見出し画像

コーチの社会分析 Note【キャリア・ブレークスルーⅡ(間違いだらけのキャリア教育を解説するシリーズ⑨)】

☆社会課題としてのキャリア

今日は、ちょうど日経(上記リンク)で記事が出ましたのでこちらから入っていこうと思います。下にリンクをおいておきますが、これまで触れてきた内容を裏打ちするような記事になっていました。
 
つまり、これまでにブラック企業という社会課題に対して、法整備を筆頭とした様々な「環境」対策が行われてきました。しかし、ブラック企業ではない状態だから、人が働く場所として選択するのではない・という仮説がここで見事に炸裂した結果になったわけです。
 
そう、その会社でのキャリアが自分人生の人生にとって重要であるのか、貴重な経験となるのかといった「本質」がより問われ始めたということです。
 
これは下記リンクにある中学生が語った「教師による子どもの向き合い方」と同様に「経営者が社員とどう向き合うか」が問われていると言えます。
 
教師による、教師の為の授業進行。その為に都合のよい、受け身で文句も言わず、忍耐力の高い、自分の心を殺した生徒ばかりが評価され、生き残ることが出来る教室の姿。その状態が本来の「目的」とかけはなれていることは言うまでもないでしょう。

同様に、経営者による経営者の都合の為の会社。経営者にとって都合のよい、受け身で文句も言わず、給与も低く、残業もこなし、病んでも自己責任。そんな会社の姿が社会の当たり前で会ったり、未来目的を達成する存在である筈もないのです。
 
企業で起こっていることは、経営者の個人的資質に紐づいていることは間違いありません。しかし、このような経営者が当たり前に存在している背景としての学校教育、親子、大人と子供の関係といった慣習、文化は、この国における社会が年月を重ねて育んできたことは否定できません。
 
他責。力あるものが自らの責任を放棄し、自分以外の誰かのせいにしている状態がこの日本社会で否定されない。そんなことが常態化してしまうのであれば、この国が悪いループから抜け出すことは出来ません。その視点からは、早々と見切りをつける若者が増えている事象自体は、むしろ肯定的にとらえて良い・と言えるのではないでしょうか。

☆支援者に問われる「覚悟」という責任の力 

こうした背景の中では、キャリア支援者というポジションで「誰かを応援したい」という人もまた多くなります。しかし、その中の一定割合。少なからぬ人々が、自分自身の人生と向き合うことから逃げる場所として、誰かを応援するという役割を演じようとしてしまいます。

以前にも相手ではなく自分を癒す為にカウンセラー、ヒーラーと名乗る方々には苦言を呈していますが、自分自身が自分の人生を生きていない状態で、自分以外の誰かの人生を支援していこうというのは、実は「搾取」とすら言える行為だと思っています。

目の前の相手に対し自分の代役としての役割を投影し、うまくいったら自分のお陰、うまくいかなかったら相手の責任という、自分は安全で無責任なポジションを守り、ゲームのキャラクターを操作するように相手に関わってしまう。そんなマニュピレーターのような態度や、心理バイアスのかかっている状態で、よいキャリア支援など出来るわけがありません。
 
キャリア支援者としてのあなたは、自分自身の願いを、価値観をいつでも自分の言葉で語れる状態にあるでしょうか?
 
そのうえで、responsibility(責任の力)を発揮し、相手の未来、将来、その過程で失敗していく多くの機会を共にし、成長の機会へと共に在る状態でいられるでしょうか?

☆そして、支援者に求められる姿とは?

上記リンクでは、多くの若者がスタートアップへと転職していく本質的な部分として「自己成長」という言葉を使っています。この時、キャリア支援者は「自己成長」という言葉に対し、どのような人物像が求められ、どう向き合うことが問われているのでしょうか? 僕は人物像として、

支援者自身の「リーダーシップ」が問われる
 
と考えています。というのも「自己成長」はどのような状況で起こるかということを掘り下げて考察したことはあるでしょうか? 上記「二番手の病」でも触れたように、私たちのいる現実世界では、ゲームでスライム一万匹を倒し続けても望み通りの成長になる・ようなことはおこりません。私たちには、自分の限界を超えていく為の挑戦と行動が必要となり、その為の環境があれば、成長は加速されていくことになるのです。
  
実際、スタートアップやローカルの虎とも呼ばれるような、日本の中の小さな場所にオリジナルの旗をたて、一隅を照らす人々には、組織の資本、資源には限りがあるものの、様々な個性ある個人や企業とアライアンス(つながり)していくことで、新しい価値を生み出し、ニッチな市場を創り上げて制していきます。その環境は簡単ではありませんし、常にリスクがつきまといます。しかし、成長の機会としてはこのうえない魅力があります。
 
つまり、スタートアップに転職していく人々が求めている何かとは「リスクと向き合う力」ともいえるのではないでしょうか。
 
よくある自治体系「ローカル人事」のようなイベントやPRでは、田舎の大企業や安定企業を並べるケースが目につきますが、これは自治体サイドや企画サイドが「規模」「安定」という言葉に対して幻想を抱いているからです。彼ら自身の時代にはそうであったかもしれませんが、東京の大企業やキャリア公務員からこぼれた人材を拾うことは、今の少子化売り手市場の中で価値がある行動でしょうか?

本当の意味でローカルの課題を舞台に活躍する人材を得よう。そんな視点からは、リスクから逃げる思考で提供された会社、コンテンツ等は、まさに無用の長物にすぎない・ということでしょう。以前にも触れましたが、今の世代は、挑戦意欲が高い傾向にあります。昭和のような外交的で口だけのちょろいやったふり人物ではなく、内向的でもコミットする本当に挑戦できる人物を一定割合で抱える世代であることを忘れてはいけません。

*続きます! では!


この記事が参加している募集

転職してよかったこと

ありがとうございます。頂きましたサポートは、この地域の10代、20代への未来投資をしていく一助として使わせて頂きます。良かったら、この街にもいつか遊びに来てください。