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宇宙最強のサンタ #パルプアドベントカレンダー2020

 暗がりのなか、ゆっくりと息を吐きだしていく。

 拳を握りしめ、開く。確かめるように、握りしめ、開き、また握る。己の体温と、静かに高まっていく鼓動。今はただ、それだけがともにある。

 窓の外を見る。星が流れていく。宇宙船は進む。巨大な球形構造物が近づいてくる。球形構造物の名は、ヒアデス・スーパーアリーナ。決戦の舞台。拳を打ち鳴らす。再びアイツと相まみえる時が、近づいている。


✨✨✨


 ついにッ! クリスマスイブである! 地球時間で年に1度の究極祭典! いよいよこの時がやって来たあッ!

 サァァァァンタッ、ファイティングッ! チャァンピィオォォンシィィィーーップ!

 ……決勝戦ッ!

 今宵! 全宇宙の猛者の中から真のサンタが決定する!

 宇宙格闘技の殿堂、ヒアデス・スーパーアリーナ。大観衆が見まもるなか、その中央に浮遊する円武場にどこからともなくカクテル光が降りそそぐ。シャンシャンと鈴の音が鳴りひびき、輝きのなかから現れたのは豊かな白髭をはやし、赤い衣装に身を包み、ほがらかな笑みを浮かべた地球の老人──

 出たァーッ! 彼こそは全宇宙サンタ協会会長にして、すべてのサンタたちの始祖! 聖ニコラスであるッ!

 聖ニコラスは宇宙マイクロフォンをかまえると、会場を埋めつくす観衆をゆっくり見渡して咳払いをした。

『えー、あー、オホン』

「モタモタしてんなー!」
「ジジイはひっこめー!」
「早く試合をはじめろー!」
「〇Ω₳◎∉∑≌@∽Λー!」

 ヤジを飛ばす観衆たち! 『アアン?』聖ニコラスの眉が吊りあがる。その優しげな瞳に凄みが宿る……それは、殺気!

『オイ、ワシに言うたのか? なあ……小僧ども』

 往年の宇宙ケンカ屋伝説を彷彿とさせる圧倒的強者のオーラ! ヤジを放った者たちは腰くだけ、一転、水をうったように会場は静まりかえった。

『……うん、よきよき』

 再びほがらかな笑みを浮かべ、聖ニコラスは続ける。

『あー、えー、オホン。それではこれより、サンタ・ファイティング・チャンピオンシップ2020、決勝戦をはじめる!』

 静まり返った会場に、ごくりと唾を飲みこむ音。『思えば……』聖ニコラスは胸に手をあて、静かに瞳を閉じた。

『ワシが地球ではじめたサンタ行為が、こうして宇宙的規模となってありとあらゆる知的生命体の希望となるまで……長い長い時が必要であった。永劫ともいえる時間のなかで、ワシは出会ってきた。さまざまな人々や出来事……愛し、泣き、ともに語らい、別れ、闘い……ふふ。懐かしいものじゃ。そしていつしかこの大会が……サンタ・ファイティング・チャンピオンシップが開催されるようになっていったのじゃ!』

 サンタ・ファイティング・チャンピオンシップ……それは地球時間で年に1度開催される、宇宙最大にして最高峰の武闘大会である!

 サンタ……それは宇宙を駆けめぐり奇跡を為す者。宇宙に愛を、宇宙に希望を、宇宙に夢を届ける存在だ。故に、それは強者でなければならない。心技体ともに完全性をそなえた、真の強者でなければ務まらない!

 サンタ・ファイティング・チャンピオンシップとは、そのような真の強者を選ぶ大会であり、優勝者がその年のサンタとなる。つまりこの宇宙においてサンタとは……サンタ・ファイティング・チャンピオンシップの優勝者なのである!

 聖ニコラスはゆっくりと目をあけ、遠くを見つめた。

『サンタ・ファイティング・チャンピオンシップも、ついに2020回を重ねるに至った。その長い歴史のなかでも、今回のチャンピオンシップは格別である! かつてないレベルの高さ! 死闘につぐ死闘! 手に汗にぎる果たし合いのかずかず! なんと素晴らしいことか……あり得ない! すごい! 最高の闘いばかりじゃッた! だから今日、この場に立つ両名は、歴代最強の座を賭けて闘う。そう言っても過言ではなかろう。そう、それはつまり……』

 その目がクワッと見開かれる!

『今宵の勝者はワシをも超える! 新たなるサンタ伝説の始まりである!』

 ウオオオオオー!

 会場が揺れた。1億人収容のヒアデス・スーパーアリーナは満員札止め、凄まじい熱気が渦を巻き、そのボルテージは早くも最高潮に達しようとしている!

『ふふん、待ちきれんか。そうじゃろ、そうじゃろう。なにを隠そう、このワシもそうじゃ! でわ、そろそろはじめようではないか!』

 聖ニコラスはうなずき一拍おくと、力を込めるようにその身をかがめた。今、会場すべての熱い視線がたった一人の老人へと注がれている。

『真のサンタとなるべき者たちよ……』

 聖ニコラスは勢いよく伸びあがり、その拳を天へと向けて突きあげた!

『出てこいやッ!』

 会場、暗転!

 青コーナー側、選手入場口。そこから突如、超新星爆発にも似た輝きが放たれる! 興奮した観衆が雄叫びをあげるなか、光の道が入場口から円武場へと伸びていく。轟く選手入場曲! それは地球歴2010年のクラシック……『禁断の惑星』!

 輝きのなかにシルエットが浮かんだ。刻むビートに合わせるようにシルエットは揺らめき、一歩一歩、光の道を歩んでいく。男だ。地球人の男だ。長髪を燃えるような赤に染めあげ、オールバックに撫でつけ、胸をはだけた赤い学ランの上に純白のファーコートをたなびかせ、男は威風堂々、光の道を歩んでいく! 男は笑みを浮かべていた。その美しい顔に涼しい笑みを湛えていた。

 高校2年生、17歳! 身長187センチメートル、彼女なし! 路上での決闘常勝不敗! 人々は彼のことをこう呼んでいる……

 宇宙最強の……ヤンキー!
 地球選抜サンタ候補ッ!

 大門寺ィッー! 三太ァーッ!

 三太はファーコートを投げだし跳躍した。宙で身をひねり円武場へと降り立つ! ウオオオオオーッ! 地鳴りのごとき歓声が会場を揺らしている! 三太は涼しい笑みを浮かべたまま、しかし、その眼差しは鋭かった。三太は見すえている。己の正面、遥か向こう。赤コーナーの選手入場口を。

 来たぜ、おれは……。

 待っていた。待ち焦がれていた。三太はこの瞬間をずっと待っていた。おれは、やれるのか? 自問自答する。成しとげる確率……あきらかに分が悪い。しかしそれでもなお心は静かだ。覚悟は決まっている。そしてなによりも、己が何を為すべきかは決まっている。体から静かな闘気が立ち昇り、会場の熱気と一体化していく。三太は拳を打ち鳴らした。

 おれは……やってみせる。

 その直後──。

 入場曲が鳴りやみ、光の道が消え、再び会場は暗転する。一転して静けさが、そして異常な緊張感が会場を支配していく。人々はその雰囲気に圧倒され、あえぎ、そしてうめいた。「来る……来るぞ……!」

 赤コーナー。散りばめられた星々のような輝きが選手入場口に現れ、そこから冷たいダイヤモンドダストのごとき煌めきが円武場へと伸び、それは吹き荒びながら光の道と化し、入場曲が……再び地球のクラシックが……奏でられていく。地球歴2017年『ぼくは最終兵器』。

 煌めく輝きをまとうように、光の道に少女が躍りでる。少女は可憐なステップで光の道を歩んでいく。まるで舞うように、踊るように……その白く艶やかな髪がひるがえり、赤い肌が光に照らしだされ、会場すべてが息を呑んだ。美しい……そして恐ろしい。誰もが知っている。少女は……彼女は、彼女こそが、この女こそが、最強である!

 推定年齢318歳! 推定身長164センチメートル! 幾多もの文明を滅ぼし、ついた忌み名は破壊の女帝!

 リゲル星系選抜サンタ候補! サンタ・ファイティング・チャンピオンシップ三連覇! 極限の絶対王者! 圧倒的暴君! その名も……

 サンタコ・クロスコォーッ!

 クロスコは跳躍。腕をひろげ、くるくると回転人形のように宙を舞い、円武場に柔らかな着地をきめた。会場は静まりかえっていた。誰も声をあげることができずに、ただ固唾を呑んで見まもることしかできなかった……たった、一人を除いては。

 三太はニヤリと笑い、クロスコに右拳を向けた。

「よお。来たぜ……約束のとおりによ」

「はあ?」

 クロスコの端正な顔が歪む。

「約束ぅ? ギャハハ! やっぱキメェなあ、オメーは。三太~!」

「ハッ!」

 三太は破顔する。

「てめえは何も変わッてねえ。安心した」

 二人の上空、ヒアデス・スーパーアリーナの全天周をレーザー光が乱舞し、レーザー光は全宇宙共通言語で描きだしていく──

この戦いですべてが終わり、すべてが始まる

「懐かしいじゃねえか。3年前……サンタ・ファイティング・チャンピオンシップ2017開幕戦。あの時、おれはてめえと……」

「だー、かー、らー、さあ」

サンタ・ファイティング・チャンピオンシップ2020決勝戦

「キメェッて言ってんだろうがッ!」

開戦である!

 その瞬間、それは音速をも超えていた。白と赤の光と化したクロスコが円武場を貫き、超速の前蹴りが三太の腹にブチ込まれ、弾けるように三太は吹き飛ぶ。遅れて、人々は開戦を告げる銅鑼の音を聞いた。三太はそのまま、円武場を包む不可視障壁へと激突する!

「クッ」顔をしかめ、落下しかけた三太は見た。眼前に、あざ笑うクロスコの歪んだ笑み。「バーカ」クロスコの腕が、まるで太古地球の阿修羅像のように圧倒的残像をともない分裂し……怒涛となって三太へと降りそそぐ!

「違うんだよッ! オメーとは! 生命としての格ッてもんがさあッ……地球人!」

 暴威の嵐! 三太はガードを固め、身を縮める。クロスコは……殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る!

 三太は不可視障壁にピン止めされている。ひたすら殴られるだけの、ただの虫ケラのごとく!

「これで……死んどけよッ!」

 クロスコの右腕が振りかざされ、極限まで引き絞られ、その周囲に冷気の粒子がただよい……解き放たれる! クロスコ、渾身の右フックである! その拳は絶対零度の奔流と化し、三太へと迫る!

 だが……誰もが決着を確信したその瞬間、三太は力強く目を見開いていた!

「なッ!?」

 クロスコはうめいた。冷気漂うその先に……三太の鋭い眼差しがある。パキパキと肉が凍る音。三太はクロスコの右拳を、ただ左手だけで受け止めている!

「言っただろう……てめえは何も変わってねえ……何も変わっちゃいねえ、ッてなあッ!」

 三太の眼差しがクロスコの瞳を射抜き、ギリギリと締めあげる拳の痛みにクロスコは顔をしかめた。三太は吠える! 「ウオオッ!」背後の不可視障壁を蹴り、クロスコの右拳を掴んだままその身をひねる! 回転を力へと変換し……クロスコを円武場へと叩きつける! 「ぐゥッ!」

 クロスコはバウンドし床を滑った。あお向けのまま半身を起こし、見上げる先! 逆光となった三太のシルエットがそこにはある! 眼光だけが鋭く光り、その右腕が……振りおろされる!

「ムカつく……」クロスコは跳ねおきた。「ムカつくんだよ、オメーは!」弾丸のように跳躍! 三太の顔面にカウンターの頭突きが炸裂する!

 三太はたたらを踏みかけた……しかし! クロスコの攻撃はこれで終わりではない。これはさらなる連撃の、予備動作に過ぎない! まばたきにも満たぬ刹那のあいだ……クロスコの恐るべき怒涛が繰りひろげられていく!

 クロスコは頭突きからの反動で着地。その反動をバネに跳躍。体をタテに回転、サマーソルトキックじみた蹴りあげを放つ! 「グッ……」三太の顎が跳ねあげられ、その体が宙に浮かんだ。「死ねよ! オメーは!」クロスコは回転、着地、突進! 三太の浮き上がりを超える速度で迫り、無防備となった三太のボディに猛烈な連打をうちこんでいく! 「ムカつくんだよ!」 三太が吹き飛ぶ間もなく飛びつき、首相撲からの膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り! 「オメーを見てると!」 肘打ち右、肘打ち左、そしてそのまま身をひねり旋回! 「イライラすんだッ!」背を向け、右足を軸にトドメの後ろ蹴りが炸裂する!

 大気をも凍結粉砕させ、閃光! クロスコの後ろ蹴りは三太のみぞおちを貫いていた! これは……決まったあーッ!

「いや、まだじゃ! まだ終わってはいない!」

 VIP席で試合を見つめる聖ニコラスは、思わず身を乗りだし叫んでいた。その見つめる先。冷気の煌めきと霞みが立ちこめるなか、クロスコはこめかみに血管を浮かべてうめいている。

「ンだとッ……!」

 霞みが晴れ……その中から現れたのは……クロスした腕で、後ろ蹴りを完全にガードしている三太であった! 聖ニコラスは再び叫ぶ。

「見事じゃ! 並のサンタ候補ならすでに10回は死んでおる! たいしたやつじゃあ!」

 三太は血濡れ、血反吐を吐き、そして笑った。

「へへ……効いたぜ……」

 その直後!

 ウオオオオオー! 万雷のごとき歓声が会場を揺るがした! ほんの一瞬のうちに繰り出されたクロスコの怒濤! そしてそれをすべて凌ぎきった三太! かつてないレベルの闘いに、観衆は手に汗にぎり、震えていた!

 クロスコは飛びのく。右手で頭を掻きむしりながら、三太をにらむ!

「マジでウゼェ……!」

「なあ……何をビビってやがる」

「はあ?」

「てめえはおれとやり合うことにビビってやがるな……そうだろ? 癇癪起こしたガキみてえに……まるでらしくねえ。てめえ、何をビビってやがる」

 拳を握りしめ、三太は一歩一歩、クロスコに近づいていく。

「三年前の開幕戦……おれはてめえとここで出会い、拳で殴り合い、肉体で語り合い、そして、魂で語り合った」

 クロスコは苛立ちを隠さない。

「やめろ……ッ」

「おれの痛み。てめえの悲しみ。同じサンタという高みを目指す同志のような気持ち……。響き合い、共鳴し合い、おれはてめえを理解し……そして敗れた」

「黙れよ……」

「なあ。何をビビってやがる。おれは強くなって戻ってきたぞ。てめえと再び響き合うために、強くなってここまで来たんだ」

「黙れ……黙れ……!」

 三太は立ちどまり、クロスコをじっと見つめた。

「おれにとって、てめえとのあの瞬間は……絶対だ」

「うるさい……うるさい!」

「おれにはわかる。てめえだってそうだ……そうだったはずだ。そうだろう……クロスコ!」

 クロスコはうつむき、震え、わななく。

「キメェよ……マジでキメェよ……」

 ゆっくりと顔をあげ、叫ぶ。それはほとんど絶叫だった。

「オメーは! アタシのなにを知っている! なにもわかってねえッ! わかってるわけがねェ! わかってるわけないじゃんか!」

 その瞬間、クロスコと三太、二人の視線が激突し火花を散らした! クロスコは三太を指さす!

「オメーは!」

 クロスコは体を巡らし、鬼気迫る表情で次々と観衆を指さしていった。

「オメーらも、オメーらも、そこのオメーらもッ!」

 闘気が凍気となって立ち昇り、クロスコの体を覆い、それは不気味な煌めきを放ち、大気を凍らせていく!

「オメーらはぬかしやがるなァッ! サンタとは愛だ、希望だ、奇跡だ、夢だ、とかなあ! ハッ! バァカが! 笑わせんじゃねえェーーッ!」

 再び三太を指さす。

「オメーは言ったな? 同じサンタという高みを目指す同志のような気持ち……だとかなあ。ああ、そうさ。アタシは望んでいる。アタシはサンタであり続けたい。オメーを今すぐブチ殺し、四連覇を達成し、今年もサンタとなり、これからもアタシがサンタであり続ける! いつまでも、永遠になあ! それがアタシだ。アタシがサンタなんだ……アタシこそがサンタだ!」

 三太は拳を握ったまま、じっとクロスコを見ている。

「愚鈍ども! アタシはなあ……許せないんだよ、ムカつくんだよ……! オメーらが言う愛だの、希望だの、奇跡だの、夢だの……ぬかしてんじゃねえ、ほざいてんじゃねえッてなあ! アタシは知っている……滅びゆく文明。そこに愛はあるのか? 闇に沈む宇宙。そこに祈りはあるのか? 星系皆殺しの作戦。そこに優しさはあるのか? くだけ散る惑星。そこに希望はあるのか……! 生まれ落ち、すぐに死んでいく命。そこに奇跡はあるのか! 知的生命がうみだす極限の悪意。そこに夢はあるのか! ……どこにもねえ……そんなものはねェんだよ。あるのはただ、何かを為す力のみだ!」

 会場にどよめきが広がる。三太は静かに尋ねた。

「だから、サンタであり続けたいと?」

「ああ、そうさ……愚鈍どもには理解できねェだろうが……聖ニコラスのジジイに始まり、歴代のサンタたちが全宇宙に張りめぐらせた巨大な呪術回路。それがクリスマスの正体だ。サンタは愛や希望じゃねえ……クリスマスは呪いだ。張りめぐらされた呪術回路で全宇宙に奇跡をもたらす……それをサンタという存在を通じて実行する! ギャハハ……わかるか? オメーらにはわかんねェだろうなあ……つまりは……」

 クロスコは両腕をかかげ、叫んだ。

「サンタとは力なのさ! 全宇宙を貫き、覆す力だッ!」

 クロスコのかかげた両腕の上。凍気が集まり、極限まで圧縮されていく! それは巨大な冷気の塊りと化し、燦然と凄まじい輝きを放った!

 三太は静かに構える。左を前にして半身となり、左手を下に、右手を上にして腕を突きだす。体を濡らす血液が、迸る闘気と混じりあい、うねりながら凝固し、立ち昇る。

「やっぱりてめえは何も変わっちゃいねえ。前のまんまだ。悲しみ、絶望し、泣いていやがる。いや……それどころか前よりも悪化して、闇落ち寸前ですらある……」

 凝固した血液が寄り集まる。血液は棒状の武具と化し、三太は、上下に構えた両手でそれを握りしめた。輝いていた。その棒は三太の燃える心を現すように、熱く、燃え、硬く、屹立していた。

 そう、それこそはヤンキーの決戦兵器!
 燃える心を具現化した金属バットである!

 三太はバットを握りしめ、足を踏みしめ、腰を落として構える。

「だがなあ……そんなてめえだからこそ、おれは会いたかった。おれはてめえと向きあうために、こうして語りあうために、ここまで強くなってきた」

「ふざけんな……キメェんだよ……」

 クロスコは叫んだ。

「キメェッて言ッてんだろうがあ!」

 両腕を、振り下ろす! それは音をも凍らせ、まるで滑るように放たれた。巨大な冷気の塊り。その極限低温は空間をも捻じまげ、大気の凍結と爆発とを繰り返し……圧倒的な輝きとともに三太へと迫った!

「いかん!」

 聖ニコラスの顔色が変わる。立ちあがり、VIP席を飛び出す。一方、三太は笑い、吠えていた!

「来いやあッ!」

 絶対零度を感じながら、三太はバットを後ろへと振りかぶった。バットは輝く。それは燃え、熱く、灼熱し、脈動している!

「ウラァッ!」

 左足を踏み込み、バットを振り切る! 光の軌跡を描き、炎の風が渦を巻き、バットは迫り来る冷気の塊りへと直撃する!

 凄まじい閃光。とどろく爆音!
 ジャストミート! 特大ホームランだッ!

 冷気の塊りは吹き飛び、斜め上へと上昇していく! その風圧でクロスコの白く艶やかな髪は巻きあがり、冷気の玉は不可視領域すら突き破り、塊りが迫りくる客席の観衆は戦慄し、すべての者が死んだ! ……そう思ったその瞬間!

「グレート・サンタ・ウォールじゃあッ!」

 そこに飛び込んできたのは聖ニコラスであった! ニコラスの巨大な闘気が壁を造りあげていく。それはかつて、暗黒星雲の恐るべき侵略者どもからアンドロメダ銀河を救ったとされる伝説の防壁……グレート・サンタ・ウォール! 冷気の塊りは壁に激突し、盛大に砕け散る!

 それと同時!

「ハハッ! 助かったぜ、ジジイ!」
「三太ァ!」

 三太とクロスコ、二人は叫び、駆け出していた。一方は笑い、一方は怒りに顔を歪め。一方はバットを振りかざし、一方はその両腕に氷の巨大爪を形成し!

 激突!

 闘気と闘気、灼熱と冷気が衝突し、激烈な嵐が吹き荒れる!

「ぬうッ!」

 聖ニコラスは顔をしかめ、会場全体に防壁を張りめぐらしていく! 二人はなおも激突、飛びのき、再び激突! 丁々発止を繰りひろげる!

「い、いかんぞ、会場が……ヒアデス・スーパーアリーナがもたんぞい!」

 聖ニコラスが叫んだその瞬間であった!

「ウッダラァッ!」

 三太が雄叫びとともにバットを振りおろす! クロスコは氷の爪でそれを防ぐ!

 爆発!

 二人は円武場を突き破り、落ち、ヒアデス・スーパーアリーナの底をも突き破り、宇宙空間へと飛び出していく! 「なんたる闘いじゃ!」

 二人は闘気を巡らす。宇宙空間のなかでも吠え、激突を繰り返していく!

「ふざけんな! ふざけんな、ふざけんなァーーッ!」

 クロスコは腕をひろげ高速回転。煌めく回転体と化し、怒濤の連続攻撃を繰りだしていく! 三太はバットを盾にそれを防ぎつづけ、そして……

「ふざけてなんかいねェ……おれはマジだ。大マジだ。おれはてめえが、おれはてめえに!」

 弾く!

「惚れているッ!」

 クロスコの回転が……そして動きが……止まった。「は……?」その目は丸く見開かれ、三太を見つめている。

「しらばっくれても無駄だ。三年前、あの闘いのさなか。てめえだって気づいていたはずだ……。おれの痛みとてめえの悲しみ。おれらは似た者同士なんだってな……。おれらは殴り合い、体と体で、心と心で通じあっちまった。それは取り消すことのできねェ瞬間だ。なのに、てめえはガキみてえに取り乱しやがって……。口で言わなきゃわからねえなら、何度だって言ってやる。おれはてめえに……」

 裂帛の気合いとともに言い放つ!

「惚れたッ!」

 その気合いは……まるで一陣の風のように宇宙空間を通りすぎていった。真空の宇宙のなかで、ふわりとクロスコの髪が舞い上がり、そしてその瞬間、クロスコの──

 あ……。

 脳裏に浮かぶ光景があった。地球のスラム……あり得ないほど悲惨で劣悪な環境のなかで、それでもなお生きる……幼い三太の姿が。それは地獄の光景だ。しかし三太は歯を食いしばり、泥をすすり、悪を為すこともなく、生き抜いていた。少年三太は汚泥のような街から空を見あげている。そこに希望を求めて、空を見つめている……。

 クロスコはうつむいた。

「これでもわからねえッてんなら、わかるまで何度でも言ってやる。おれは……」

 クロスコはうつむきながら首をふった。

「……いや、もういい」

 クロスコはゆっくりと顔をあげていく。

「もう……いいよ」

 その顔は笑っていた。目に涙をためて、笑っていた。

「ギャハハ……。三太、オメー悲惨じゃん!」

 三太はニヤリと笑った。

「ああ、そうだぜ」

「……あぁぁ」

 クロスコは淡いため息を吐きだすと、自分の両腕を抱きしめ、震え、泣きだしそうな顔で言った。

「わかっていた……わかっていたさ。たしかにアタシたちは似た者同士なんだ……。でも、だからアタシは……オメーを前にすると正気ではいられない……」

 その瞳から涙があふれた。クロスコは絶叫していた。

「オメーがいると、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて、ムカついて! ムカついてしまってさあーーッ! アタシはサンタでなければならないのに! アタシは力を求めつづけないと潰れてしまいそうなのに! アタシの絶望は力を必要としているのに! なのに、なんでオメーはアタシの前に現れた? なんでアタシにそんなことを言う? 邪魔なんだよ……邪魔なんだ! 邪魔なんだよ!」

 クロスコは三太を否定するように、前へ、強く腕を振った。そして泣き、吠え、宇宙空間を貫き……獣のように三太へと躍りかかった!

「消えろ……アタシの前から……消えろ! 消えてくれ、三太ッ!」

「消えるわけにはいかねぇ……」

 三太はバットを構える!

「てめえのその絶望ッてやつを……おれは叩き潰す! そのために今日、ここにやって来たんだからなあッ!」

 灼熱のバットが振り上げられた。そこに、絶対零度の巨大爪が迫りくる!

「三太ッ!」
「クロスコ!」

 閃光が生じた。二人は互いの名を叫びながら、そのまま激突を繰り返し、螺旋を描き上昇し、再びヒアデス・スーパーアリーナのなかへと突入していく!

「おおお、戻ってきおった!」

 激突、激突、激突! 二人は旋回する。二人は回転する。ヒアデス・スーパーアリーナ内を縦横無尽に飛びかい、下降し、上昇し、衝突する!

 二人は爪を、バットを振るうたびに……より深くお互いのことを知り、理解していった──

 バットで爪を弾く。三太の脳裏に光景がフラッシュバックする。それは滅びゆく文明のなかで、涙すら枯れた少女の姿だ。もう誰もそばにはいない。少女のそばには、もう、誰もいない──。

 クロスコ……これがてめえの悲しみ……

 絶対零度の爪が三太をかすめる。その瞬間、クロスコの脳内でバチリとなにかが弾け、光景が浮かんだ……それは灼熱の惑星だった。溶岩のなかで、三太は想像を絶する過酷な特訓を続けていた……強くなるために、今日という日のために、クロスコへの想いとともに──。

 三太……オメーはこんなにしてまで、アタシを……

 てめえは……
 オメーは……

 その瞬間、二人はヒアデス・スーパーアリーナの頂点に達していた!

 三太はバットを振りあげる!

「ウオオッ!」

 クロスコは双爪を限界まで引き絞る!

「ウアアッ!」

 二人は同時に、最大最強の攻撃を繰り出していた! バットと爪が交錯する……凄まじい爆風と閃光。スパークする想い。灼熱と冷気、絶望と愛。ありとあらゆる力が吹き荒れるなかで……クロスコは、三太の雄叫びを聞いた。

 サンタとは愛……
 そして宇宙を貫く……気合いだッ!

 巨大爪が粉々に打ち砕かれる。灼熱のバットがクロスコの顔面へと迫る。

 ああ……これでいい……これでいいんだ……

 クロスコは笑った。三太と目があった。三太もまた笑っていた。そしてバットはクロスコの顔をかすめ……

 え……?

 三太は、崩れるように落ちていった。

 会場に静寂が訪れる。
 やがて、誰もがこの闘いの終わりを知った。

 勝者……!

 サンタコォ!
 クロスコォーーッ!

 聖ニコラスの大吼が轟く!

「決まりじゃ! 歴代最強、宇宙最強のサンタの誕生じゃーーッ!」

 直後、会場はうねり、沸騰した!

「そんな……」

 クロスコは呆然と呟く。三太は円武場の破片へと落ちていき、跳ね、大の字に転がった。

「ハハ……負けた……ぜ」

「三太!」 

 クロスコは叫んだ。三太を追って破片へと舞い降り、駆け寄る。三太は大の字のまま、照れくさそうに笑っている。

「やっぱてめえは強ェな……もう、指一本動かせねえよ……」

「三太……三太……!」

 クロスコは三太を抱きしめていた。三太は一瞬驚き、そして……安心したように、穏やかな表情でほほ笑んだ。

「クロスコ……宇宙最強のサンタ、おめでとう……だ」

「三太……」

 クロスコの瞳から涙があふれていた。

「三太……消えたよ、消えたんだよ……」

 三太の顔に煌めく雫が一粒、一粒と落ちていく。

「アタシのなかから消えたよ……アタシのなかの、ドス黒い絶望が……消えたんだよ……!」

 鮮やかに、いくつも、いくつも、勝者を祝う宇宙花火が咲いていく。会場が華々しく彩られ、その輝きのなかで、二人は静かに見つめあった。お互いの目と目が向かいあい、やがて、ためらいながらゆっくりと、クロスコの顔が三太の顔へと近づいていく。

 そして、二人は……。

 Merry Christmas......

fin.


 本作は #パルプアドベントカレンダー2020 参加作品です。

あとがきみたいなやつ

年末ですね!
皆さま、いかがお過ごしですか。僕は忙しいです!

そんなこんなで「あれ、ひょっとして落とすのでは」と危惧されたパルプアドカレ担当分ですが、こうして無事、皆さまにお届けすることができて、正直ほっとしています。

直前まで逆噴射小説大賞もあり、僕は結果、二次選考どまりで、その過程で僕自身の創作上の課題も大量に見つかり……「こりゃマジで真摯に取り組まないとだめだな!」とめちゃくちゃ気合が入ったわけですが、このパルプアドカレ担当分に関しては! いったん課題はすべて脇に置き! 完全に! 今までの手癖のまんまで! 「うおー、どりゃー!」って書いてしまいました! 楽しかった! いい息抜きになったぜ!

そして作中、YouTubeを貼りつけるとか余計なことをしていますが、これはもう完全に日本のMMAシーンへのリスペクトです。本当はこういうのもしっかりテキストで表現すべきですが、「せっかくのお祭り企画だし、たまにはいいかな」という甘えのもとにやっています。ちなみにクロスコの入場曲として貼った春ねむり、剥き出しの中二病を高度な詩的センスと音楽性で昇華していて、かなり好きです。いいですよ、春ねむり。

さてさて、明日は!

逆噴射小説大賞二年連続ファイナリスト! すごいパルプと怖い話の伝道師! ドントさんの『聖夜に祝祭を、すべての祝祭を』だあーーッ!

お楽しみに!

きっと励みになります。