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【雑記】キャンディーとタクシー〜有るようで無いような祖父との思い出

ある日、同僚からもらった飴を舐めながら昔のことを思い出していた。

もらった飴はチェルシーのヨーグルトスカッチ味。この飴を舐めると、いつも父方の祖父を思い出す。

むかし祖父母の家に行くと、祖父は緑色の花柄があしらわれら小さな箱から一つ取り出してその飴をくれたのだ。

そんな祖父は私が3歳の時に亡くなった。だから思い出すとは言ったものの、実のところ祖父の具体像は何も覚えていない。

かろうじて顔だけは、写真が残っているので思い出せる。しかしどんな声だったとか、どんな話をしたかとか、どんな人だったかとか、そういうものは全く浮かばない。

祖母や父、伯父たちの話から思い出話として聴くことはあっても、自分の記憶とは結びつくことはなく、なんとなく他人事である。そうなってしまっては、直接関わりのない曽祖父やご先祖様と変わらない。もはや歴史上の人物のようである。抱っこされたことも、撫でてもらったこともあるはずだろうに。

結局のところ、はっきり覚えているのは、緑色の小さな箱とその中に入った飴の味だけである。なんと欲深い餓鬼なことだろうか。

そんな祖父についてもう一つ記憶に残っているものがある。

それが赤いタクシーである。

祖父母の家のガレージには赤いタクシーがあった。祖父は、生前、個人タクシーの運転手だったので、要するに祖父の仕事道具である。

小さな頃の記憶では赤かった気がするのだが、写真で見るとそこまで鮮やかではなく、実際にはえんじ色と言った方が良い。いつの頃か、タクシーは無くなって、ガレージには従兄の部屋が建て増しされていた。

ただ個人タクシーと書かれた黄色いランプは、亡くなった後も、祖父母の家のどこかに残っていたと思う。灯りを点けたり消したりして遊んだ、そんな記憶があるのだ。

そんなタクシーも写真があるので外側は記憶にはっきりと残っているが、タクシーの中がどうなっていたかは全く記憶がない。きっと乗せてもらったことだってあるだろうに。

仏壇には静岡駅前のロータリーで赤いタクシーと一緒に写っている写真がおいてあった。どんな写真だったか、正確には思い出せないが、タクシーの前で誇らしげに写っていたような気がする。

やはり祖父といえば赤いタクシーである。

祖父母の家は静岡市内の所謂下町にあって、少し西に行けば安倍川があって、ぼんやりと安倍川の河川敷で遊んだような記憶もある。もっとも母方の祖父母と安倍川に行っている写真もあるし、静岡に大きな河川敷は安倍川ぐらいしかないので、川遊びをしようとすると自ずから安倍川になる。だから、その記憶が父方の祖父母との記憶であるという確証はないのだが、恐らく遊びに行ったのだろう。

ただ近いとは言っても幼児が歩いて行ける距離ではないし、二つ上の兄もいたから歩いていったはずはない。きっと赤いタクシーに乗せてもらって遊びに行っていたのだと思う。

そういえば安倍川には青いロケットが立っていた。ロケットの正体はただの時計台だったが、子供の頃の自分は、あれが本当のロケットで、いつかきっと打ち上がるものだと思っていた。

大学生になって故郷を立ち、ある時に帰ったら無くなっていることに気がついた。まさか打ち上がったわけではないだろうが…。

祖父はあの青いロケットを見て何を言っていたのだろうか。あの赤いタクシーの中でどんな話をしてくれたのだろうか。緑色の小さな箱からチェルシーを渡す時どんな顔をしていたのだろうか。

全く思い出せない。

もしかしたら、そもそもこの記憶も後から祖母の話で作られたものなのかもしれないな、そう思いながら飴玉を舐め続ける。

祖父が亡くなってから四半世紀以上が経つ。

高校生くらいの時までは元気だった祖母は認知症になり、孫の顔がわからなくなってしまった。話を聞こうにも、もう聞くことは叶わないだろう。そして、祖父母の家はもう残ってない。去年の間に売りに出したらしい。

きっとこうやって幼少期の記憶の中にあるものはどんどん消えていくのだと思う。そして、思い出す機会もどんどん減っていくと思う。

なんとなく『論語』の川上之嘆が分かる気がする。「く者はくの如きか」である。確か宋代前後で解釈が変わったはずだが、古い方で理解して欲しい。鴨長明『方丈記』の冒頭の方が分かりやすいだろうか。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」である。

ただ、チェルシーを舐めれば、きっと祖父のことを思い出し続けるだろう。流れる時の中で記憶を堰き止める小さな溜まり場である。ダムほど大きくはない。

最後にこの文章を書きながら、一つ気づいたことがある。どうやら思い出を自分は色で覚えているようだ。バタースコッチ味を舐めながら、こっちだったかもしれないとも思ったが、緑色の小さな箱であることは間違いないと思ったのだ。

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