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「珍獣です」と名刺を出す人

名古屋の大学で同姓の先生が作ったパーソナリティ診断にトライしてみたところ、海に関する職業42種の中で、
《海の珍獣ハンター》向きの性格であーる!
と判定されました:

『珍獣』という言葉、日常生活では接点がありません。でも、この診断結果を見た時、長い会社生活の中で想い出すシーンがありました。

材料系の研究職だった私の仕事は、仮説に基づいて実験を行い、望ましい結果が出ると発明として特許出願すると共に、実用化に向けて課題解決を行い、さらなる知財取得を目指すことでした。
会社規模が小さい間は、社内で書類を作って特許庁に出願していましたが、次第にそれが追い付かなくなり、初期段階から特許事務所に外注するようになりました。

その頃のことです。
新しい特許事務所に特許明細書の作成を依頼することになり、担当者と初顔合わせの日でした。
私は40歳前後、相手の男性も同じ年頃だったと思います。眼鏡をかけ、風采の上がらない、は言い過ぎとしても、どことなく地味でとぼけた感じの人でした。
応接室で名刺交換する時、彼が何か言いました。

「は?」
聴き取れなかった ── 耳ではなく、脳が ── 人間は、あまりに予期し得ぬ言葉を聴くと、処理回路が『意味』として紡ぐことができないのでしょう。

「いや、珍獣です、と申し上げました」
「は?」
今度は聴きとれた……けれど。

彼の名刺には、所属事務所と彼の名前、そして、
 ── 弁理士
とある。

「いや、この弁理士というシゴト、世間的には『珍獣』の部類かと……」
少し照れたように説明を加えた。
「はあ……あ、なるほど」
所属していたのは研究開発型の企業だったので社内に弁理士資格を持つ社員もいたが、確かに一般企業にはなじみが少ないかもしれない。

(そうか……この『弁理士=珍獣』が、彼にとって最初の顧客対面での『つかみ』ネタなんだ!)

彼は淡々と仕事をこなしていくタイプで、その前に付き合っていた、なんだか偉そうにふるまう老弁理士に比べてはるかに仕事は進めやすかった。

発明を記述する『特許明細書』は出願書類の中で最も重要な部分だったが、最終チェックで修正箇所の確認を終えた後、彼に出願を依頼するにあたり、
「もし間違いを見過ごしたまま出願してしまったら、事務所の信用、落としますよね?」
と尋ねたことがあった。
「いや……本質的な間違いでなければ後から直せばいいんですけど……」彼はなんでもなさそうに言う。
「むしろ、発明者の名前を間違っていたりしたら……ほら、サイトウさんの『サイ』の字でも、『斎』とか『齋』とかありますよね? それは絶対にマズイです! 叱られます! 下手するとお客を失うこともあります!」
『珍獣』が、なぜかこの時ばかりは顔を強張らせた……過去に何かあったのかもしれない。

次の打ち合わせだったか、彼は同年齢ぐらいの女性を伴ってきた。彼と同じく、地味な印象だった。
「彼女、弁理士試験に受かったばかりなんで、仕事を覚えるためにしばらく一緒にやらせていただきます」
『珍獣』はどこかうれしそうだった。
(だれでも、部下ができるとはりきるものだ)
── その時はそう思った。

それから数か月して、その事務所との打ち合わせがあった。彼と一緒に現れた例の女性が、なぜかまた名刺を出した。
「……苗字が変わりまして……」
そして、同行した彼の方をチラと見た。
「そのう……結婚したんです」
彼がフォローした。

「珍獣どうしで、ですか!」
── もちろん、それは口にしなかった。

「おお! それは、おめでとうございます」
戸籍上の姓が変わっても仕事の名刺などは旧姓を使い続ける女性が増え始めた頃だったが、珍獣カップルは違っていた。

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うーむ、珍獣か……
小説を書く研究者も『珍獣』の部類に入るのかもしれない。

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