小説すばる新人賞歴代受賞者インタビュー「こうして私は作家になった」 第1回・佐藤賢一さん
『小説すばる』1月号より、小説すばる新人賞受賞者によるリレーインタビュー企画がスタートしました。
小説すばる新人賞出身の作家の方々に、創作活動の裏側から新人賞を目指す人へのアドバイスまで、幅広く語ってもらうコーナーです。
記念すべき第一回目は、西洋を舞台にした歴史小説で知られる佐藤賢一さん。
デビューに至るまでの道のり、執筆上の工夫、作家としての今後の展望などなど、盛りだくさんの内容になっています。
作家を目指す人もそうでない人も、ぜひご一読ください!
デビューから最新刊
『ナポレオン』にいたるまで
─小説を書き始めたいきさつについて教えてください。
デビューしたのは26年前で、当時僕は西洋史を専攻する大学院生でした。ちょうどワープロが出始めたころで、春休みの間にキーボードを打つ練習がてらレポートを書いていたんです。ところがこれがつまらない。そこで、試しにレポートに出てくる歴史上の人物にセリフを言わせてみたら、なんか面白いぞ、と。ひと月くらい悪ノリで書き続けていたら、三百枚くらいになっちゃったんです。一応話らしくまとまったのでどこかに送ってみようと思い、たまたま締め切りや枚数の条件が合った小説すばる新人賞に、宝くじを買うような気持ちで応募しました。当時は作家としてデビューしたいという思いは全くなくて、その後は応募したことすら忘れていたのですが、夏ごろに最終候補に残ったという連絡がきたんです。残念ながらその年は落選してしまったのですが、担当の編集者がもう一回書いてみないか、と。それで翌年出来上がったのが、デビュー作『ジャガーになった男』です。
第6回小説すばる新人賞受賞作
『ジャガーになった男』
集英社文庫/648円(本体)+税
─『ジャガーになった男』は、戦国時代の日本を飛び出して外国で活躍した武士の話ですが、あのユニークなテーマはどうやって思いついたのですか?
当時は仙台に住んでいたんですけど、伊達家の話や遣欧使節について、地元のローカルテレビ局がしばしば特集を組んでいたんです。もう一本書かないかと言われたときにたまたまその番組を観て、「あ、これは面白いかもしれない」と思い、さっそく書き始めました。編集者からも、西洋と日本の双方が関わるテーマがよいのではないかと言われていたので、この題材はいけるかもしれない、と。
─デビュー後はどのように過ごしたのでしょう。
デビュー時は大学院の博士課程にいたので、論文と小説の両方を執筆することになりました。担当編集者は「歴史の研究をして歴史の小説を書くのだから、鬼に金棒みたいなものでいいじゃないか」と言うんですけど、僕のなかでは研究と小説の区別がつかなくなっちゃって。そのうち論文みたいな小説を書いてしまったり、小説みたいな論文を書いてしまったり。そこにきてようやく「小説ってどう書くんだろう」という葛藤が生まれました。二作目を書き上げるまで二年ちょっとかかったのですが、ボツになる作品も多く、今までで一番大変な期間だったかもしれないですね。
─結局、論文と小説の違いはどこにあると?
歴史学の論文は「時代」を書くものなんです。その時代が今とどれだけ違うかということを書く。だから「今と全く違っていて驚きました」という感想をもらえるのがよい論文なんですね。僕は『英仏百年戦争』などの新書も書くのですが、新書の場合も論文と同じで、読者に驚いてもらえないと失敗だと思って書いています。一方で小説の場合は、時代を超えても変わらない人間のあり方を書かなければいけない。「登場人物に共感できました」という感想がいいんです。「西洋史なんてすごく遠い世界だと思っていたんですけど、とても身近に感じました」と言われるのがよい小説であり、同時に作者としても一番うれしいですね。
─デビュー以来、西洋歴史小説というジャンルを切り開いてこられた佐藤さん。今後はどのようなテーマを書いていきたいですか?
デビューしてからしばらくは、名もない市井の人がメインの作品を多く書いていました。今も変わらず、小説というものの本質はそこにあると思っています。ところが『王妃の離婚』で直木賞をいただいて以来、「作品の時代背景がわからない」という読者の声が、読者ハガキを通じてたくさん届くようになった。これまでヨーロッパの歴史を書いた作品がなかったわけではないのですが、あくまで一つ一つの事件を取り上げた「点」としてしか存在していなかったんです。傑作もあるんだけれども、それぞれが繋がることなく孤立している。これらの点が一つの流れにならないと、西洋史という小説のジャンルは成立しないだろう、という気づきがありました。それからは少し考え方を変えて、フランス革命やナポレオンなど、西洋史の流れを意識しやすい大きなテーマを扱うようになりましたね。当時僕は30代で、今は51歳なんですけど、一通りの流れを書き終えるためにはもう少し時間がかかりそうです。ただ、そうやって西洋史という分野の開拓者としての使命を果たしたあとは、無名の人にスポットを当てた小説をもう一度書いていきたいなと思っています。
『ナポレオン』全3巻
集英社/各2200円(本体)+税
具体的な執筆方法について
―佐藤さんの執筆スタイルについて、具体的に教えていただけますか?
まず、手書きの下書きもしくはメモを作ります。それをパソコンで打ち直して、画面上でしっかり肉付けをしていく。そして一通り終わったものを推敲し、原稿を提出する、というサイクルです。『王妃の離婚』で直木賞をいただいた時期に固まってきた書き方ですね。
第121回直木賞受賞作
『王妃の離婚』
集英社文庫/820円(本体)+税
―下書きを手書きで行うことにはこだわりが?
デビュー以来ずっとワープロで書いてきたんですが、そのうち「なんか違うぞ」と思うようになったんです。決めのセリフや魅力的なシーンは、手書きの勢いがあってこそ生まれてくるものではないかと。キーボードを打っていると、生の言葉ではなく作った言葉が出てきてしまう気がしたんですよね。それで、手書きで下書きを作るようになりました。
ちなみにこの下書きの段階では、ほとんどセリフだけで話を組み立てています。まずセリフを用いて人間の動きを書いてみる。というのも、以前フランス映画をよく観ていたのですが、作中のセリフがとても良かったんですね。詳しく調べてみると、脚本を書くにあたってセリフ専門の人とストーリー専門の人がいて、分業で書いているらしく。そうか、僕は両方同時にやっているから、地の文に引きずられてセリフがぎこちなくなってしまっているのかもしれない。そう思ってセリフと地の文を別々に書くやり方を始めてみました。
―その後、登場人物にはどうやって肉付けをしていくのでしょう。
よく、歴史小説は調べすぎない方がいいと言われますよね。史実に足を取られてしまうから。けれど僕としてはむしろ逆で、調べれば調べるほど人物を濃く描ける気がするんです。史実を調べるということは結局、その人のエピソードをたくさん集めるということなんですよね。調べて調べて、ここにナポレオンがいたらこういうことを言うだろうなと想像できるようになったらこっちのもの。それまではいくら書いてもぎこちないし、物語を無理やり進めている感じがするんですが、キャラクターが勝手に動き出すというところまできたあとは、わりと楽に書くことができますね。
佐藤さんから見た「小説すばる新人賞」とは
―小説すばる新人賞に対してどんなイメージをお持ちですか?
僕のデビュー当時は、小説すばるも現在と比べるとまだ小ぢんまりとしていましたが、集英社から新しい作家をだしていくぞ、という勢いと熱気に満ちていました。それもあって新人作家を大切にしてくれた。仮に他の賞でデビューしていたとしても、こういう形で作家としてやってこられたかどうかは分からないですね。同じ年代にデビューした人もほとんど残っていないんです。残っているのは、僕と村山由佳さんくらいじゃないかな。
―最近の小すば新人賞の受賞者について、何か思うことはありますか?
いや、やっぱり皆さんうまいです。昔の自分と比べてみても相当うまいし、作家になりたい人たちが狙ってくる登竜門的な賞なんだと感じますね。それから比べるとデビュー当時の自分はものすごく粗削りで、編集者が頭を抱えるくらいだったと思います(笑)。
ただ一方で、最近はちょっと洗練されすぎている感じもあって。新人なんだから欠点も長所も含め、もっと凸凹していてもいいんじゃないかとは思います。無理にまとめる必要はないというか。新人賞なので、誰も完成品は求めていないんです。「自分は人とは違ってこういうものが書けるんだ!」と、粗削りでもいいから力強くだしてもらったほうが、編集者も面白いと思うんじゃないでしょうか。
「とにかく書いてみる」努力を
―新人賞を目指す方々に向けて一言お願いします。
「作家って才能ですか? 努力ですか?」と聞かれることがあります。たしかに、光る一シーンや一文は才能がないと書けない。でも逆に言うと、そこ以外は努力で書けるんです。いくら才能があっても、努力しないと一作を書き通すことはできない。変な例ですけど、ダ・ヴィンチって未完成の作品がすごく多いですよね。彼は天才だから、瞬間的な一筆は物凄い。でも天才の彼ですら、最後まで描き上げるためにはやっぱり努力が必要なんです。最後までやろうと思うと、モナ・リザみたいにずっと手元に置いておかないといけない。彼の場合はパトロンがいたからよかったんですけど、今はもうそういう時代ではないですよね。大衆向けに書いて、そこからフィードバックをもらう時代なので、やっぱり作品は仕上げないといけないんです。毎月原稿を仕上げるにしても、単行本の書下ろしにしても、一作書き上げるとなるとそれはもう物凄い努力が必要になるわけです。そういう意味でも「とにかく書いてみる」という作業は一番重要かもしれないですね。
―才能も必要だが、努力も欠かせない、と。
そうですね。加えてやはり、作家を仕事にするためには何か強みがあったらよいと思います。才能も努力も必要だけれど、そこにプラスした何かが必要。誰でも一つは小説を書けるんですよ。自分のことを書けばいいから。でも、職業作家は自分の話を延々と描き続けることはできない。手を替え品を替え、いろんな人の話を書かないといけないのですが、その時にどうやってネタを仕入れて、どうやって書くか。ここだったら負けない、というものを何か持っていると強いと思いますね。
【プロフィール】
佐藤賢一(さとう・けんいち)◆ 1968年山形県生まれ。山形大学教育学部卒業後、東北大学大学院文学研究科で西洋史学を専攻。93年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞を受賞。99年『王妃の離婚』で第121回直木賞を受賞。2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『ハンニバル戦争』『遺訓』など著書多数。最新刊は『ナポレオン』。
※小説すばる新人賞についての詳細や応募方法については、以下のページをご覧ください。http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/award/
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