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タジキスタンで出会った人々

海外に来てみて、「おっ、海外に来たなー」と実感する要因はたくさんあると思うけど、そのうちの最も大きな要因は「人の顔の違い」だと思う。

空港に降り立って現地の人たちの顔を見ると、ぐっと緊張するというか気が引き締まるような気分になる。戦闘体制になるというと大袈裟だけど、日本にいる時のような、なんとなく話していればわかり合えるでしょうというモードではなくなる。
それはたぶん相手の表情から得られる情報が極端に減るからなんじゃないかと思っている。
自分と同じ見た目の人であれば、多くを語らずとも、目の動きや表情のつくり方といった目にみえる情報から相手が何を考えているかある程度わかってきたりするものだけれど、見た目が変わってくるとそうはいかなくなる。
相手からすれば何気ない眉毛の動かし方ひとつで、言外の意図を余計に勘繰ってしまうような経験が誰しもあると思う。
空港の税関職員やタクシードライバーと話していて、「あれ?この人なんか怒ってるのかな?」と思ったりするのはまさにいい例なんじゃないかな(とはいえ、税関職員はもう少しにこやかにしてもいいと思いますけどね)

余談ですが、表情や仕草の違いという意味では、インドの首振りジェスチャーにはかなり戸惑った。
日本では言わずもがなだとは思うが、YESの時は首を縦に振り、NOの時は首を横に振る。
欧米や東南アジアでもそれは変わらなかったため、このYES/NOのジェスチャーは世界共通だと思っていた。
しかし、インドではYESの時も首を横に振る。意味不明。
出張時に、対面でインド人で仕事をしていて、私が話している間中ずっと首を横に降っているものだから、よっぽど通じていないのかと思い、混乱を通り越して憤慨した。
しかし、よくよく観察していると、YESの時の首振りは若干NOとは違う。NOは日本と同様にちょうど扇風機が回転するように首を横に振るが、YESはメトロノームが左右に振れるように首を横に振る。
さすがにそれを初見で見分けるのは無理がある。
(インド出張中にそれを真似ていたら、日本に帰ってもしばらくその癖がついてしまって恥ずかしかった)

話は前回に引き続いて中央アジアに戻る。

一般的に中央アジアと呼ばれる5カ国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)は、1カ国を除いて、テュルク系といわれる民族が多く居住している地域といわれている。
人種的なことは掘り下げると難しくてわからないけど、テュルク系とは簡単にいうと「モンゴロイドとコーカソイドの混血でテュルク系の言語を話す人たち」ということになるらしい。
私がアルマトイで会ったカザフ人(カザフスタンにおける最多の人種)や、その他3カ国の主要な人種であるウズベク人、キルギス人、トルクメン人もこのテュルク系に含まれるとのことだ。
一方で、タジキスタンのタジク人だけは、テュルク系ではなくペルシャ系(イラン系)で簡単にいうと「コーカソイドでペルシャ系の言語(=タジク語)を話す人たち」ということになる。
つまり、テュルク系の人々と近接した地域に住んでいるものの、似て非なる人々なのだ。
このことをしっかりと意識せず油断していると、「近いから似ている感じなのかと思ってた!」とびっくりしてしまうことになる。

タジキスタンに着いた直後の私はまさにそうなった。
これからするのは、私が国(街?)の人や雰囲気の違いにかなりびっくりしてその反動で超警戒してしまい、ちょっと後悔したという話だ。

丸2日ちょっと滞在したカザフスタンのアルマトイを出発した私は、次なる目的地のタジキスタンの首都、ドゥシャンベに到着した。

ドゥシャンベ国際空港

到着したドゥシャンベ国際空港は一国の首都の空港とは思えないほど小さくて迷いようがなかったし(大学のときに使い慣れた秋田空港くらいのサイズ感)、バックパックひとつしか持っておらず荷物ピックアップもスルーできた私は、ぼーっとしたまま制限エリアを抜けて到着ロビーに出た。
その瞬間、待ってましたとばかりにおっちゃんたちに一気に囲まれた。
「タクシー!?ヘイ、ミスター!!タクシー!?」
あわよくば半ばさらうような形でタクシーに乗せされそうな勢いだった。
さっきまで中央アジアにいたのに、空港ロビーを出た途端に東南アジアかどこかに瞬間移動してしまったのかと思った。
アルマトイで感じた「中央アジア人=穏やか」というイメージは粉々に吹っ飛んだ。全然穏やかじゃない。ぐいぐい来るし圧がすごい。
(よく考えると、荷物のピックアップを待つ必要がなかった私が真っ先に出てきたため、おっちゃんたちの集中砲火をくらった形になったみたいだ。ファーストペンギンは勇敢なんて言われるけども、もしかしたら私のようにぼーっとしてたら最初に海に落ちてしまっただけの可能性もある)

強引なタクシーの客引きとそれに関連するトラブルは海外旅行あるあるとも言える。
法外な値段をふっかけられたり、目的地をうまく伝えられなかったり、場合によっては犯罪に巻き込まれたりするケースが今でも後を立たない。
(特に、強く断ったり、強気で交渉することが苦手な日本人はターゲットにされている節がある)
ただし、今回の旅行では白タク関連のトラブルは無縁だろうなと高を括っていた。
中央アジアで使えるYandex.Goという配車アプリをダウンロードしていたからだ。
eSIMも利用しているため、いつでもどこでも利用できる。
まずは気持ちを落ち着けるために、先に両替を済ませ(両替している間にもおっちゃんはずっと後ろにいる)、お金を崩すためにカフェに入って水を買い(会計中もおっちゃんはずっと後ろにいる)、カフェの一番奥の席に座った(おっちゃんはずっと席の横にいる。とんでもなくしつこい)

席について落ち着いたところで、スマホを見てみる。
あれ…?
ネットが繋がらない。「圏外」の表示が出ている。
おかしい。このeSIMは間違いなくタジキスタンも対応していたはずだ。
そう思って少し待ってみても状況は改善しない。
頼みの綱の空港Wi-Fiは、Wi-Fiとは名ばかりで、全く使えない。
ネットが繋がらないとYandex.Go使えなくない…?
ふと顔を上げるとしたり顔のおっちゃんたち(言葉は通じないのに、なんで状況を完全に察知してるんだ…)
まじ?おっちゃんと交渉して白タク使わないといけないの?
こうしておっちゃんたちとの交渉バトルが始まった。

ここで大事なのは、冷静になって正しい情報を集めることだ。
できるだけ安全なタクシーの情報や相場を知っておかないと、交渉を始めても不利になる。
空港を見渡してみるとインフォメーションカウンターを見つけたため、尋ねてみる。
「あのー、市内に行きたいんですけど、タクシーのカウンターはありますか?」
「カウンターはないわ。黄色のタクシーがタクシーのピックアップポイントに来るから拾いなさい(英語がカタコトすぎてわからなかったが、たぶんそう言っていたと思う)」
やっぱり正規のタクシー会社はあるらしい。
となると、このずっとついてくる、明らかに白タクのおっちゃんはやっぱり無視して、黄色のタクシーを探し、その運転手に直接交渉するのが最も良さそうだ。

空港を出て見渡してみると、駐車場付近に確かに黄色のタクシーが出入りしているのが見つかった。
「黄色のタクシーに乗るから。じゃあね」
そう言って足早に歩き出したが、それでもおっちゃんは諦めない。
「待て待て、俺のタクシーも黄色だ」
ん?どういうこと?おっちゃんの方を見ると、確かにおっちゃんが指差しているタクシーは、付近のタクシーと同じデザイン。色は黄色。
「え?本当におっちゃんのタクシー?」
そう聞くと、そうだと言って鍵を開けて見せてきた。
「ほらな。スマホでメーターを回して運転するから安心しろ」
私は完全に混乱した。
このおっちゃんはどう見ても怪しさしかない。かなり失礼だけど、白タクドライバーというお題で絵に描くなら、8割の人がこの風貌を描くだろうなというくらいの見た目をしている。
しかし、おっちゃんの乗り込んだタクシーは確かに他の黄色のタクシーと同じデザイン。
しかも、タジキスタンではスマホをメーターにしているタクシーも多いとどこかで聞いた気がする…。
「じゃあさ、市内中心部のアユニ広場までいくらで行けるの?」
「それはメーターが決めるから、回してみないとわからん」
まあ、メータータクシーだし、確かにそれは筋が通っている。
違和感は残っているけれど、もう覚悟を決めて、そのタクシーに乗り込むことにした。

私を乗せたタクシーはゆるゆると動き出したが、その途端におっちゃんがおかしなことを言い始めた。
「アユニ広場まで80ソモニ(=約1200円)な」
さっきまで、メーターを使うと言っていたのに、このタイミングで値段を指定してくるとはどういうことだ?そう思って指摘してみても、
「メーター?もちろん使うぞ。でもアユニ広場までは80ソモニな」と要領を得ないことを言ってメーターをスタートさせない。
そこで私も気がついた。こいつ、メーター使う気なんてさらさらないんだ。
おそらく日本人だから良いカモだと思い、金を巻き取ろうとずっと空港内をついてきていたんだ。
そう思うと怒りがふつふつと湧いてきた。
「話していたことと違う。メーターを使わないなら今すぐ降りる。」
「メーター?OKOK。回すから安心しろ(結局、回さない)」
「メーターを今すぐ回してこちらに見せろ。そうしないと本当に降りる」
「メーターね。はいはい(結局、回さない)」
もう埒があかない。
私は過去にタクシー絡みのトラブルがあり、どうしてもタクシーの詐欺に対して我慢ならないところがある。
幸いタクシーはロータリーを回ったばかりで、公道に出る手前で信号待ちをしているところだった。
降りるなら今しかない。
周囲を確認した後、私は勢いよくドアを開け、バックパックを掴み、タクシーを飛び降りた。

歩道に降りてバックパックをどすんと地面に置くと、怒りとかやりきれなさとか、いろんな気分が混ざって一気にどっと押し寄せてきた。
タジク人はこんな人たちなのか…なんか嫌だな…
もちろん、このことだけでタジク人全員の印象を決めてしまうのは明らかに間違っている。
そうわかっているが、国の玄関口である空港で騙されそうな目に遭ったら、どうしたってその国の人全体の印象は悪くなる。
まだ2カ国目なのに、なんだか良くないスタートを切ってしまったと、少し悲しくなった。
(これは翌日判明したことだが、ホステルのオーナーに確認してもらったところ、空港ー市内は15ソモニ(=約220円)くらいが相場のようだ。つまり80ソモニは確実にぼったくられている)

やり場のない気持ちはしこりのように残っていたが、少しの間その場にじっと立ってあたりを見ていると、気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
さて、どうしよう。どうやって市内に行こう。
そう思いながらふと横に目をやると、ちょうどそこにバス停らしき建物があった。
そうだ、バスで行ってみよう。
バスの使い方も料金も行き先もわからないけど、手当たり次第バスのドライバーに聞いてみればなんとかなるかもしれない。
そもそも、空港から市内に向かうバスが一本もないなんてことはないだろう。
そう思い、バス停に座ってバスを待つこと2分、一台目のバスがやってきた。
ドライバーはエンジンを止めてバスを降り、どこかに行ってしまったが、乗客は4人ほど乗っているから、終点というわけではなさそうだ。
とりあえず乗り込んで、手当たり次第に声をかけてみると、おばちゃんたちは全く英語が通じなかったが、揃って前方に乗っていたおっちゃんを指差していた。
よくわからないけど、おっちゃんに聞いてみろと言っているように見える。
それにしてもなんで全員が揃っておっちゃんを指差すんだろうと疑問に思ったが、どうやらおっちゃんは(どうみても普通の私服だけど)このバスの車掌だったらしい。
「あのー、このバスってアユニ広場に行きますか?」
「アユニ広場?行くよ!2ソモニ(=約30円)だ。」
あっさりと市内行きのバスに乗れて拍子抜けしてしまった。
しかも2ソモニ。やっすい。
もちろんタクシーとバスは相場が全然違うけど、80ソモニなんて出さなくて良かった。

車掌のムハンマド君 28歳(見えない)

バスが走り出した後、車掌は私のことを気にかけていろいろ話しかけてくれた。
「どこから来たんだ?そうか日本か。珍しいな。何歳なんだ?」
「えっと、26歳です。」
「そうか!俺は27歳だ。同じくらいだな!よろしくな。ムハンマドっていうんだ」
それでも先ほどの一件があってから、私は完全に疑心暗鬼になっていた。
「どこのホテルに泊まるんだ?」
「えっと、XXXホステルです(なんでそんなこと聞くんだろう…)」
「ドゥシャンベはこういう街でな、こんな歴史があって…」
「へぇー、そうなんですか(後でガイド料くれとか言ってきそうだな…)」
「美味しい食堂があるんだけど、教えてあげようか」
「いやー、とりあえず大丈夫です(なんか連れていかれたりするのかな…)」
ムハンマド君の明るい雰囲気はとても悪い人には見えなかったが、完全には警戒心を解くことができず、一定の距離を置きながら話してしまった。

しかし、バスがアユニ広場に近づいてきたとき、ムハンマド君がいきなり大きな声で私のことを呼んだ。
「今、このバス停で降りたらいいよ!さっき君のホステルをマップで調べてみたんだけどね、広場に行くよりもここで降りた方が近道だ。ほら!」
そう言って見せてきたスマホのマップは、確かに私のホステルまでの道筋を示していた。
「この道をまっすぐ行って1km先を左に曲がるだけだ。ちなみに、角のところには〇〇っていう食堂があって美味しいから試してみてね。いい旅を!」
そう言って私を降ろすと、バスのドアは勢いよく閉まり、せわしなく出発した。
バス停にポツンと突っ立って走り去るバスを眺めていたら、今度は急に恥ずかしさと後悔の念が襲ってきた。
私は、最初に持ったタジク人のイメージに囚われてしまって、ムハンマド君に対して、良くない対応をしてしまっていたことに気がついた。
彼が積極的に話しかけてくれていたのは、異国の地でひとりぼっちでバスに乗っている私の顔が、私が思っている以上に不安で孤独に見えたからかもしれない。
ホステルの名前を聞いてきたのも、彼の純粋な100%の好意によるものだった。
それにも関わらず私は彼のことを疑い、彼の好意を拒否してしまった。
そして慌ただしくバスを降りて、彼にありがとうも言わなかった。
ムハンマド君に悪いことをしてしまった。
自分の心の小ささを感じ、ちょっと自分が嫌になった。

世界のどこの国に行っても、そこには必ず良い人もいるし、嫌な人もいる。
文化が違うから海外で出会う嫌な人はものすごく嫌な人に見えるけど、日本にいたって嫌な人はいると思う。そこに違いはあまりないんじゃないかと思う。
でも、海外に旅行していると自分の安全を守る心理が強く働いて、嫌な人が近寄ってこないか、近寄ってきたこの人は自分を騙す人なんじゃないかと、疑心暗鬼になってしまう。
それはある意味では正しいことだし、仕方がないことかもしれない。
でも、できるだけ心を開いて、人にもらった優しさを全身で受け取って感謝できるようになれたら素敵だなと思った。

おわり。
2024/07/30


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