小説すばる新人賞歴代受賞者インタビュー「こうして私は作家になった」 第2回・篠田節子さん
『小説すばる』1月号よりスタートした、小説すばる新人賞受賞者によるリレーインタビュー企画。
小説すばる新人賞出身の作家の方々に、創作活動の裏側から新人賞を目指す人へのアドバイスまで、幅広く語ってもらうコーナーです。
第1回の佐藤賢一さんに引き続き、第2回は篠田節子さんにご登場いただきました!
重厚なテーマと壮大なスケールの物語を支えていたのは、デビュー前後に書いた膨大な枚数の原稿。
新人賞「その後」への心構えは、作家を目指す方、必読です。
デビューまでの道のり
─小説を書き始めたいきさつについて教えてください。
三〇歳になった頃、文章講座と間違えて朝日カルチャーセンターの小説実作講座に申し込んだのがきっかけでした。そもそも文章講座に通おうとしたのも、大きな目標があったからというわけではなくて、当時勤めていた八王子市役所で、広報紙の文章を担当できればいいなと思っていたからですね。講座冒頭で、先生からまず小説を書くこととその他の文章を書くことはまったく違うんだと説明されて、そこではじめて驚いたくらいです(笑)。
でも教室に通ううちに、子供時代、ノートに物語や漫画もどきを書いたりして、「お話をつくる」ことを楽しんでいた記憶がよみがえってきたんです。それに何を書いても必ずほめてくださる生徒の方が一人いらっしゃいましてね。豚もおだてりゃ木に登るわけで、せっせと書き続けていました。その後、別の小説教室に移りましたが、そのころには「もしかしたら、自分の書いたものが活字になるかも?」と夢想したりしていました。
─小説講座の授業のなかで印象に残っていることはありますか?
二つあります。まずは、些末主義に陥らないこと、という指導。主人公の名前などの細かな設定や細かな表現にこだわっていてはダメ、とにかく粗くてもいいから最後まで書きなさいと。文章に凝るより主人公をきちんと動かせ、ということですね。
もう一つは、生徒同士で批評をしないということ。これは絶対のルールでした。評論家気分で文壇ごっこをやっているのは危険。自分の小説が書けなくなるし、小さな集団のなかでもてはやされる作品と、出版できる可能性を秘めた作品は別物。自分の力を試したければ、まずは新人賞に応募するのが大変そうに見えて、一番いい方法でしょうね。
─『絹の変容』を賞に応募されたきっかけはなんだったんでしょう?
『絹の変容』はもともと「野蚕乱舞」というタイトルで、九〇枚くらいの短編だったんです。それを読んだ先生に「これは面白いから、新人賞に出してみるといい」と言われて、朝日新人文学賞に応募しました。これは純文学向けの賞だったのでもちろん予選敗退。そのあとにSF同好会に所属している友人が、「これは短編じゃなくて長編の題材ですよ」と言ってくれまして、長編に書き直してから再度応募した先が、小説すばる新人賞でした。
第3回小説すばる新人賞受賞作
『絹の変容』
集英社文庫/450円(本体)+税
─たしかに、『絹の変容』は、八王子の養蚕業を入り口に、未曽有のバイオハザードが起こるという作品で、新人離れした壮大な設定だと改めて思いました。どこから着想を得られたんですか?
これは新聞記事でしたね。市役所の転員として図書館に勤めていたころ、八王子市の関連記事をひたすらスクラップする仕事がありました。そのときこの物語に書いたような蚕の実験が行われているという記事を見つけて、単純に恐ろしいと思ったことが始まりでした。
─他にも市役所で働かれていたことが執筆に与えた影響はあったんでしょうか?
市役所は中央官庁と違い、いろいろな分野の仕事をする機会があるんです。その中で実務のための文書や論文といった固めの情報に触れることが多いんですよ。そういった文書の内容の方がある意味では現実よりぶっとんでいますから、小説を書くときに大変参考になります。
退職する直前は保健予防課というところにいて、集団予防接種を担当していました。空いている時間には現場の職員に向けた資料本を読むように指示されていて、この経験と知識はのちに伝染病を扱った『夏の災厄』に活かされました。
『夏の災厄』
角川文庫/840円(本体)+税
新人賞の「その後」を見据えて
─最終候補に選ばれてから、デビューするまでどんなふうに過ごされていましたか?
とにかく書きまくっておりました。というのも、小説講座で先生から新人賞は恐ろしいものだと散々聞かされていたので。受賞直後は脚光を浴びて、顔写真も出て、たくさんの出版社の方から名刺をもらって、ついに作家になったぞ! とスター気分を味わいますが、実績を作らなければ翌年には誰も相手にしてくれなくなる。小説すばる新人賞を目指す方たちにはぜひ覚えていてほしいのですが、生き残るための心構え、「夏に最終候補に残る、そのあとボーッと待っているのはただの馬鹿」です。
説明しますと、夏には最終候補になったことがわかりますよね。最終候補に残った瞬間から、もう次の作品を書いていないといけません。秋に受賞者が決まるまで、二か月あれば長編の第一稿があがる。受賞してもしなくても、その段階ですでに次の作品があるのは相当な強み。つまり、まわりがお祭り騒ぎをしているうちに一気に仕上げ、「注目の新人」である間に編集者に読んでもらう。たとえ落選しても次の弾があれば、今年の最終候補から来年の作家デビューにつながっていく。努力します、じゃなく実績をつくること。もし受賞した年の年末年始なんて、餅ついてる場合じゃねえ、ですよ(笑)。
─篠田さんの場合は、受賞後も立て続けに作品を発表されていますね。
デビュー後は、他社の編集者さんに原稿をお見せする機会も増えました。いろいろなことをおっしゃる人がいましたね。ある編集長から「都会のOLの恋や悩みを書いてください」といわれて、ボツ。また別の出版社の編集者からは自社本を前に「いつまでもこんなものを書いていちゃだめだ、君はもっと重厚で分厚いものをバーン! と書くんだよ」と説教されたり。
前者は単純に「うるせえ」ですが、「軽いものを書くな」という言葉にははっとさせられるものがありました。小説教室時代から、どんな題材でもリアルに重苦しく書かずにはいられない性質で、もともと軽い読み物には向いていなかったんですね。それをはっきり指摘されました。今後自分の書きたいものを書くためには、作家としての筋力と体力を鍛えていかないといけないと、教えられました。
─そしてデビュー以降、長編への挑戦が始まったんですね。
これがまたとても大変で、ボツに次ぐボツ。でも初期の全ボツ作品は財産です。タダで編集者の添削コメントがもらえてラッキーだなぁと思っていました(笑)。プロットや冒頭二〇枚は財産にはならないけど、最後まで書き切ると、価値が生まれる。無駄を省いて効率的に書いていく方法があったとしても、小説に限って言えば、そうとも限らない気がします。でも最初の一年で千枚分がボツになったと、花村萬月に話したら「俺はこれまでボツ出したことねえぞ」と呆れられましてね。これは人それぞれですね。
─全ボツになった作品はどうされたんですか?
出版社からの帰り道、ファーストキッチンで編集者からの意見をもとに直しのメモを入れて、しばらくは寝かしておきます。そのあと、他社の編集者とやり取りする機会があったときに、引っ張り出してきて一生懸命ブラッシュアップ。「こんな作品はいかがでしょうか。すでに原稿あるんです」とデータフロッピーを郵送していました(当時電子メールはなかったので。笑)。実は『夏の災厄』や『ハルモニア』は、そんな経緯があって世に出た作品なんですよ。
『ハルモニア』
文春文庫/686円(本体)+税
具体的な執筆方法について
─作品を書かれるときの流れについて教えてください。
題材が最初に目にとまり、自然に作品世界が立ち上がる。それからプロットをたてて、二つをあわせて作品の骨組みをつくります。そして骨組みをもとに第一稿を書きながら並行して取材をします。次は追加取材と直しを入れながら第二稿、第三稿。文章を整えて、細かい部分を調整するのは第四稿、第五稿、の流れです。
─取材と執筆を同時に進められているのには驚きました。バランスはどのようにとられているんでしょうか?
取材を進めるうちに、物語と齟齬が出てきます。その場合は、組み立てた物語をいさぎよく壊しちゃうんですね。自分の頭のなかで考えたことには限界があるし、取材をしていくうちに、もっと驚くようなデータや面白い事実がざくざく出てきますから。取材で得たアイデアを小説で成立させるために、破壊と構築を繰り返していると、不思議と物語って一回りも二回りも大きくなっていくんですよ。
『鏡の背面』もそうでしたが、構造が複雑に入り組んでいる作品に関しては、新聞紙大の紙に、要素を書いた個別の紙を張り付けて、「これとこれは関係がある」「因果関係はこう」と手を動かしながらグルーピングして整理をしています。
『鏡の背面』
集英社/2000円(本体)+税
─応募される方のなかには、せっかく構想がまとまっても、どこから取材に手をつけていいかわからない人がたくさんいそうです。
矛盾するようですが、取材に時間と労力を割くのは、デビューしてからでいいと思います。取材より、まずはのびのびとお話をつくること、小説らしい表現をしていくことの方が先。素人にとっては、全く知らない世界を取材して書くのはハードルが高いので、自分の強みを活かせるところから攻めていくのがいいかと思います。『絹の変容』を振り返ってみても、ほとんど新しく調べはしなかったですね(笑)。新書一冊分くらいの最低限の養蚕の知識と八王子という身近な地域のなかで完結させました。何度も言うようですが、大切なのはその後、です。
─作品のテーマもあらかじめ決められるんでしょうか?
題材とテーマは似て非なるもので、テーマ自体はどの作品にも通底していると思います。誰しもが自分のなかに持つ規範や思想に関わってくるものですので、書いていると自然に表れてくるんですね。なのでテーマそのものを直接言葉にすることにこだわらなくてもいいと思います。
篠田さんから見た「小説すばる新人賞」とは
─小説すばる新人賞に対してどんなイメージを持たれていますか?
間口が広いイメージですね。いろいろなジャンルを受け入れてくれる懐の深さがある賞だと思います。
─新人賞を目指す人に一言お願いします。
自分の想像力を文章にする、ということに尽きるかと思います。書きたいものがあるから、作家を目指されるんだと思いますので、その気持ちと志を大切に、まずは書き上げること。そして書き続けることでしょう。
【プロフィール】
篠田節子(しのだ・せつこ)◆1955年東京都生まれ。90年『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。97年『ゴサインタン』で第10回山本周五郎賞、『女たちのジハード』で第117回直木賞、2009 年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で第61回芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で第10回中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で第53回吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。母の介護と自身の闘病体験をつづったエッセイ集『介護のうしろから「がん」が来た!』が好評発売中。
※小説すばる新人賞についての詳細や応募方法については、以下のページをご覧ください。http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/award/