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無視できない理由

先日、私はあるテレビゲームをプレイしていた。
そのゲームは、物語の大半がアメリカの田舎を舞台に進んでいくのだが、ある豊かな自然風景の場面で、登場人物の1人が「ここは静かだなぁ」というようなセリフを呟いた。
確かに、そこで映し出される背の高い木々と静かに流れる川の映像はとても綺麗で、その場の静かで穏やかな空気感が伝わってきた。自分ももしその場所にいたら、柄にもなくそのような台詞の一つも言いたくなったかもしれない。

しかし、そのセリフを私は素直に受け取れない大きな問題が1つあった。

それは、そのゲームを遊んでいるゲーム機の冷却用のファンがけたたましい音を上げながら動いていることだった。ゲーム内の豊かな自然風景とは真逆のイメージに近い、極めて工業製品らしい音が、無視できない音量で私の部屋に響いていたのだ。
その音はゲームを遊んでいる間ずっと鳴りっぱなしというわけではないのだが、残念なことに、このゲームの見せ場である綺麗な風景のシーンでは映像処理の負荷が上がるのか、必ずと言っていいほどその音がつきまとっていた。
ゲームの内容とは直接関係のない外側の要因が、ゲームを遊ぶ体験を阻害してしまっていたのである。

ところがそれと同時に、私はあることにも気が付いた。
それは、私の住んでいる場所のすぐ隣で行われているビルの建設工事が原因で、部屋の外からも大きな音が常に鳴り響いていたのだが、その音に関しては不思議とゲームの体験を邪魔していないように感じられたことである。
ゲーム機から鳴るファンの音と部屋の外から聞こえる工事の音は、同じ外側の要因であり、さらに音量的には工事の音の方が大きいはずなのだが、なぜそちらは気にならず、ゲーム機から鳴る音は無視できなかったのだろうか。

それはおそらく、ゲームの展開とゲーム機から鳴るファンの音が同期してしまっていたからである。仮にファンの音がゲームを起動した瞬間から遊んでいる間もずっと鳴り続けていたとしたらどうだろう。全く気にならないということは無いにしても、おそらく外の工事の音と同じく、いずれ意識にのぼらないようになるだろう。
しかし、ゲームを遊んでいる間は常に鳴っているわけではなく、見せ場と言える場面に差し掛かると決まって鳴り出すファンの音は、ゲームの展開と残念に同期してしまっており、無視できない事態になってしまっていたのだ。

専門家では無いのであまり詳しくは分からないのだが、人間の脳は差分を読み取ることには長けているが、変化の無い(少ない)ものは徐々に認識が弱くなるという話を聞いたことがある。
おそらく、大きな音でも鳴り続けていればいずれ慣れてしまうし、そこまで大きくない音でも鳴ったり止んだりを繰り返していると妙に気になってしまうのである。

今回のファンの音はゲームの体験を大きく損なってしまうものではあるが、遊ぶのをやめるほどの要因ではないと判断し、私はプレイを続行している。
主人公の男は、私の部屋で鳴っているファンの騒音など知りもしない様子で、相変わらず綺麗な田舎風景の中を歩いている。

遠藤紘也
ゲーム会社でUIやインタラクションのデザインをしながら、個人でメディアの特性や身体感覚、人間の知覚メカニズムなどに基づいた制作をしています。好きなセンサーは圧力センサーです。
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