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先日散歩中にふとあることに気がつき、写真を撮った。

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この建物の柱に使われているタイルは、一見有機的な形状をしているようにも見えるが、よく見てみると実は3種類くらいしか形がない。

似たような話だと、某ファストフードチェーン店のナゲットも、実は成型肉で4種類しか形状がないことを初めて知った時は、なかなか驚いたものである。

ナゲットは食品なので形状が均一であることをあまり意識させたくなかっただろうし、マンションのタイルもなるべく不規則で有機的な感じをできるだけ簡単に演出しようとした結果こうなったのだろうと推測できる。

一見有機的なものが、実は事前に決められたパターンでしかないことを知るとなんだか少し残念な気持ちになってしまいそうだが、そうならない場合もあるだろうか。

私は中学生の時に起きたある出来事を思い出した。


私の通っていた中学校で、英語の授業を担当していたS先生という人がいた。若く、シュッとした見た目のS先生の喋る英語はとても綺麗な発音で、聞いているだけで耳が楽しかった。

授業もとても上手で、ただ教科書に沿って教えるだけでなく、程よく脱線して体験談を話してくれたり、中学生でも分かる英語の冗談を言ってくれたりするので人気があったのだ。

ある日、そんなS先生の授業で、今も忘れられない出来事が起きた。
いつものように軽やかな足取りで教室に入ってきたS先生は、教科書を開くよう英語でアナウンスした。言われたページを開いてみると、前回の授業で学んだのと同じページだった。
今日は前回の復習から始めるのだろう、くらいに最初は思っていたが、少し時間が経つとどうも復習という雰囲気では無さそうであった。
先生はこのクラスではすでに前回学んだ範囲を、再び教えようとしているようだ。複数のクラスで同時に教えていたため、このクラスの授業の進行具合を間違えてしまったのだろう。

「先生、このページの内容は前回やりました。」
誰かがそんな声を上げるだろう、と思っていたが、実際には上がらず、5分、10分と時間が過ぎていった。
そして、流石にそろそろ言わないとまずいと思っていた矢先、S先生が前回の授業と全く同じタイミングで、全く同じジョークを言ってしまった。
ここで、いよいよ取り返しがつかなくなり、誰も言い出せない空気になってしまった。

少しジョークの反応が薄いと思ったかもしれないが、S先生はまさか自分が同じ授業を繰り返してるとは思いもせず、授業は続行された。
自分がそうだったように、クラスのみんなも授業内容は頭に入らず、この先どうするかを考えていたに違いない。

しかしその状態がさらに数分続くと、私は少し違うことに意識がいき始めていた。
それは、S先生の授業が、前回と全く同じ間やセリフ、雑談の内容やジョークのタイミングなど、何から何までが全く同じだったのである。
私はてっきり、S先生のジョークや雑談はその場の雰囲気や気分で即興的に言っているものであり、他のクラスでは同じ範囲を教える時でも教え方が違ったりするのだろうと思っていた。
それくらいS先生の授業は軽快で流暢だったので、まさかそれらが全てあらかじめ計画されたもので、何度でも同じ授業を再現できるとは思ってもみなかったのである。

授業が何分進んでも、まるで同じ楽譜で演奏される曲のように、授業は前回とどこまでも同じだった。私はつい、そのあまりの再現度に魅了され、最後まで見てみたいと思ってしまった。完璧に繰り返される授業を聞きながら、S先生の日頃の見事な授業の秘密を垣間見た気がしたのである。
そしてついに、授業が繰り返されてることを誰も言い出せぬまま50分が経過し、授業の終わりのチャイムが鳴った。

そこでやっと誰かが小声で先生に伝えたようで、S先生は戸惑いと恥ずかしさと若干の怒りが混じった様子を見せた後「申し訳なかったとは思いますが、次からはもっと早く言ってください」と複雑な表情で言い残し、教室を去っていった。

私は申し訳なさを感じると同時に、妙に満ち足りた気持ちでもあった。

遠藤紘也
ゲーム会社でUIやインタラクションのデザインをしながら、個人でメディアの特性や身体感覚、人間の知覚メカニズムなどに基づいた制作をしています。好きなセンサーは圧力センサーです。
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