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特別掲載|「敵と味方」の差別を越えて <ドミニク・チェン>

2016年12月に刊行されたSHUKYU Magazine 3号目「IDENTITY ISSUE」で、ドミニク・チェンさんに寄稿していただいたテキストの特別掲載です。人種差別についてみなさんが考えるきっかけになると嬉しいです。

Text by Dominick Chen
Illustration by Summer House

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サッカーほど世界中の多種多様な才能を同じフィールドに集めるスポーツは他にないのではないだろうか。そんなサッカーにおいて、サポーターや選手同士による人種差別的行動がいまだに後を絶たないのはなぜだろうか。

当時バルセロナに所属していたダニエウ・アウベスに対してバナナが投げつけられた事件(2014年)、フランスの独立系新聞メディアパールが暴露したフランスサッカー協会幹部たちによる黒人とアラブ人を排斥しようとする議論(2011年)などがヨーロッパでは記憶に新しいが、Jリーグでも高校生がガンバ大阪のパトリックに対して差別的なツイートを投稿した問題や(2015年)、浦和レッズのサポーターが「JAPANESE ONLY」という横断幕を掲げてチームが無観客試合処分を受ける(2014年)といった問題が起きている。

あらためて「人種」とは何か、そしてスポーツにおける「闘い」の本質とは何か、ということを考えてみたい。

コメディから見る人種問題

トレヴァー・ノアという南アフリカ出身のコメディアンが、アメリカだけでなく世界中で注目されている。アメリカのリベラルなチャンネルとして知られるコメディーセントラル局の名物番組「The Daily Show」の司会に、長年ホストを務めてきたジョン・スチュアートによって大抜擢されたノアは、サッカーの大ファンを公言している(たとえば、アメリカンフットボールの超詳細なデータに裏打ちされた実況のモノマネの後にヨーロッパのサッカー実況のアバウトさを真似するネタなんかは最高に笑ってしまう)。彼のスタンドアップ・コメディー(一人でステージに立つ欧米ではポピュラーな話芸の形式)の芸風として「人種」というテーマがある。

ノア自身は、父親がスイス人(白人)、母親が南アフリカ人(黒人)であり、白人と黒人が交わらないように規定した人種差別法案であるアパルトヘイト下のヨハネスブルグで生まれた。法的に存在してはいけない混血として生まれたノアは、人種問題をトラウマではなく、コメディの材料として昇華する。

そんな彼のネタでも非常に秀逸なものとして、若い頃自分が何人なのかというアイデンティティの問題に悩んでいた時期に、アメリカに行けば黒人として扱ってもらえると聞き、アメリカのギャング映画をかじるように見て黒人文化を身につけ、いざニューヨークに到着したらメキシコ人に声をかけられたというものがある。その中で、アメリカでは黒人と他の人種のハーフは、社会的に無名の時代にはmixed(混血)と呼ばれるのに、成功した途端black(黒人)であると公言するツッコミがある。たとえば、ビヨンセ、タイガー・ウッズ、バラク・オバマなどがそうだと。

もちろん、以上の話はとてもコミカルな話芸に乗せているので、こうして文章化すると素っ気なくなってしまうが、実際の彼のギグを見ると抱腹してしまうほど面白いので、未見の人はぜひ見てほしい。とにかく、彼の人種をまたいだギャグの数々はリベラルな層にものすごく受ける。人種の混交というリベラル層の好む社会イメージを自ら体現しているからだろう。

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であるがゆえに、ノアは「The Daily Show」の番組の中で、ドナルド・トランプの言動のことごとくを笑いのネタに変え、時にはシリアスな口調でトランプの言説がいかに危険であるかを視聴者に説く。その中でトランプの支持者へのインタビューも織り交ぜていくのだが、周知の通り彼らのほとんどが人種差別主義的な言動をなんら恥じることなく展開する。

そうした光景から私が感じるのは、21世紀に入って10数年経った今でも、世界の大部分がいまだに人種を差別するという旧時代的な意識に支配されているという絶望であり、悲嘆である。事実、ノアはトランプの差別的な言動を笑いに変えるべく日々ウィットに富んだギャグを用意するのだが、時として絶句せざるを得ない場面がある。それは別の言い方をすれば、ツッコミようがないほどありえないことをトランプが主張し、それを支持する人間が少なからず存在するという現実がアメリカという社会が直面している事態だ。それは、これまで建前として人種の平等を謳ってきたアメリカの理想主義がハリボテであり、その虚像が粉々に砕けた先に質実剛健な平等主義を構築しなければいけないところまで事態が及んでいることを示唆している。

無知が生み出す障害

では、一体その原因はなんだろうかと考えると、単純に「無知」であるとしかいいようがない。

私は台湾とベトナムの血を持ちながらフランスに帰化した父親と日本人の母親のもと、東京でフランス人として生まれ、人種の坩堝の中で育ってきた。幼稚園から大学まで、アフリカ人、アラブ人、白人、南米人、ヨーロッパ系白人、アジア人に囲まれて育った身としては、人種を差別するという発想自体が体感的に理解できない。だから、ノアがあらゆる人種を相対化した上でその差異を笑いに昇華する感覚は共感できる。そして、差別主義的な言動をふりまく人々に共通するのは、その矛先となる人種の人間と共同生活をしたことがないということだ。別に同じ屋根の下で寝食を共にするとまでいかなくても、同じ街に住み、頻繁にコミュニケーションを取るという程度でもいい。そうすれば、文化の壁というのは当然存在するが、それぞれを優劣で区切ることが不可能であることに気がつくだろう。

無知は同時に恐怖とその裏返しである侮蔑を生む。人種的、文化的なステレオタイプのフィルターで個人の本質を不当に判断する結果、アメリカでは警官による黒人の不当な射殺が後を絶たないし、ヨーロッパでも中東系移民に対する抑圧が高まる一方である。それはトランプの「メキシコ人は犯罪者でありレイピストであるから壁を作る」、「ムスリムを全て入国禁止にする」といった妄言がメディアで何度も取り上げられることで、皮肉にも賛同者を増やしてしまうという事態が起こっている。

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もうひとつ、無知から生まれる重大な障害が無関心である。無関心とは対象となる人種の民族と文化の歴史、つまりコンテキストへの無関心である。

たとえば、私の母国であるフランスは平等、博愛、自由を国是として謳っており、一部は実現されているが、それでも圧倒的に人種差別と階級主義がはびこっている社会であることも事実である。フランスではアラブ人であるというだけで、どれだけ良い大学を出ていても就職の面談で拒否される現象が取り沙汰されたことがある。また、多くのアラブ人がムスリムであることから、近年のDaesh(ダーイシュ)関連のテロのマスメディア報道もあいまって、狂信者という社会的レッテルが強化されてしまっている。しかし、どうしてヨーロッパで生まれ育ったアラブ系の若者が過激派原理主義に走るのかということは、植民地戦争を通して移民を大量に強制輸入した過去の政府の所業などの経緯を歴史的に知らなければ、到底理解できない。

そして、こうした無知から生まれる無関心というのは、都市部よりも地方の方が多いというのは、フランスにしてもアメリカにしても同様である。初のムスリム系の市長を選んだロンドン市民と、Brexit(イギリスのEU離脱)に賛同したイギリスの地方民の対比は、外国人をめぐる現実像が調停できないほどまで食い違っていることを示している。

敵と味方を区別する本能

インターネットが世界的に整備され、ここまで情報へのアクセスが行き渡っているのに、どうしていまだにこれほどまでに無知が蔓延しているのだろうか。願わくは、ヴァーチャル・リアリティと人工知能技術によって、多人種と共に生活する仮想体験をより多くの人々が得られるようにすればいいのだろうか。

しかし、無知のさらに根源にある別の、もっと根本的な、生物学的な要因が存在するのではないだろうか。それは敵と見方を区別するという本能である。敵は有害であり、味方は有益な存在である。それは我々の身体に備わっている免疫系が有害物質を区別し、防衛するという機構に由来しているといえるだろう。免疫系と人種差別が異なるのは、前者は物理的なファクトに立脚しているが、後者は情報の次元に立脚しており、ある人種がただちに別の人種にとって有害となる物理的および社会学的な根拠など存在しない。

では、なぜ人種差別主義者が「敵」を設定し、「味方」に害する存在として喧伝するのかといえば、それは精神的な防御機構であるといえるだろう。自らの不遇や弱さの原因を帰責できる敵を設定することで、かろうじて自己同一性を保持しようとするのは人間に備わった普遍的な弱点だ。それは歴史的に見ても、不況に襲われると外国人を排斥する言論が大衆の支持を得るという同じ構造が現代に至るまで反復することからも明らかである。そして残念ながら、その感情の種子は誰にでも芽生えてしまう。この文明的な低級さを乗り越えるには、深く人類史に根付く「敵を排外する」という方法論を「差異を包摂する」というもので置き換えなければならない。

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「仕合う」という思想

冒頭で述べたように、サッカーほど世界中の多様な人種をチームという小さい集団の中で混交させるスポーツもないだろう。そんなサッカーの世界でも人種差別問題が後を絶たないのは、サッカーではなく社会の問題であるが、同時に敵と見方を出身国で分けるワールドカップやオリンピックといった制度が無意識にそういう排外を助長していることもまた事実だろう。さらに文化的経緯を探れば、敵と味方を分別するという思考は、長らくキリスト教の善と悪の陣営を設定するという宗教的な認識論にも拠っている。

であれば、敵と味方ではなく、武道的な「仕合う」相手同士、つまり試合を通して互いの技を高め合うパートナー同士という認識論を、スポーツ当事者だけではなく、メディアや教育機関ももっと積極的に掲げるべきだろう。

2014年4月に行われたバルセロナvsビジャレアル戦においてダニエウ・アウベスにバナナを放り投げたサポーターは、エル・マドリガルへの生涯入場禁止の処分を受けたが、このビジャレアル側の厳格な対応は差別主義を許容しない強いメッセージとなった。アウェーのチームがホームにやってきた時に、プレーを妨害するような悪質なブーイングを浴びせることすらも懲罰の対象としていいかもしれない。しかし、懲罰は所詮対症療法に終始してしまうかもしれない。

そうではなく、逆に相手チームに対して最高の「もてなし」で歓待することを各地のサポーターたちは行ってもいいはずだし、各種協会も奨励したらいい。スタジアムの大型ビジョンで相手チームに対する賞賛のメッセージを提示するだけでも、サポーターたちの意識は少なからず変えられるだろう。

もともと日本や中国の武道における「仕合う」という思想において、対戦相手とは自分の技量を最高に高めてくれる存在なのだから、勝とうが負けようが、最高のパフォーマンスを引き出してくれるよう敬意を表することで、逆にポジティブなプレッシャーを与えればいい。相手の力を弱めて得た勝利よりも、相手の力を高めて敗北することの方が学習の価値は遥かに高いともいえる。そう、試合とは競技という形式をとった、選手そしてチーム同士のコミュニケーションだと捉えられれば、自ずと技量のレベルも向上し、結果的に競技ファンも増えるだろう。

このような価値観を古来、武道、特に剣術においては活人剣と呼んできた。相手の技能を活かした上で勝つことが最上であり、殺人剣、つまり相手の技能を萎縮させて得た勝利には価値がないとする考え方だ。

最近の文芸でこの境地を最も見事に描いているのは、井上雄彦『バガボンド』における佐々木小次郎と猪谷巨雲(注:架空の人物)の仕合いのシーンだ。当初は仲間を斬り殺された復讐心から発奮する猪谷が次第に小次郎との闘いに没入し、憎しみの感情が後退する中、なぜ自分たちは戦うのだろうかと問いつつ、一挙手一投足を重ねるごとに技が磨き上げられていく喜びに震えながら死んでいく壮絶な描写である。最後に一人生き残った小次郎は、仕合いのパートナーを失った悲しみに慟哭する。私の知る限り、ここまで活人剣の思想を描ききった表現はない。

当然ながら21世紀を生きる私たちは、実際に死に至る仕合いを繰り広げる必要などない。自分がサポート(支持)する選手やチームの技量が最大に活性化されることをひたすら望み、そのために対戦相手のパフォーマンスが最大化することを企図する。このようなサポーター像が現実に支配的になった時、サッカー文化は21世紀にふさわしいバージョンに更新されたといえるようになるだろう。

※ 注:この原稿は2016年8月に執筆された

ドミニク・チェン
1981年生まれ。博士(学際情報学)。特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員, 株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。近著に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)がある。その他の著書として、『謎床―思考が発酵する編集術』(晶文社)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック―クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社)など多数。監訳書に『ウェルビーイングの設計論―人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社)など。


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