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「わからない」ことから、|サンプルワークショップ2020『出す。』開催レポート #1

生きていると「わからない」ことで諦めたり、もどかしさを覚えたり、軋轢を生んだり、負の感情を引き起こすことは少なくありません。しかし実はその「わからない」は創作につながる重要な種なのではないでしょうか。

2020年9月19日、「わからない」という糸口から「私」を手繰り寄せ、表現に昇華することを試みるワークショップ、『「わからない」から始める今の私のポートレート』が開催されました。

松井周の標本室メンバーがレポートを作成してくれましたので、共有します!

<書き手:関彩葉 編集:松井周の標本室運営>

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<ワークショップタイトル>
「わからない」から始める今の私のポートレート

<講師プロフィール>
松井周(まついしゅう) 劇作家・演出家・俳優/サンプル主宰

1972年生東京都出身。1996年劇団「青年団」に俳優として入団後、作家・演出家としても活動を開始する。2007年『カロリーの消費』より劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立。バラバラの自分だけの地図を持って彷徨する人間たちを描きながら、現実と虚構、モノとヒト、男性と女性、俳優と観客、などあらゆる関係の境界線を疑い、踏み越え、混ぜ合わせることを試みている。近作に『変半身(かわりみ)』(共同原案:村田沙耶香)、『ビビを見た!』(原作:大海赫)など。
2011年『自慢の息子』で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。2016年『離陸』で2016 Kuandu Arts Festival(台湾)に、2018年『自慢の息子』でフェスティバル・ドートンヌ・パリ(仏)に参加した。

今さえわからない

私は、現在大学3年生で演劇の大学に通っています。長く続いた「学生」という名称はもう少しで手放さねばなりません。就職をしたり、夢を追ったり、目の前には様々な選択肢が広がっており、私は完全に私として自立をしなければなりません。

しかし、私は将来の明確なビジョンを描くことができませんでした。また“コロナ禍”という混乱に至ってから、普段生きている世界の脆さにも打ちのめされ、自分の将来も今のことでさえわからないという思いでいっぱいになりました。そのわからなさから逃げ、思考を停止させていました。

今自分が抱えるこの「わからない」という行き止まりを打破し得るきっかになるのかもしれない。そう考え私はこのワークショップへの参加を決めました。

アウトプットの重要性

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松井:今、私たちにはたくさんの問題が課せられています。コロナウイルスにまつわる問題や、政治経済のこと、マイノリティーのことなど、あまりにもたくさんの矢印が煮詰まって自分に襲い掛かってくる。多すぎるインプットに迫られて、そこにがんじがらめになる感覚があります。
だからこそ、OUTPUT=「つくること」が大切なのではないでしょうか。
ワークショップとは「人の頭を借りる/シェア」する場所。「集まる」ことで他者の価値観にふれることが刺激になると考えています。

私自身コロナ禍における想定外の自問自答の日々で、社会のことも、将来のことも、今の自分が何を考えているのかもわからず、あらゆる感情や言葉を「わからない」の中に詰め込んで日々を悶々と過ごしていました。
そういった「わからない」で出口をふさいでいたのは自分自身だったのではないだろうか。きちんと今自分が考えていることをコミュニケーションや表現を用いて外に出すこと、他者に共有することをしばらく怠っていたと感じました。

続いて、そうしたアウトプットの仕方として演劇的表現を用いているとお話しされました。

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松井:演劇の要素として、➀ホントとウソの2重性がある②五感を揺さぶるものであるという点が挙げられます。
つまり演劇は空間・時間・身体を作り手と観客が実際に共有をしている。しかしながら作り手はそこに虚構を立ち上げ観客の想像力を働かせることができるのです。
また舞台美術や、俳優の身体の在り方といった舞台というものの中に存在する言語以外の数多の情報量は、五感を働かせて感じ取ることが出来ます。これらは演劇的表現の魅力ではないでしょうか。

改めて、新鮮に“演劇”というものは不思議な表現方法だと感じました。たしかに、観客の五感は“劇場”という空間においては特に敏感に働いているのではないでしょうか。

五感に眠る記憶

そして「五感」というキーワードをもとに、さらなる問いかけが。

みなさんは何を快と感じ、何を不快と感じますか。
快/不快のボーダーを教えてください

『吸いたい時のたばこの臭いは快であるが、食事中のたばこの臭いは不快である』
『ホワイトマッシュルームを包丁で切る時の音が快だ』
『レバーの血抜きをすることが不快だ』

参加者から様々な快・不快がシェアされます。

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同じ事象でも時と場合によって快と不快が逆転したり、自分にとっての快と不快が、誰にも通じないものであったり。
自分の発想力、価値観の圧倒的に外からくる情報に驚くと同時に、各々が持つ五感の共通点と差異を考えるだけでも創作の種になると気づきました。

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(ディスカッションを交えながら快・不快の理解を深めます)

松井:生きてきた中で蓄積される五感の記憶のようなものが人間にはあります。それを創作の資源として掘り起こしてみましょう。

自分の五感や、まつわる記憶の芯をしっかり持っていないと、あらゆる情報のインプットにやられてしまう恐れがあります。インプットした情報が自分の五感の記憶にどのくらい関係のあることなのか、近いことか遠いことか、と情報との距離を測ることで情報の取捨選択ができるようになります。

「わからないこと」から発掘される自分

最後に、参加者が全員が部屋に散らばり自分の好きな場所で、「わからないこと」を2分ずつシェアしました。

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例えば、
・人がなぜ嘘をつくのかわからない
・虫に触れる人が理解できない
・人との距離感がわからない
・電車で座る時に後ろを見ずに座れるということがなぜだかわからない
・なぜ薬物を使う人がいるのかわからない
…等々。

参加者の方たちから湧き出るたくさんのわからないことがあり、それに対し共感をしたり、わからないと思うことに対してわからないという感情を覚えたり、感受性の斬新さに驚いたり。名前とその人のもつ「わからないこと」だけで、その人の輪郭がきちんと浮き出ている。まさしく「わからない」がその人の今を切り取るポートレートになっていました。

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また、「わからない」こと自体も興味深いのですが、発表する際に、観葉植物を人に見立てたり、ホワイトボードを使用し絵を描いたり、部屋を歩き回りながら発表をする人も。演劇的な瞬間を確かに感じ取ることができ、自分の想像力が刺激される感覚がありました。

私自身がワークを行って感じたことは、自分の「わからない」を相対化する難しさです。どうしても自分の「わからない」ことに寄り添うことができず、肯定/否定/どちらでもないのパワーバランスを均一に保つことができませんでした。時間があればこのワークは3人1組になってそれぞれの役割から考えるということでしたので、自分の価値観の外にある意見を聞いて自分の「わからない」ことから生まれるものをもっと豊かなものにしたいと感じました。

加えて、参加者の方が発表に真摯に耳を傾けて下さっていることも大変ありがたかったです。今まで私は自分のわからなさをどんどん孤立させていたのではないだろうかと思いました。

松井さんの最初のお話にあったように、自分が感じたことをアウトプットさせる必要があるということをここで改めて実感しました。

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(あっという間の3時間半!)

わからないは何の種に?

ワーク後に「このワークを長期的に行い、”わからない"を種として作品化していくためにはどうしたらよいですか?」という質問が挙がりました。

松井:まず、長期的にこのワークをやるとなると、複数人で肯定/否定/どちらでもないの三角関係を演じるというワークが考えられます。次に、具体的に作品化するには、三角関係のそれぞれが意見に拮抗できるような関係性を作り、キャラクターの条件付けをしていく。この時「わからないこと」に対して、答えを出す必要はないと思います。私は「わからない」というままの方が面白いと考えています。

私にとって「わからない」ことは、思考停止を生むものでした。しかし「わからない」の中には、自分の五感の記憶が蓄積されている。そこを丁寧に発掘することが、これからの私に必要なのだと感じました。

「わからない」は、新たな創作の入り口になり得るということ。そして他者に自分の価値観や感覚を共有することが出来得るツールでもあります。
今自分が感じている数多の「わからない」ことが希望になり得るかもしれません。そんな気付きを持ち帰ったワークショップでした。

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「松井周の標本室」とは
松井周が主催する、スタディ・グループです。
芸術やカルチャーに興味のある、10代~80代で構成されており、
第1期(2020年度)の活動期間は2020年4月~2021年3月の1年間です。

標本室メンバー自身も「標本」であり、また、
標本室の活動を通しあらたな「標本」を発見していきます。
「標本」を意識することで世の中を少し違って目線で見たり、
好きなことを興味関心の赴くままに自由に話しあえる場を作りたい。

そんな思いのもと、テーマに応じたトークイベントやワークショップを開催し、ゆくゆくは演劇作品のクリエイションを行っていく予定です。

お問合せ先:hyohonshitsu@gmail.com




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