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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #15

第二章 航過:3

わたしたち武装行儀見習いの下っ端はといえば、オタク心がスーパーノバ化したせいで正気を失ったディアナひとりを除けば、みんな黄色い歓声を上げつつ明るく盛り上がるだけで何の憂いも無かった。
だがしかし、インディアナポリス号という艦名を聞いた後の、お姉様方とわたしたち武装行儀見習いとのあいだの温度差は、赤道直下と南極極点ほどに大きな開きがあった。
 「戦後に東側、元老院暫定統治機構とは何度も小競り合いが有ったってこと、あんたたちも知っているでしょう。
先の戦争、一応はこっちの勝ちってことになっているけど、初戦じゃ一般市民が随分殺されているわ。
向こうには向こうのへ理屈があって、あたしたち西側に対して積年の恨みつらみをこめての開戦だったというから、戦い方にそれこそ情け容赦がなかったの」
クララさんがインディアナポリス号を見つめたまま、さっきのわたしの問いかけに対する答えのつもりなのか、唐突にその胸の内を語り始めたのだった。
昔の戦争でジェノサイド?
なんのことだか良く分からない前振りだった。「西側じゃ最初のうち統一された指揮系統もなかったしね。
それまであった緩やかな都市間の連絡会議が、曲がりなりにも都市連合って言う連邦政府機能を立ち上げるまでに随分時間がかかったのも災いしたわ」
クララさんの声音に感情が感じられなかった。それにしても、先の戦争の歴史的事実のおさらいが、だんだん近づいてくる美しい船とどんな関係があるのかが、やっぱりさっぱりだった。「あんたたちも社会科の授業で習ったでしょ?教科書にも書いてあるし。
結果として東側、元老院暫定統治機構の進攻が始まってしばらくの間、片っ端から皆殺しみたいなことになったあたしたち西側の町や村は、それこそ十や二十じゃきかなかった」
クララさんのご家族も被害にあったのだろうか。
表情がすごく硬かった。
いつもなら、ユーモアをたたえているタレ目が吊り上がって、美貌が冷たかった。
「だからと言って戦後、私掠船と称して東側の沿岸部や民間船に対して、それこそ吐き気を催す程凄惨な海賊行為を働いた西側の連中が、何をどう言い繕おうたって所詮はお宝目当ての畜生働きをやってたことは事実よ。
虫唾が走る悪党どもが、大掛かりな強盗殺人を事業化してたってことは確かなんだけどさ。
そうした自称私掠船の悪党の中には、訳の分からないまま殺された家族や仲間への弔い合戦というか。
復讐と言うか。
戦争で晴らせなかった個人的恨みをはらすと言うか。
とにかくやり場のない暗い情念に突き動かされていた兵隊崩れも沢山混じっていたということなんだな」
右舷直第二班のみんなや、クララさんの声が届く範囲にいた人達はいつしか、静かに彼女の話に耳を傾けていた。
「古代の地球で私掠船といえば、政府や王様から免許を受けた個人が、敵方の船を標的として海賊行為を働くのに使った船を指したらしいからね。
もちろん海賊船が自らを私掠船と言い張ったのは、犯罪行為を糊塗する厚顔な開き直りに過ぎないけれどさ。
恨みに凝り固まった悪党の心中には、不正規戦を戦っているのだと言う意識も何処かに有ったのかもしれない」
先の戦争の話から戦後の海賊船の話になった。そんな史実とインディアナポリス号にどういう関係があるのだろう。
やっぱり良く分からない。
クララさんの周辺に固まり黙って話を聞いていた右舷直第二班の仲間は、当然ながら困惑した顔を見合わせた。
リンさんは何か思う所があるようだったが、パトリシアさんがわたしの表情に見たものは、わたしがパトリシアさんの表情に見たものとそっくり同じだっただろう。
どこから持ち出してきたのか、ラスカットを手にいつの間にやら白兵戦の準備を整えてしゃがみこんでいたアキコさんですら、自らのシナリオを先に進められなくなった様だった。
当惑した彼女の顔は昔のアキちゃんらしい感じに戻っていた。
ちなみにアキコさんが手にしているラスカットとは白兵戦用の刀のことだ。
『ハア、左様ですか』と、その場で背を向けてトットと逃げ出したくなるようなクララさんのズシンと重い話は、まだまだ続いた。
この場のみんなが背負った訳の分からない重苦しさの中、ディアナだけは心ここにあらずで、インディアナポリス号に目が釘付け。
クララさんの話なぞまったく聞いちゃいないようだった。
航走するリアルフリゲート艦を一心不乱に見つめるうちオタクステージが上がったのか、顔色が白から薄桃色に変化して、まるで発情した文学少女みたいにうっとりと蕩けていた。
 「そうした傍若無人な海賊にすらまともに対抗できない敗戦後の絶望的状況下でね。
元老院暫定統治機構がなけなしの予算を、市民に餓死者も出ようかという勢いでつぎ込んで作ったフリゲートの一番艦がインディアナポリス号なの。
戦後、元老院暫定統治機構の海軍は完全に解体されて、生き残っていた僅かな艦船はこっちの海軍に一度接収されてから、ほとんどが払い下げか解体処分になっちゃったからね。
海賊船掃討のための死活的警察行動に不可欠と言う主張に、表向きは都市連合もしぶしぶながら建造を認めざるを得なかったのよ」
裏で図った姦計はともかくとして、勝者の余裕ぶっこいて余計なことを許可したものよとクララさんは肩をすくめた。
「こっちの行政府では政治的にも心情的にも海賊船を取り締まる動きは鈍かったからね。
海軍委員会の一部からは、元老院暫定統治機構のフリゲート艦なんぞは外洋に出てきたら問答無用で沈めてしまえば良い、という乱暴な意見が出てね。
結局のところ『それじゃ締めはそんな感じで』と建造を許可することになったらしいのよ」
クララさんはやれやれと肩をすくめてみせた。「そもそもフリゲート艦の建造許可は『海軍さんがはなっから撃沈しちゃうつもりでいるなら、この機に乗じてジャンジャン予算を使わせて東の財政を逼迫させちゃいましょ』みたいな姦計?
・・・姑息な官僚的はかりごとが背景にあったってのは、海兵の下っ端の間でも常識なんだけどね」
クララさんは何を思ってか形の良い唇を歪めて小さく笑った。
「でもあそこで優雅に帆走しているところを見ると、結局は沈めること、できなかったんですよね」


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