僕のこと

あけましておめでとうございます。
今年はもっともっと邁進して参ります。

年明け早々、ドイツにも日本の悲しいニュースが届いています。
ドイツの北の地方でも連日の大雨で多くの地域が浸水しています。
亡くなられた方々へご冥福をお祈り致しますとともに、少しでも被害が拡大しないことをこころより願っています。

この悲報を受け3.11という未曾有の大災害を震源地の一つである岩手で経験したことが脳裏に蘇りました。
当時高校生で春休みだったため部活終わりに彼女とカラオケに行っていました。
なんてことない青春のひとときに起きた数分間の出来事が多くの人の多くのものを変えました。

僕は幸運にも内陸に生まれ、津波の被害はなかったものの、あの数分間は確かに「死」を覚悟しました。
叫ぶことも逃げることもできず、ただただ今起きていたことを眺めることしかできない無力さに
自分は「生かされていた」ということを心深く刻まれました。

停電明けのテレビで見る光景は、想像を絶するものでした。
山を超えた先、同じ県に住む人々の生活が飲み込まれていく映像をみながら、せめて涙だけは流すまいとグッと堪えたのを鮮明に覚えています。

ボランティア活動で訪れた被災地では、たくさんの笑顔に触れました。
彼らはすでに前を向いて力強く歩みを進めていました。
幸も不も勝手に運ばれてきて箱を開けるまで受取人はどちらかわからないのに
僕はきっとどこかで沿岸部に住んでなくてよかったとか、かわいそうにとか不幸を押し付けていたのかもしれません。
帰り道にオアシスのスタンドバイミーを聞いて、そこでも僕は何もできずに変わり果てた景色を眺めるだけでした。

そこから考えが変わりました。
できることから始めよう。
・愛を伝えること
・感謝を伝えること
・嫌なことがあったら迷わず叫んで大いに泣くこと
もっと人間らしく生きたら今が一番と思えるかもしれないと感じました。

友人は「明日で人生が終わったら何をするか」という擦られすぎた質問に
真摯に、即答で、恥ずかしいと思うことを片っ端からやると言いきりました。

それでもまだ心のどこかでは必ず明日が来ると思ってしまいます。だから明日でいいやは捨てられない。。
それも人生だって思います。
記事が終わりに近づいてきて結の文を考えてるけど、何を伝えたいかわからなくなってきました。
そんな身近な未来もわからないんだと自分を鼻で笑って今日も眠ります。

最後まで読んでくれてありがとうございました
明日もきっと不幸にはなれません。


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