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雑誌に未来はある? 一時代を築いた雑誌の元編集長に聞く、これから編集者はどう生きるべきか。

猪瀬直樹初期の伝説的名著を世に送り出す

 はじめまして、編集者のアワジマ(ン)です。6月から「シュッパン前夜」に加入することになりました。まだテスト生だと認識しているので、途中でファイヤーされないようにがんばります。座右の銘は「すべては時間が解決してくれる」です。
 
 さて、初めて投稿するにあたり、同業者の方に役立てていただけそうな知的財産もノウハウもほとんど持ち合わせていないことに気づきました。そこでと言ってはなんですが、私自身が編集者として学びたいと日頃から思う人に話を聞くことを思いつきました。
 
 真っ先に浮かんだのが佐山一郎さんです。80年代の『STUDIO VOICE』編集長を務めたことでも有名な氏ですが、サッカー狂でもあります。私がサッカー雑誌の編集長を務めていた頃、圧倒的な教養とユーモアで、サッカー界の歴史と出版界のイロハを教えてくれたのが佐山さんだったのです。
 
 そのサッカー雑誌で佐山さんにつないでいただき猪瀬直樹氏にインタビューしたときがあるのですが、準備不足と緊張で要領を得ない質問を繰り返して猪瀬氏を怒らせてしまいました。1時間ほど「一体何が聞きたいの?」と怒られながらインタビューするという地獄のような展開。氏の怒りは至極当然で、それでも真摯に質問には答えようとしてくれた姿勢には感謝しかないのですが、苦すぎる思い出です(カバンがあったら入りたい)。

 余談が長くなりました。そんな猪瀬氏初期の伝説的名著『日本凡人伝』シリーズを編集したのが当時まだ30歳前後だった佐山さんです。
 最初は「いまの編集者におすすめしたい本」というテーマで相談していたのですが、話は自然と雑誌編集の歴史的な流れに移っていきました。

***

 ご指名を光栄に思います。ホストクラブでは、売り上げやご指名の多い人を「ナンバー」と呼びますね。なので今は「ナンバー落ち」をしないで済んでいる老ホストの気分です、メチャクチャな喩えですが(笑)。
 事前に『シュッパン前夜』のご趣旨を伺いました。底意にリアル・コミュニケーションの復旧があるのかな、と感じました。ここでの試みが復旧にとどまらぬ運動としてのルネサンス(再生・復興)につながるといいですね。
 前夜と銘打つのだから、どこかでリアル前夜祭をやって欲しいけど、自分がアラ(ウンド)古希ともなると、何を語っても後夜祭めいてしまいそうで怖いです、いや、ホント。その点にだけはご注意ください。
 
──かれこれ15年ものお付き合いになります。
 
 そんなになりますか。旧知のアワジマ選手とは、『サッカー批評』(*のち『フットボール批評』に分裂)の連載や単発物、単行本等々でお世話になってきました。サッカー本153冊を書評した拙著『夢想するサッカー狂の書斎 -ぼくの採点表から-』(カンゼン・2013年/装丁:白石良一)の担当編集者であり、またこちらがプロデュースした加部究『日本サッカー戦記 -青銅の時代から新世紀へ-』(同・2018年/装丁:間村俊一)の出版元の担当者でもありました。
 で、そんなアワジマ選手から突如として「雑誌に未来を感じていますか。また編集者はいかに生きるべきか」という壮大なお題をもらってしまった。レファ本も紹介せねばならぬというから欲張りですね。最初は老人ホストをおちょくってるんじゃないかと思いましたが、ボケ防止のためもあり諒解しました。でもまずは、最近1~2カ月で買った雑誌があるのかないのかというミもフタもない質問もして欲しかった。新聞取ってますか、本屋さん行ってますかでもいいんです(笑)。
 
──スミマセン。つい難しく考えてしまうタチなので。
 
 今この場で凡庸な解答をしてもしょうがないので省かせてもらうけど、全体状況としてはやはり深刻さの度合いを深めています。去年の3月まで立教大学を中心に幾つかの大学で学生さんたちと触れ合う機会がありました。ちょうど4年間でしたから、なんだか大学を二つ卒業したような気がしていますが、見てはならない現実もいっぱい見てしまった。直近2、3年は、授業中に一所懸命メモを取る伝統さえ消えたというのが大学教員の口に出せない嘆きです。本や新聞を読まないなんて段階ではもうないのです。「もはや平成ではない」と言ってもよいのかもしれません。
 
──不肖・アワジマは大学出てから20年ですが、さすがにメモは取っていました。
 
 立教の社会学部で兼任講師をやっていた頃、『フットボール批評』時代のアワジマ編集長にゲストスピーカーで来てもらいましたよね。あの頃あなたはメッシやルイス・エンリケ監督のインタビュー記事が捏造だったことを問題視してキャンペーンを張っていた。狭い業界なので批判される側の編集者のことも私は知っていた。批判への反批判も聞かれるそんな複雑怪奇な事情をメディア社会学科の大学生と一緒に考えてみたかったわけです。
 
──マジメな学生たちでメディアのあり方を真剣に考えていて感動しました。
 
 その件についてもまたまた月並みな感想になりそうなので省きますが、概括すべき点が二つだけあります。一つは、アワジマ選手の使命感に、今ならの話だけど、親指と小指を立てる新庄流ビッグボス・フィンガーを出していたであろうこと(笑)。もう一つは貧すれば鈍するを象徴する末期的症状をとうとう目の当たりにしてしまったなァ、という盛者必衰の理のようなものでした。
 

老ホストならぬアンディ・ウォーホルのような佇まいでお茶をしばく佐山さん。
本の話とビッグボスの話になると止まりませんでした。


──祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす……。その盛者の時代をイメージするのが今はなかなか難しいです。
 
 そうした日本の雑誌の現状を一言で言い表すと、やはり「飽和」ということに尽きるのじゃないでしょうか。タイパ(タイム・パフォーマンス)な時間短縮時代にあって、横書きでスマホやPCを読む、見るの時間が最大限度まで満たされていてもう余地も余白もありません。
 
──今はFlierという本の要約サービスまであります。
 
 根拠薄弱かもしれないし、きっとこじつけだと思うのだけれど、2006(平成18)年あたりが挽歌のうたい始めだったと思うのです。私事になりますが、06年秋に『雑誌的人間』(リトルモア)という早過ぎる業界回想録を出版しました。ちょうど同じ頃、山崎浩一君が『雑誌のカタチ ──編集者とデザイナーが作った夢──』(工作舎)を出しています。その前の年には坪内祐三氏が『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』(新潮社)を出していて、241ページあたりに若かりし頃の私も出てきます。偶然と言えば偶然なんだけど、これ以後は雑誌に淫した人たちによる本が続けて出るような現象はなかったと思います。3冊の著者はみな1950年代生まれでした。

──なるほど。
 
 あれから10数年が経過して、坪内氏は2年前の1月に惜しくも急逝されました。「君」ではなく「氏」なのは、馬が合わなかったからです。目つきの悪い奴だな、酒品も怪しいとこちらは勝手に思い込み、あちらにどう思われていたかは……よく分かりませんが、座談会で一緒になった時になんともつまらなそうな顔をしていた。新宿ゴールデン街や神田・神保町の匂いをこちらが醸していなかったからかもしれません。最近、限定千部、定価3万円の『野間宏 作家の戦中日記 一九三二~一九四五』上下巻函入り(藤原書店・2001年)を買ってしまった文学野郎のハシクレのつもりではいるんですけどね。しかも今日の待ち合わせ場所からして、ドナルド・キーン展開催中の神奈川近代文学館!
 

横浜港を一望できる「港の見える丘公園」にある神奈川近代文学館。ドナルド・キーン展は7/24まで開催中。偉大すぎるその生涯をたどりながら、日本文学史も回顧できる素晴らしい企画展です。川端康成、三島由紀夫などとの手紙を食い入るように読みました。


──不肖・アワジマ、恥ずかしながら横浜にこんな良いところがあるのを知りませんでした。
 
 で、今突如として、その10数年分にあたる『雑誌的人間』の続編を書く気力が湧いてきました。ありがたや、ありがたや。アワジマ選手が雑誌編集についてあれこれ述べよ、何か推薦の本はないかと言ってくれたおかげです。なので今述べた2006年前後の3冊以外のところで更に4冊選んでみました。長くなりそうなので、以下の解説はまた次回。乞うご期待ということでよろしくお願いします。

◉『吉本隆明全集【20】1983-1986』(晶文社・2018年)
◉村松友視『ヤスケンの海』(幻冬舎・2003年)
◉安原顯『決定版 編集者の仕事』(マガジンハウス・1999年)
◉田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀(かずき)とその時代』
 (河出文庫・2018年)

***

 久々のせいか話は尽きず、次回もまた佐山さんの舌好調インタビューをお届けすることに。半可通とはよく言ったもので、半分ぐらいしか分からない局面も生じがちだったのですが、そのときは分かったフリ(やったらあかんやつ)をして、あとで「痛ッ、なるほど!」と思う尻尾を踏まれた恐竜になることがよくありました。含蓄のある話ならではのことかもしれません。

 雑誌が盛んだった頃を知る世代であるからこそのさまざまな思い。それを知るのはとても大事なことじゃないかと思います。
 ではまた次回に。

佐山一郎(さやま・いちろう)
作家・編集者。1953 年 東京生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒業。『スタジオボイス』編集長を経てフリーに。2014年よりサッカー本大賞選選考委員。著書に『東京ファッション・ビート』(新潮文庫)『「私立」の仕事』(筑摩書房)、『闘技場の人』(河出書房新社)、『雑誌的人間』(リトルモア)、『VANから遠く離れて──評伝石津謙介』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎 ぼくの採点表から』(カンゼン)、『日本サッカー辛航紀 ──愛と憎しみの100年史──』(光文社新書)など。

文/アワジマ(ン)
出版社編集者。淡路島生まれ。丘サーファー歴20年のベテラン。ペンネームは「アワジマン」なのですが佐山さんが「アワジマ」のほうが良いというので今回に限り「アワジマ」にしています。

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