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あなたはシオニストの意味を知っていますか?


ディナーパーティーの席でたまたまイスラエルの話題になり、別の部屋に逃げ出したくなったという経験はないだろうか?

「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」の書き出しである。

答えに詰まる。ディナーパーティーの予定もない。

2023年、ハマスはイスラエルに対し軍事行動を開始。イスラエルも応戦し、多くの罪なき人々が犠牲になっている。日本のX、旧Twitterでもハマスが悪い、イスラエルの応戦は仕方のないこと。かたやイスラエルの非道を忘れるな。などなど。
様々なつぶやきが飛び交う。

私は受験期に世界史選考だったが、当然、受験生レベルの知識しか持ち合わせていない。

イギリスの二枚舌外交、アラファト、ネタニヤフ…断片的な知識のツギハギでしかない。

そして恐らくほとんどの日本人が私と同じようにツギハギだろう。知識量に差はあれど。

本書、「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」はそんな断片を繋げてくれる一助になるはずだ。

  • イスラエルはなぜ問題なのか。

  • なぜこんな小国の戦争が世界のトップニュースとなるのか。

  • トランプ大統領はなぜ異質だったのか。

  • ガザ地区とはなにか。

  • シオニズムとは。

まず前提として。イスラエル、イスラムのどちらに立つ本であるか。
本書は基本的に中立の立場をとると書かれている。が、巷にあふれる本でどちらかに肩入れしますと書かれているのは少ないだろう。建前上でも中立と書くのが普通である。

読み終えたイメージとしてはややイスラムに同情的であり、イスラエルに対し批判的な言説が目立つ。

筆者の経歴。

社会活動家。イスラエルの民主主義を名実共に達成させるためのNGO、「新イスラエル基金(New Israel Fund)」のCEO。同基金は、宗教、出身地、人種、性別、性的指向にかかわらず、すべての国民の平等を確立すること、パレスチナ市民やその他の疎外されたマイノリティの利益と、アイデンティティの表現および権利のための民主的な機会の保護、イスラエルが近隣諸国と平和で公正な社会を構築し維持することなどを目標に掲げて活動している。妻と二人の娘と共にアメリカ、サンフランシスコに在住。

社会活動家なので、ややリベラル。イスラムよりなのかなという印象だ。

構成

本書は1部と2部に分かれる。
第一部:何が起こっているのか?
第二部:イスラエルについて話すのがこれほど難しいのはなぜか?

第一部はいわゆる歴史。ユダヤ教、イスラム教、イスラエル、パレスチナ、オスマン帝国…など。
聖書からバルフォア宣言、イギリスの委任統治領、第三次中東戦争、オスロ合意といった形で時系列で解説されている。あまり詳しくない人でもちゃんと理解できると思う。

と言いたいところだが、翻訳書でもあるため、全く知識がない方にはハードルが高い。


読んでてても「?」がずっと頭に上に表示されてしまうだろう。

最低でも一冊くらい入門書を読んでざっくりと流れを掴んでから読むことをおすすめしたい。

ここでイスラエルの歴史について私がまとめても意味はないので、本書に学びになった、気になった点をいくつかまとめてみたい。

シオニズムとはなにか。


本書の一部にシオニズムの種類についていくつか書かれている。シオニズムと言われてピンと来る人と来ない人がいると思う。が、わかった人でもその種類まで思い浮かぶ人は少ないのではないか。

シオニズムとはそもそもユダヤ人のイスラエルという古代からの祖国における民族自決の権利を持っているという理念のことである。これが転じて「ユダヤ人の国を作ること」がシオニストの目的となる。
では今、この現代において「あなたはシオニストですか?」と聞かれたらどうだろう。本書にも指摘されている通り、意味のない質問となる。すでにユダヤ人の国は「ある」。シオニストの目的は達成されているのだ。つまり現代において、この質問は「イスラエルに対してどんな立場をとるか?」というものになる。

▼労働シオニスト
左派。ユダヤ人国家における社会主義社会の実現を提唱した。イスラエルが建国された1948年以前および、建国後の30年間を支配した。
建国後すぐのイスラエルは社会主義の側面が強く、有名な集団生活、キブツを創設している。


キブツ(ウィキペディア)

新しいユダヤ人 土地と深く結びつき、土地を耕して守る力のある人びと
を目指した。
キブツに関しては個人的にもっと調べてみたいと思っているが、それはいったん置いておいて、イスラエル建国時は「労働シオニスト」政権であったことは着目すべきポイントだろう。岩波新書「ユダヤ人とユダヤ教」(市川裕著)には「ユダヤ教のなかに生を享け、その精神を体現し、次代にそれを伝えると、人々は共同体のなかで死んでいく」とある。つまりユダヤ教のコミュニティの中で人は生き、死んでいくべきだという、ある意味で本来の姿を体現しようとしたわけだ。


▼修正主義シオニスト
領土拡大という戦闘的な福音をといた。今のガザやレバノンの一部まで含む「大イスラエル」を目指す。
建国から万年野党ではあったが、1977年に政権をとると、ベギン、シャミル、そしてネタニヤフなどがこのカテゴリーになる。

他にも宗教シオニスト、文化シオニストがあるとされる。詳しくは本書を読んでほしい。恐らく実際はここまではっきりと分類できるものではないのでろうが、知っておくとイスラエルの歴史が少し見えてくる気がする。

本書のシオニストに対する言及を読むと先述した岩波新書「ユダヤ人とユダヤ教」(市川裕著)にある一節を思い出せずにはいられない。

ユダヤ教はメシア論、スクラップ&ビルドで壊れた世界をメシアが救済してくれるという思想を持つ。そこで現れるのが2つのメシア論だ。

①普遍主義的メシア
→ユダヤ人は長らく国を持てなかった流浪の民だ。一方で彼らは古くはアラブ世界で、現在はアメリカを始めとする各地で市民権を持ち生活している。つまりユダヤ教という教えがあればそれでいいという教義と信仰をもとにした横の繋がりである。
「国家を持たない世界市民として人類の進歩と繁栄につくす」。宗教的なつながりを重視するわけだ。

②個別主義的メシア論
→要はユダヤ人も国を持たなきゃだめだよね論。19世紀末から台頭してきた。これがシオニズムである。
テオドール・ヘルツルがシオニズムを唱えた当初、世間からは鼻で笑われたそうだ。新たな国を作るなんてたしかに荒唐無稽な話である。
しかし、イスラエルはできた。

面白いのは現代の感覚でいえば、①の普遍主義的メシアがリベラルで、②の個別主義的メシア論が保守。が、出来た国の形は労働シオニストが作る左派政権だった。普遍主義的メシア論はリベラルというよりリバタリアンに近いのかもしれない。
※左派右派は国の形によって定義されるのであまり意味のあるものではないが。

さらに話はそれる。
経緯等は各専門書に任せるが、私が気になったのはなぜユダヤ人は国を作らなければいけなかったのか。という点だ。
いや、そりゃそうだろと思う人も少し待ってもらいたい。確かにそりゃそうなんだ。

当然ナチス・ドイツのホロコーストなど大戦中のユダヤ人の過酷な状況はあった。しかし、2000年以上も国がない民族が各地に溶け込み、市民権をえている中でそれでも国がほしい。自分たちの民族でまとまりたいと思う。
これは人の根源的な思いなのではないだろうか。理性で考えれば「どんな人とも別け隔てなく付き合ったほうがいいし、どの地域にも違和感なく住めるほうがいい」に決まっている。
しかし、それを人はできない。

以前、ファッションのライターをやっている方に聞いたことがある。「人の根源的な欲求は「人と同じでいたい。だけど、人と違っていたい」」これこそがファッションへの欲求の全てであるという。ギャル文化を見るとわかりやすいだろう。友達とは同じ、周りとは違う。

この後、noteでも書くが思想家の東浩紀は現代を「上半身を国、下半身を経済」に例えている。つまり理性ではそれぞれ国ごとに別々な考えをしているが、経済では複雑に絡み合っている。そしてその快楽を知ってしまっているから逃げることができない。

ただ、東氏の指摘は私の今の文脈では実は少し違っていて、むしろ下半身的な快楽で人は国を作ってしまうのではないか。国やもっと小さい単位でいえば家族を作ってしまう。それが人間の性であり、悪い言い方をすれば欠陥なんだ。本能的に国や家族を作ってしまうというのは様々なところで目にする現代に残された一つの課題ではないだろうか。(国や家族を作ることが悪いことだとは思っていない)


なぜイスラエル問題は語りづらいか。



第二部こそ本書の本編とも言える。
イスラエルはアパルトヘイト国家なのか。アラブ地域に住むイスラエル人の話、BDS(ボイコット/boycott、投資撤収/Divestment、制裁/Canction)。
細かくあげればきりがないがなぜイスラエル問題はここまで複雑に絡み合って話しにくいのかを明快に解説してくれている。

二部は本編といえる章なので、できれば本書を読んでいたいだきたいが一章だけ紹介しよう。


22章 中心地の赤い雌牛 イスラエルとハルマゲドン


トランプ大統領はキュロス大王である。

興味をそそる一文だ。

まずキュロス大王とはなにか。

紀元前576年〜紀元前529年に生きたアケメネス朝ペルシア帝国初の王である。古代エジプトをのぞく古代オリエントを統一し空前の大帝国を建設した。キングダム的にいえば始皇帝みたいな感じか。
本書によるとイスラエルはトランプをキュロス大王に重ねてみているようだ。

順にまとめよう。
トランプ大統領の一つの支持母体に「イスラエルのためのキリスト教徒連合」がある。これはアメリカシオニスト機構よりも人数が多い。ユダヤ教ではなくキリスト教なのだ。
19世紀イギリスのジョン・ネルソン・ダービーがといた教えから生まれたのが天啓史観である。

天啓史観
歴史はいくつかの時代に分かれている。
いまの時代が終わると真のキリスト者は天に移される。次に反キリスト教が台頭し「艱難の時代」、さらにハルマゲドンの大決戦がある。このとき、キリストは地上に再臨し…
という流れなのだが、この物語を始めるためにはユダヤ人が神が彼らに約束した土地、イスラエルに戻らねばならないのだ。

「古代ペルシャのキュロス大王が六世紀にバビロンを征服し捕虜となっていたユダヤ人を解放したおかげで、ユダヤ人はエルサレムに帰還して神殿を建設できた。」

「トランプはキュロス大王と同様に信仰が薄く、性格に欠点がある指導者だったが、それでも神の道具として奉仕するべく選ばれた。」

ユダヤ教からキリスト教とイスラム教は派生している。日本人から見るとユダヤ教とイスラム教の争いでしょ?と単純化してみてしまうが実は様々な事情や思惑や信仰が複雑に絡み合っているのだ。


以上。簡単に本書をまとめてみた。
イスラエル問題の知識が真っ白な方にはややハードルが高い。わからない言葉も出てくるしある程度の予備知識も必要になる。

しかし、今まさに読んでおくべき一冊のは間違いない。

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