマイブームでした。
なかなか「アメフラシ、きたー!」とかならないよね~。


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