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ゴッゴッカン…… ゴッゴッカン…… ぼくの記憶はそんな音からはじまった。繰り返し打ちならされる音には不思議な静けさがあって、そしてぼくの口のなかには、いっぱいになにかがひろがっていて、ぼくはとにかく夢中でそれを食べていた。とてもおいしかったことだけはよく覚えている。 ぼくは食べる。ゴッゴッカン……。するとそれは少しずつ小さくなっていく。ゴッゴッカン……。ぼくは食べる。ゴッゴッカン……。それはかけらのようになっていく。ゴッゴッカン……。ぼくは食べる。ゴッゴッカン……
パワパー孔明とはパワーパーソン諸葛亮孔明のことである。 孔明は後漢の生まれ、高名なる蜀漢の誉れ、だがいまや時代は流れ、だからいま彼はここにいる……大都会東京に! 『速報です。刺激の強い内容ですので、どうか気を強くしてお聞きください』 ラジオキャスターの落ち着いた声が食堂に流れていた。カウンターに座りながら孔明はその声に耳を傾けている。彼の目の前にはほかほかと湯気をたてているとんかつ定食。実にうまそうな香りが漂ってくる。 『事件が起きたのは市内のとんかつ専門店、被
「脳力来来、脳力来来」 円形の構造物のなか。そこはただひたすらに広く、床も壁もドーム状の天井も、すべてがほの白く輝いていた。 冷たく、茫漠さすら感じさせる、漂白された空間。 そのなかで、少年少女たちは一心不乱に唱えつづけている。 「脳力来来、脳力来来」 彼らは整然と立ちならんでいる。大勢だ。千人にも達しようという少年少女たちだ。その肌、その髪、その瞳の虹彩、身に着けているローブじみた長衣まで、すべてが白い。まるで、漂白された空間に溶けこんでいるかのように。 「
生きるか、死ぬか。 一か八か。 この刹那だ──。 モドキは考える。 この刹那に、すべてがある。 凝縮された時間感覚のなかで、モドキは見ていた。上方。無限にひろがる、まばゆいまでの光と色を。それは壮絶にして壮大。万華鏡を思わせる圧巻の光景だ。 しかし。 生きるか、死ぬか。 一か八か。 モドキは見とれることもなく、色と輝きに向けて意識の焦点を絞りこんでいく。すると色と輝き、そのひとつひとつに別の「世界」が見えてくる。 ある輝きのなかには、風景を置
intro. 二〇二一年、サンタは死んだ。だがやつは戻ってくる……そう今宵、この聖なる夜に。 Ⅰ. カチ、カチ、カチ、と腕時計の針は進んでいく。少しずつだがゆっくりと、十二月二十五日は近づいてくる。 だが、夜明けまで……あと十時間もある……。 山田太郎は腕時計を見つめ震えていた。呼吸は荒く、手足は凍えるように冷たかった。太郎のいる路地裏は生臭く、不気味なまでに静まりかえっている。 表通りとはまるで別世界だった。楽しげな人びとの声。仄かに差しこんでくるクリスマス・
2222年卒 絶対屈 折率夫 長いようで短かった三年間の高校生活。いろいろなことがあったはずなのに、思いだせるのは校則になった君のこと、ただそればかり。 あれは入学して間もないころだった。お互いに帰宅部だった退屈な日々、みんなが部活動や奉仕活動にはげむさなか、ふたりきりの下校時間。誰もいないあぜ道、僕の前をスキップするように歩く君の姿。今でも鮮明に覚えている。そのとき、ただカ=ラスの鳴き声だけが聞こえていたということも。 君は振りかえってこう言ったんだ。 「同好
──老いろ。躊躇なく、老いろ。 モヤがかかった感覚のなか、脳裏に浮かぶのはその言葉だけだった。 自分は何者で、どこにいるのか。いまはいつなのか。すべてがおぼろげで、まだらな、パッチワークのような記憶の欠落。 ──老いろ。老いろ。躊躇なく老いろ。 周囲を見渡す。 静かな闇と、木々の影とに囲まれている。 いまは夜で、ここは森のなかだ。 男はぼんやりと、そんなことを考えた。 「ひ、ひ、ひ、どうした。もう限界か?」 背後で不気味な声が笑った。振りかえると、
暗がりのなか、ゆっくりと息を吐きだしていく。 拳を握りしめ、開く。確かめるように、握りしめ、開き、また握る。己の体温と、静かに高まっていく鼓動。今はただ、それだけがともにある。 窓の外を見る。星が流れていく。宇宙船は進む。巨大な球形構造物が近づいてくる。球形構造物の名は、ヒアデス・スーパーアリーナ。決戦の舞台。拳を打ち鳴らす。再びアイツと相まみえる時が、近づいている。 ✨✨✨ ついにッ! クリスマスイブである! 地球時間で年に1度の究極祭典! いよいよこの時が
ガンギマリ一家のドン、ガガンボの邸宅は騒然としていた。伝説の殺し屋にして国際指名手配犯の殺人鬼、アクズメ・ザ・キラーによる襲撃予告が届いたためだ。 ガガンボは襲撃予告を握りつぶし、怒りをこめて叫んだ。 「ドンヅマリ・シティを影から支配する、このオレ様を殺すだと? 理由は『お前の犬がうちの前でクソしたから』だと? 抵抗する奴は皆殺しだと!? なめくさりやがってドグサレがァッ!」 そのまるまると太った体がわなわなと震えている。こめかみには怒りのあまり血管が浮かび上がっ
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。 それは奇跡だ。 君は、たしかにそう言っていたね。 今になってしまえばボクにも良くわかる。 シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。 それはたしかに奇跡だ。 失われた時間を取り戻すように、ボクはそれを食べる。それは輝いている。それは香しい匂いでボクを魅了している。スプーンをいれる。サクサク、ポクポクと楽しげな音がする。一匙すくう。輝きが軌跡となって、スプーンのあとについてくる。 奇跡だ、とため息をつく
みながすなる 会話劇といふものを われもしてみむとて するなり 「よろしいですか? よろしいですか、皆さまッ! 同意が成ったと見做してよろしいですか、皆さまッ!?」 「はッはッ! 当然だッ!」 「同じく。ふふ。なんであれ、結果は変わらないもの」 「ワシも……うん。別にその遊戯(ゲーム)でかまわんよ」 「……同意する」 「はは。ま、皆さんそう言うなら。僕もそれでいいです(バカどもが)」 「同意が成りましたッ! でーはではでは、この遊戯の戯律(ルール)をご説明いたしますッ!
壁がある。 その向こうからは声が聞こえてくる。 『あいつらが悪い』『こんなことになったのも……』 別の壁からも声だ。 『批判はもうたくさん』 どこか、もがくようなそれらの声は、刺すような刺激とともに木霊している。やれやれと息を吐き出して、太郎は前を向いて歩きだした。 壁に囲われた回廊のような世界だった。白い壁、白い天井、そして静寂。太郎が歩く世界の中に、人の影は存在しない。誰もいない空漠の中を、ただ一人で太郎は歩き続けていた。 その足取りはゆっくりと、
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。 つまり、あの恐るべき邪火リレーによって──言うも憚られる、あの百鬼夜行の群れによって──列島が蹂躙され、次々と都市が陥落してから半年が過ぎたということだ。 今や我が家は人類に残された唯一の希望だ。多くの人々がその周囲に集い、俺の家を祈るよう見つめている。そう、だからこそ俺は──。 『YO!』 威勢のいい声が俺を現実に引き戻す。 『聖火ドライヴ臨界率80、90、100……臨界突破! YO! 覚悟はいい
桜の花びらが、美しく舞っている。 交通捜査課巡査部長である犬山は、道路に横たわる遺体に手を合わせていた。綺麗な遺体だった。純朴そうなワニの若者。どこか、満ち足りた表情をしている。 「ひき逃げ……なのか?」 「そうだと思います……近くで花見をしていた複数の男女が、どすんという鈍い音を聞いています。ただ……」 「妙だな」 「ええ……」 犬山と、部下の雉沼は首を捻った。 「タイヤ痕が……ない?」 「はい。赤外でも確認しました。それに繊維も、塗膜片も、ガラス片も何もない