見出し画像

殺人の凶器は紙のファックス!? 小説「ファックスの終りとオフデューティ・マーダーケース」(1)

【あらすじ】
 21世紀の幕開けと共に突如現れた地球外生命。彼らは地球の文明を向上させるため、人類に一つの禁止事項を課した——それは紙のファックスを使うこと。
 直後、ファックスを使うと地球外生命によって命を奪われるようになり、ファックスは殺人の道具と化した。
 それから約四半世紀。
 ある日、休暇を利用して東京都の離島を訪れていた刑事の稲塚は、島で起きた殺人事件に遭遇する。それはファックスを凶器として用いた事件だった。稲塚も駐在の依頼で捜査に加わるが、遠隔で殺人が可能というファックスの特性ゆえに手がかりは少なく、さらに警察組織の縦割りの弊害に阻まれてしまう。
 そんな中、稲塚はある可能性に注目する……。




ファックスの終りと
オフデューティ・マーダーケース


 あの日、人類は思い知らされた。
 この宇宙の広大さを。
〈あの者たち〉にずっと見張られていたという、真実を。

 二十一世紀の幕が開けたその年。
 世界十二の都市の上空に、何の前触れもなく出現した巨大な影。その薄灰色の潰れたボールのような物体は、一目で地球外の存在だと理解できるものだった。いわゆる地球外生命とのファーストコンタクトが起きているのだと、誰の目にも明らかだった。
 冷静に考えてみれば、突然の宇宙船団の飛来というシチュエーションは、古くからサイエンス・フィクションが積み重ねてきた「ファーストコンタクト」のステレオタイプにいささか迎合しているきらいもあった。しかし今になって考えてみれば、それも〈あの者たち〉が地球人類を研究し尽くしていたことの傍証だったのだろう。
 いずれにせよ、〈あの者たち〉は遠い宇宙から地球へと飛来すると、すぐに各地の言語と通信手段を完璧に操って(テレビ放送の電波がジャックされたり、個人の携帯電話にテキストメッセージが届いたりした)ある一人の人物を宇宙船内に招待すると告げた。地球人類の代表者として。
 およそ四半世紀が経過した現在では、当時の記録にも公になっているものが多い。特に、代表として選ばれた人物がのちに出版した回顧録では、船内の様子が克明に記述されている。曰く、宇宙人はタコ型やリトルグレイ型ではなく、悪魔のような見た目でもなかったらしい。
 コミュニケーションに関しても、どうやら一種の翻訳装置が船内に用意されていたらしく、地球人類の代表者は普通に声を出しての会話をしたのだという。
 そこで〈あの者たち〉は、招いた代表者に対し、地球来訪の目的と地球人類に対する一つの禁止事項を提示した。
 逆にいうと、〈あの者たち〉はそれ以外には何の要求もせず、何の指図もしなかった。現在に至るまで、〈あの者たち〉の十二隻の宇宙船は空に浮かんだまま、地上に攻撃を加えてくるようなこともない。互いの生命としての成り立ちの違いから、致命的なディスコミュニケーションが生じることもなく、それはやはり〈あの者たち〉が地球人類を研究し尽くしていることの証拠といっていいだろう。
〈あの者たち〉の地球来訪の目的とは、地球の文明水準を向上させることだった。
 そのために〈あの者たち〉が地球人類に提示した、たった一つの禁止事項——それは、紙のファックスを使うこと。
 代表者の回顧録によれば、会談の場には一台の古いファックスが置かれていたのだという。感熱紙とインクリボンと電話回線を用いる、かつてはどこのオフィスにもあった通信機器が。それを前にして、あの者たちははっきりと、「ファックスなんてものが地球人類の労働生産性を下げ、市民生活の技術水準を下げ、ひいては地球全体の文明水準を引き下げているのだ」と通訳装置越しに言ったらしい。
 ファックスの実物を事前に手に入れているとは、ずいぶんと用意周到な地球外文明だと言わざるを得ない。代表者もそのように感じたと回顧録に書いている。

 最後に〈あの者たち〉は、禁止に背いた者への罰についても告げた。
 ファックスを使用した罪は、その者の命で贖われる、と。
 その瞬間から、地球上のあらゆる場所で、ファックスを使った人間は即座に命を落とすようになった。人々が思うよりも多くのファックスが、多くの場所で使われていたのだ。
 突然人々の心臓が止まり、バタバタと命が奪われていく。確かに直後は大混乱に見舞われた。しかしこの混乱期があったからこそ、あの者たちが下す罰について、理解が進んだこともまた事実だった。

法則をまとめると以下のようになる。

  • 物理的な紙の原稿を画像として読み取り、電気的な信号に変換したうえで送信し、離れた場所で受信して紙に印刷するシステムがファックスとして認識される。

  • 死亡するのはファックスが原稿を受信したとき、そのファックスの最も近くにいた一人だけ。

  • 死因は急性心不全。

  • 人間以外は影響を受けない。

  • 原稿を受信したファックスを中心とした半径50メートル内に誰もいなければ、命を落とす人間はいない。

 やがて〈あの者たち〉が課した禁止事項が周知徹底されると、混乱も収束していった。なにせ〈あの者たち〉は、ファックスを使用した者の命を奪うこと以外、何もしないのだ。
 空に浮かぶ船の中で息を潜めるあの者たちが、どのようにしてファックスの使用を検知しているのかについては、いまだ仮説の一つすら立てられていない。一方、ファックスを使用した者の命を奪う方法については、極めて指向性の強いエネルギーが照射されていることがわかっている。照射は必ずしも直進するとは限らず、それによってたった十二隻の宇宙船でも、地球全域がカバーできているようだ。
 いずれにせよ、何光年分かの宇宙を旅してきている時点で、〈あの者たち〉の科学技術が地球のそれをはるかに上回っていることは間違いなかった。
 すぐに世界中でファックスが禁止され、回収され、破壊された。多くの国では法に基づきファックス破壊のための政府機関を設立したり、ファックスに対しての懸賞金をかけたりした。
 もちろん初期には、空に留まる〈あの者たち〉に対して、武力的な抵抗を試みる集団も存在した。しかしその試みはまったくの無駄に終わったといっていい。むしろ人々の敵意は、かつてファックスを製造していた企業や、ファックスを販売していた量販店に向けられた。暴徒化した市民が、しばしば店舗や企業のオフィスを襲撃した。中にはファックスとコピー機の区別がつかず、ファックス機能を持たない複合機を壊して回る者もいた。
 そんなある日、人類史上初となるファックスを用いた殺人事件が発生する。

 破壊を免れたファックスを一台、殺害したい相手の近くに隠しておき、タイミングを見計らって原稿を送信すれば、あとは〈あの者たち〉の下す罰が相手の命を奪ってくれる。同様の事件は世界各地で発生し、各地の当局は対応に追われることになった。同時にファックスは、自死に用いられるようにもなった。苦しまずに死ねるから、と。
 やがて簡易的なファックスが個人の手で制作されるようになった。
 誰かの命を奪うための道具として。
 ここまで世界が変容するのに、〈あの者たち〉の地球来訪からわずか数年。要するに、ファックスは殺傷力のある凶器と同じような存在になったのだった。

 そのあいだにも、地球人類の代表者と〈あの者たち〉との二度目の会談はなく、ただファックスが使用される度に、地球のどこかで誰かの命が奪われ続けた。

(続く)




この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?