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直木賞作家・荻原浩が漫画家デビュー! 『この世界の片隅に』著者・こうの史代との特別対談を全文公開!【前編】

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“凡人”だから、物語を紡げる。
『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』刊行記念特別対談 こうの史代×荻原浩【前編】

愉快に笑ったあと、気づくとしんみりする。怖ろしそうなのに、なぜだか胸が温まる。喜びとペーソスに満ちた作品で人気の小説家・荻原浩さんが、60代にして「漫画家」デビュー!
『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』は、ハートフルでノスタルジックな筆致をベースにSFやホラー、社会風刺など、さまざまな要素を取り込んだ短編漫画8編からなる、珠玉の作品集です。
刊行を記念してお招きしたのは、映像化された『夕凪の街 桜の国』や『この世界の片隅に』、また、『ぼおるぺん古事記』や『日の鳥』など繊細かつ斬新な作品を次々世に送り出す漫画家・こうの史代さん。
以前から大ファンだという荻原さん、やや緊張の面持ちです。

後編はこちら

構成=大谷道子/撮影=冨永智子

40年越しの「怨念」を込めて?

荻原 こうのさんの作品を以前から読ませていただいていました。もう、本当に素晴らしくて……。小説家に会うときはまったく平気なんですが、そんなわけで、今日はとても緊張しています。

こうの わたしも『海の見える理髪店』(集英社文庫)などの作品を読ませていただいて、こんな素敵な小説を書かれる方が漫画までお描きになられるなんて、すごいなぁと……。どうして描いてみようと思われたんですか?

荻原 漫画家になりたいと思ったのは、実は小説家よりも先なんです。今から40年以上前になりますが、大学4年のとき、会社に勤めたくないという、ダメなヤツの典型みたいな発想で、「よし、漫画家だ!」と。

 こうの モラトリアムというやつですね。

荻原 ええ。わりと絵は得意で、周りからもうまいと言われていたんですが、これがぜんぜん描けなくて。鉛筆で下描きはできるんですが、ペン入れを始めた途端に……。これ、漫画家になりたい人間のつまずきの、初歩的なやつらしいですね。

こうの 下描きのとおりに描けない、ということでしょうか。

 荻原 描けないですし、ペン先からこう、(インクが)ボタッ、ボタッと垂れて。

こうの ああ、まずペン先を拭かないといけないんですよ。保護の油が塗ってあるので、それを落とす必要があるんです。

荻原 そういうことだったのか……(苦笑)。いや、どちらにしても、まるで思いつきだけでしたから。小さい頃から石ノ森章太郎の『マンガ家入門』(秋田文庫)を読んでいて、憧れの職業ではあったんですけど、ちゃんと行動してこなかった、ただの自分探しダメ野郎でした。

こうの 小説家になりたいと思ったことも、少しはあったんですか?

荻原 文章はそんなに好きではなかったんですよ。卒業して広告業界に入って、一応文章の仕事をしていたんですが、まったくの筆不精でした。それでも独立して事務所を構えて、わりといい感じで仕事が来て、それなりに達成感もあったんですが、40歳くらいの頃、「俺の一生、このまま終わっちゃうのかな」と思って。何か違うぞと思って、急に小説を書き始めたんです。

こうの へぇーっ。

荻原 それで運よく20年やってきて、60近くになったときに、また「このままでいいのかな?」と……。だいたい20年周期で、そういう時期が来るみたいなんですね。

こうの フフフ。でも、漫画もすごく面白かったです。SFとか、懐かしい感じのものとか、いろんなタイプの作品があって。最初に描かれたのはどれですか?

荻原 「小説新潮」に寄稿した4コマ漫画「吾輩は猫であるけれど」です(『吾輩も猫である』新潮文庫に収録)。夏目漱石の没後100年・生誕150年記念の猫特集のときに、自分で売り込んだんですよね。「小説は無理ですけど、漫画なら描けるかもしれません」って。

こうの これ、大好き。かわいい猫のモデルが、明るいところに行ったりフラッシュを焚いたりしたら目つきが怖くなってかわいくなくなるのとか、最高ですよね。

荻原 ありがとうございます。とにかく、描けるものを描こうと思ったんですね。人間はダメでも猫や子どもなら描けるんじゃないかと。それまで自分のエッセイの挿絵を描いたことはありましたが、漫画は何十年も描いてなかったので、結局長編小説半分くらいの手間暇がかかりました。

こうの 今回の作品集に収録されている作品の中では「祭りのあとの満月の夜の」もいいですね。いちばん好きかもしれない。

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「祭りのあとの満月の夜の」(『人生がそんなにも美しいのなら』所収)

荻原 「小説すばる」で連載したときの最初の作品で、4コマじゃないものはこれがはじめてでした。どんどん変化していく、びっくり絵本みたいな感じですね。

こうの 絵柄も、どんどんこなれていってますよね。いちばん新しい作品は?

荻原 「大河の彼方より」です。この単行本のために描き下ろしたもので。

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「大河の彼方より」(『人生がそんなにも美しいのなら』所収)

こうの これも好き。諸星大二郎さんの読み切りと、ちょっと作風が似ていますよね。

荻原 諸星さん、大好きです! 「週刊少年ジャンプ」にはじめて載った「生物都市」(『諸星大二郎自選短編集 彼方より』集英社文庫所収)を読んで、「俺も手塚賞を獲りたい」と思ったことがあって……。実は、最初に話した、ボタボタの下描き数枚で終わったのはこの作品で、本当は手塚賞に応募するつもりだったんです。

こうの じゃあ、構想40年なんですね。

荻原 はい、技術も40年前で止まっている感じですが。描いているときは、もう気負っちゃって気負っちゃって……。

こうの 昔の自分に申し訳が立つように、ってことでしょうか。でも、今でも描きたかったということですよね。

荻原 そうだったんだと思います。40年って、ほぼ怨念ですね(笑)。まあ、ストーリーは成仏させてあげられたかなとは思いますが、やっぱり絵が……。

こうの でも、けっこういい形になっているんじゃないでしょうか。情報量がテーマに合っていて、ちょうどいい気がします。

荻原 そうでしょうか。こうやって本を出す以上は、読者の方に読んで驚いてほしい気もするんですが、一方で「あんまり読まないで……」と、本を抱いて消え去りたい気持ちもあるんです。

こうの でも、貴重な作品集ですよ。一編一編が読み切りで、しかも違う絵柄やシチュエーションを実験しながら大切に描かれた漫画って、なかなかない。今は、続きが気になる長編やスマホで手軽に読めるものなど、早く描けて長く続けられる漫画が多くなっている時代ですが、こんなふうにきちっと作られた短編集が世に出るというのは、漫画業界にとっても新たな希望になるんじゃないかと思います。

作品が、作家の想像を超えていく

荻原 ありがとうございます。その言葉を支えに生きていけそうですが、僕なんかよりこうのさんのお話を……。あのー、質問してもいいですか? 普段はつけペンで描かれているんですか。

こうの そうですね。でも、『ぼおるぺん古事記』(平凡社)を描いてから、ボールペンの面白さに目覚めまして。

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『ぼおるぺん古事記(一)天の巻』(その一「なれりなれり」)より

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『ぼおるぺん古事記』
(全三巻/平凡社)
 

荻原 すごい作品ですよね。いちばん描きづらい画材のような気がするんですが……。

こうの つけペンだとシャープな感じになるんですが、私、絵柄的にそんなにシャープなものを求めていないような気がして。その点、ボールペンはちょっと味があって面白いかなと思ったんです。愛用していたペン先や漫画原稿用紙が廃番になったりして、いろいろと模索していたときだったので、思い切って試してみました。1本70円、80円で買えて、安上がりですし(笑)。

荻原 チラシみたいな紙に描かれた作品もありましたよね。えーと、これだ。

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「古い女」『平凡倶楽部』所収

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『平凡倶楽部』平凡社

こうの これ、本当にチラシに描いているんですよ。柄が透けるように、油絵用のオイルを塗ってその上から。編集さんが、それふうに重ね刷りしますよって言ってくださったんですが、ちょっとやってみたくて。

荻原 へえーっ。あと、『この世界の片隅に』(双葉社)では、主人公が右手を失ってからの背景を、左手でお描きになったと。

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『この世界の片隅に』下巻(第35回 20年7月)より

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『この世界の片隅に』
(上・中・下巻/双葉社)
 

こうの はい。背景だけですけどね。1話ぶんだけすべて左手。残りは下描きは右手で、ペン入れを左手で。

荻原 しかもそのことを、とくに大きく打ち出してはおられないですよね。なぜそこまで?

こうの やっぱり、ちょっとやってみたかったんじゃないでしょうか。主人公の失ったものは、そう簡単に戻るものじゃないということを、自分の中でずっと心に留めておきたかったんだと思います。左手はとくに上手に使えるわけじゃないですから、しばらく練習はしました。でも、あんまり上手になり過ぎてもいけないから、途中でやめて……心配しなくても、そこまで上手にはならなかったですけど(笑)。

荻原 ああ……。お聞きして、だからああいう素晴らしい作品になるんだと、あらためて思いました。描き込みもすごい。漫画を描いていて行き詰まると、こうのさんの作品を読み返して……たとえばここ(『この世界の片隅に』の海苔を干す場面を示す)を見て、「お前はこんなふうに海苔の一枚一枚を描けているのか?」って。

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『この世界の片隅に』上巻(第1話 18年12月)より

こうの そう思っていただけたらうれしいです。私、本当に描くのが遅いんですよ。お話を考えるのが、だいたいの目安として、ページ数と同じくらいの日数がかかるんです。16ページなら、ネーム(セリフや場面を大まかに示した絵コンテ)を作るのに16日くらい。で、作画に入ると、その7、8割くらいの日数が。

荻原 僕なんかはペースも何もないんですが、プロの方がサラッと描くネームも、僕の腕前だと誰も信用してくれないので、かなりちゃんと描き込みました。ひと月くらいかけて、人の顔までしっかり。

こうの (荻原さんのネームを見て)うわぁ、すごい。きれい。ここまで描き込まれると、作画に入ったときに落ち込みませんか? 「あのときのほうがよかった」って。

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「とうもろこし畑の伝言」
(『人生がそんなにも美しいのなら』所収)ネーム

荻原 そうなんです! その通り。

こうの ネームを描きすぎると、「前のよさが出ていない」と落ち込んで、やる気が途切れてしまうんですよ。だから、ネームはちょっとデッサンが狂ってるくらいで止めておいて、ペン入れまで本気が続くようにするんです。編集さんに「まあいいですよ」と言われたら、心の中で「こんなもんじゃないんだ、今に見てろよ」って(笑)。

荻原 ハハハ。しかし、本番でも左手で描いてるんじゃないかと思うくらい、僕はうまく描けなかったですね。頭の中ではできているのに……。本ができた今でも、時間さえあれば全部描き直したいくらいです。

こうの 私もそうですよ。本になったときに「もうちょっと何とかしようがなかったのか」と思ってばかりです。でも、たまーにですけど、自分の頭で考えたよりもよく描けることもあるんですよね。物語も、思った枠にはまらないことは多いですけど、そういうときは想像を超えた、作家本人にとってももう未知の領域に入ったな、と思います。

“凡人”だから、物語を紡げる。『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』刊行記念特別対談 こうの史代×荻原浩【後編】へ


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『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』

2020年4月24日、集英社より発売!

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集英社文芸公式サイトでもインタビュー全文公開中!




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