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MMA(総合格闘技)におけるラウンドマスト判定の歴史と、RIZINルール / トータルマスト判定との比較

 今週末は、記念すべきRIZIN初のケージ大会Trigger 1stです。

 しかもルールはRIZINのMMAルール。ケージだけどサッカーキックも見れるし、アクシデントやドクターチェックが入らない限りストップ・ドントムーブもなくなると思いますから、個人的にはとても楽しみにしているんです。しかもそれでいて「トータルマスト判定」ということになるんで、ある意味、MMA史に残る大会になるのでは?と期待してます。
 
 いい機会ですから、今回は対戦カードではなく、北米の「ラウンドマスト判定」がいつ産声をあげ、どのように進化していったのか?そしてジャッジのスコアリング基準と問題点、「トータルマスト判定」との比較について書きたいと思います。

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HISTORY /
MMAのことなんて、頭の片隅にもなかったでしょ?

 日本の格闘技ファンの間では「ラウンドマスト判定」として知られている「10ポイントマストシステム」ができたのは1968年。
 World Boxing Council(以下「WBC」)という組織が作ったものなんですね。
 表向きの理由は、国内でも海外でも、ボクシングの試合の判定基準が曖昧すぎるから。 
 非公式な理由は、八百長試合や不正を行うプロモーターやジャッジを減らすため、だったんです。
 当時はほとんどの州にアスレチック・コミッション(以下「コミッッション」)という組織が存在してなかったんで、大会を運営する人たちが全てを仕切っていました。
 独自の判定基準を打ち出し、ジャッジやレフェリーも自由に選ぶことができたんで、インチキを企てるのも、そんなに難しくなかったんです。

 さて、この「10ポイントマストシステム」というのは、どういう制度なのかを、まず説明したいと思います。
 ジャッジは常に3人。
 それぞれリングサイドの違う位置に座り、試合中はお互い話をすることが禁じられています。厳密には、公式ルールによるとインターバルの最中はジャッジ同士で話をしてはいけない、なんですけど、3人とも離れたところに座る訳なんで、実質上、試合中は話せないということになります。
 ジャッジはラウンド毎にスコアリング(採点)し、それを大会運営組織(現在ならコミッション)に渡します。2ラウンドが終わった時点で1ラウンドのスコアを変えることはできませんし、試合全体を見てスコアリングすることもできないんですね。

 スコアリングには10ポイントシステムが適用されます。
 この10ポイントシステムというのは、このラウンド勝ったな、と思った選手の方に10をつけ、負けたと思った選手に9かそれ以下をつける。
 ノックダウンを喰らったり、明らかにラウンドの大半やられてたら、8をつけられることもあります。
 逆に接戦で優劣をつけることができない場合は10−10とスコアリングしても良いですし、例えばラウンドを取った選手が、なんらかの反則を取られ減点を喰らったら、9−9になることもあり得る、ということなんです。
 全てのラウンドが終わった時点で決着がついていなければ、試合の勝敗は、ジャッジのスコアリングに委ねられます。
 ジャッジは3人いますから、当然様々な結果が考えられるんで、スコアリングの一例を用いり、それぞれの判定結果をカテゴリー別で並べると:
 
 29-28 / 29-28 / 29-28だったらユナニマス判定。
 29-29 / 29-29 / 29-29だったらユナニマス・ドロー。
 29-28 / 29-28 / 29-29だったらメジョリティー判定。
 29-28 / 29-29 / 29-29だったらメジョリティー・ドロー。
 29-28 / 29-28 / 28-29だったらスプリット判定。
 29-28 / 28-29 / 29-29だったらスプリット・ドロー。
 
 ということになるんですね。
 他にもレアケースで、テクニカル判定とテクニカドローということもあり得ます。
 故意ではないバッテイングとかサミングなどですね。そんなアクシデントで試合続行が不可能となり、その時点でスコアリングをして、反則された方が勝っていたらテクニカル判定。
 同じシナリオで、反則を犯した方の選手が勝っていたらテクニカル・ドロー。
 映画「ロッキー2」のラストで、もしもロッキーとアポロ2人とも立ち上がれなかったら?大阪城ホールでの藤波辰爾対前田日明みたいなダブルノックダウンなんてことが起きたら、これも、テクニカル・ドローとなります。
 故意の反則だとみなされたら、反則を犯した方が失格で負け。アクシデントとみなされたらノーコンテストとなることもあります。
  
 それならアクシデントが起きたことで試合続行不可となった場合、何ラウンドまでいってたら、または何分経過していたらスコアリングすることになるのか?に関しては、これ、面白いことに、2001年にニュージャージー州のアスレチック・コミッション(New Jersey State Athletic Control Board - 以下「NJSACB」)が作成し、2002年同州政府に承認された北米ユニファイドMMAルールだと「それ相当な(Substantial)」時間が経過していたら、と書いてあるんですね。
 何ラウンドとか何分とかは明記されていないんです。

 そこで早速NJSACBCのニック・レンボに確認したら、この部分は州によりけりだったとのこと。確かにどの州のルール・ミーティングで、わたしが必ず聞いていた質問の二つ。一つは金的を喰らった時のリカバリータイム。そしてもう一つはこれでした。
 何ラウンドまでいったらジャッジのスコアリングになるの?
 当時、ほとんどの州で言われたのは、2ラウンドに入ってからだったと記憶しています。
 ちなみにリカバリータイムは、金的やサミングなら5分。それ以外はドクターが試合続行できると判断するまで。ちなみにドクターチェックは5分以上かかったら試合続行はなし、となります。
 面白いのは、金的やサミングでもリカバリータイムは試合全体で5分しか使えないなんていう州もありました。
 試合中にアクシデントが1回以上起きることもあるんだから、それって、誰かが何分何秒って数えるんですか?と聞いたら、答えは、タイムキーパーがやります、でした。

 このボクシングというスポーツのために、50年以上も前にできたこの「ラウンドマスト判定」が、そのままキックボクシングやMMAなどのスコアリング・システムに使われたのが、北米ユニファイドMMAルールの始まりなんです。

 これって、よく考えてみれば、おかしな話だと思うんですね。

 大体この制度を作ろうとWBCが専門家を集め、ああだこうだと鳩首凝議した時に、MMAのことなんて頭の片隅にもなかった訳ですから。
 MMAという言葉すらなかった時代にできた制度を、そのままMMAという違うスポーツに適用するのなら、MMAに合わせて改正しないと、競技なんで技術という観点からしても網羅できないところができ、矛盾が生じるのは当たり前だと思うんですよね。
 これに関しては後で触れますけど、コミッションがルール改定を繰り返しているのは、北米ユニファイドMMAルールは進化をし続けていかないいけないもの。まだまだ完璧ではないという意味なんですよね。

 *2000年に、アメリカではNJSACBがどの州よりも先にMMAの大会を承認し、翌年に公式のユニファイドMMAルールが作成された際、大半のMMAファイター、関係者、ファンが一番初めに指摘していたは、次の二点でした。

 まず、この10ポイントシステムの根底にある考えが、どちらの選手の方が多くのパンチを当てたのか?そして何度ダウンを取ったのか?を数えるためのものであって、ダメージを測る物差しがダウンしかない、という点なんですね。
 そしてもう一つは、これはもう書かなくても皆さん、お分かりになると思いますけど、MMAは、打撃で相手を倒す以外に、テイクダウン、グラウンドコントロール、そして関節技や絞め技で勝利を収めることもできるスポーツなんで、それをどんな基準でどうスコアリングするのかが明確ではない。
 例えばテイクダウンをボクシングのダウンと同じと捉えるのなら、ボコボコにされても、ダウンを喫せずに、テイクダウンをとられないようにして、毎ラウンド一度でも良いからテイクダウンをとったら、その選手の勝ち、とスコアリングしないといけないのか?という話になるんですよね。

 2002年に承認されたNJSACBのユニファイドMMAルール上、ジャッジのスコアリングに関しては、こう書いてあるんです。

 ラウンドの大半が打撃の展開だったら、打撃でリードしていた選手の勝ちとスコアリングする。
 半分以上がグラウンドでの展開だったら、グラウンド戦で分にあった方につける。
 半分以上劣勢だった選手が、これを覆せるのは、ダウンを取ったり、または関節技か絞め技に相手を捉え、ニアフィニッシュまでいったら、でした。
 要はダウンを取ったり、「キャッチ」と呼ばれる状態まで持っていけば、例えば初めの4分間劣勢だったとしても、ラウンドを取ることも可能だったんですね。
 これはルールブックに書いてはいませんでしたが、当時NJSACBがルールミーティングで選手に説明していた「半分以上」とは簡単に区切って2分30秒以上。「テイクダウン」の定義は、倒すだけでなく、倒して、相手の背中が数秒マットにつき、上になった方の選手が次の動きに行けるポジションになったら、テイクダウンとみなす、でした。
 けどこのテイクダウンが、打撃によるダウンと同じ比重を持つのか?に関しては明確ではありませんでした。
 そしてもうこの時から、接戦でも勝った方に10−9とスコアリングするように、と書かれていたんですね。
 MMAの試合のほとんどが3ラウンドしかないから、ドローばかりという結果にならないように、というのがその理由でした。
 それもありラウンドマストシステムの「マスト」を、必ずラウンド毎にどっちかが勝ったのかを決めないといけないとか、どちらかに必ず10をつけないといけないと、今でも勘違いしている人が英語圏内にもいるのは事実なんで、ややこしいネーミングだとは思います。(笑)

*北米のコミッションがMMAの大会を承認するまでの歴史はこちらの方で書いてますので、よかったらご覧ください。

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TRICKSTER /
「顔芸」でラウンドをとった男

 これは個人的な見解ですけど、北米ユニファイドMMAルールが始動する前のMMA黎明期は、明らかにテイクダウンが、重要視されていたと思うんです。
 まだトータルファイターが少なく、特に打撃系の選手の大半は寝技対策が出来てなかったんで、一回でもテイクダウン取られたら命取り、みたいな展開の試合が多かったから、自然とそういう流れになったとわたしは思っているんです。
 ホイス・グレイシー選手がUFC初期の大会を制していた時は、どちらかというと、寝技、関節技、絞め技に対しての知識や経験のない選手相手に勝っていたと言えると思うんですね。
 そのあと、マーク・コールマン選手やマーク・ケアー選手、ドン・フライ選手、ケビン・ランデルマン選手ら、レスリング・ベースの選手がオクタゴンを席巻し、一回でも寝かせたら立てない選手が多かったことも手伝い、どうしても当時は、一回のテイクダウンが、打撃でフィニッシュ寸前まで追い込んだのと同じ比重でスコアリングされていたと、わたしは思っているんです。
 行き着くところは、この時期から5年以上経ってからスタートした北米ユニファイドMMAルールには、まだ全ての事柄が網羅されていなかった。スコアリング的に不明確な部分は、ジャッジそれぞれの「知識」の「印象」に委ねられていたということになるんですよね。

 だからあの時代のUFCで、長い間生き残りキャリアを築いてこれた選手たちの共通点の一つに、ジャッジが抱く「印象」を想像しながら闘うことができる、というのがあると思うんです。

 例えばRIZINファンの間では、予想屋(?)兼井上直樹選手のコーチとしても知られている水垣偉弥選手。
 彼なんて、ジャッジへの「印象」も武器の一つとしてうまく使い試合をしていた選手の一人だと思うんです。
 水垣さんがWECと契約したのは2009年。 
 当時の彼の師匠だった八景ジムの渡辺喜朗会長から、一番初めに聞かれたのが北米のでスコアリング基準に関してでした。
 ですから渡辺会長と水垣さんには、前述のスコアリングについて説明しました。
 そして、これは本人が覚えているか定かではないですけど、WEC二戦目、ジェフ・カレン選手との接戦を制した後に、ジャッジに与える「印象」について、もっと具体的な話をしたんです。
 ラウンド最後の30秒を切って上を取ってたら、別に当たらなくてもいいからパウンドをガンガンと落とした方がいいよ。ジャッジによって見えないけど当てっている、と思ってくれるかもしれないし。当たっているは、ダメージを与えている、よりポイントになるんだから。足取られて尻餅ついても、背中をべったりつけさせないで、それなりの早さで立てればテイクダウンを取られたという印象にはならないよね、といった類の話ですね。
 あれは食事した後に、タクシーを待っている時でした。
 ほんの少し話しただけですけど、彼は頭の回転が早いから、すぐに「あ、そうか」と言ったのを覚えています。
 それ以来、オクタゴンの中で試合後、水垣さんから発せられる第一声が「ジャッジ、どうっすかね?」と聞いてくることが多くなりました。
 ファンの皆さんからしたら、試合が終わって判定を待っている間に、選手はセコンド陣とどんな話をしているのか気になるところかな?と思いますけど、例えば、わたしの中では水垣さんのUFCの試合の中ではベストバウトの一つだと思っている、エリック・ペレズ選手との試合。あの試合後、判定待ちの間に、オクタゴンの中で水垣さんとわたしが交わした会話はこんな感じでした。
「どうっすかね、ジャッジ?」
「大丈夫だと思うよ。倒された時に背中もついてないし」
「そんなに立ち上がるのに時間かからなかったっすよね」 

 そんな水垣さんが、いかにジャッジの抱く「印象」を考えて冷静に試合をしていたのか。それがわかるエピソードがあります。
 日本人選手としては前人未到のUFC5連勝を達成した、フランシスコ・リベラ選手との試合でした。
 2ラウンドの終盤に、あのストライカーの水垣さんが、リベラ選手のバックに周りチョークの体勢に入ったんです。そして、ぐいぐいと締め上げた!ように見えたんですけど、あれ、本人も試合後言ってましたが、そんなに力を入れてなかったんですね。
 チョークで仕留めることはないだろうと悟った水垣さんは、絞めてるぞ!という表情を作っただけ。
 あれは「顔芸」だったんです。
 次のラウンドのことも考えたら、下手に絞めることに力を入れると腕がパンパンになってしまう。それならと、逃さない程度の力だけ入れて、あとはちゃっかりとジャッジには、攻めているぞ!という「印象」を与えることを忘れなかったんです。
 しかもあれは、取ったとは思うけど?ぐらいの接戦だった2ラウンドの最後の局面でしたから「顔芸」でしっかりとラウンドを取った、と言っても過言ではないと思うんです。
 こういった細かい部分の駆け引きのスマートさも、水垣さんがオクタゴンの中で7年間もサバイバルできた要因の一つだとわたしは思っています。

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CHANGE /
ユニファイドって「統一」ていう意味ですよね?

 ユニファイドとか言ってるけど、本当に統一されてるの? 

 これは初めから、多くの人たちが言っていることなんです。
 野球でもサッカーでもバスケットボールでも、どの国に行ってもルールは同じなのに、MMAは違うでしょ?

 北米のコミッションを統括するAssociation of Boxing Commissions and Combative Sports (以下「ABC」)が、MMAも我々の管理下におくぞ!と2001年に宣言したのに、結局カリフォルニア州で正式にコミッション管理でMMAの大会が開催されたのが2005年。
 ドラッグ(ドーピング)・テストという点でも、試合をするために必要なメディカルテストという点でも、完全に統一されているとは言い難い状況だったんです。
 試合に直接大きな影響を及ぼすレフェリーやジャッジの資格や選出方法も不明確でした。

 現在でも完全に統一されてはいないんですけど、当時はもっとバラバラ。
 例えば、膝や足首に巻くテーピング1つをとってもオッケーな州もあればダメな州もありますし、今でもミネソタ州だけはタイトルマッチでない限り、契約体重よりも1ポンドではなく2ポンド・オーバーまでオッケーなんです。ニュージャージー州ではインターバルのときにセコンドがケージに入る時は靴を脱がないといけなかった時期もありましたし、ノース・カロライナ州だけは当日計量があって、前日から〇〇ポンド以上増やしてはいけない、なんてこともありました。
 2008年12月10日に同州で行われたUFC: Fight For Troopsのメインで、吉田善行選手がジョシュ・コスチェック選手と対戦した時がそうでした。
 ウエルター級での試合だったんで、吉田選手は、前日計量から13ポンド以上増やしてはいけなかったんです。
 あの時は軍の基地内で開催された大会だったんで、ファイトウィーク間は基地から出ることを一切禁じられたんです。しかも最悪だったのは、基地内にあるレストランは一軒だけで、メニューはハンバーガーとピザとフライドポテトとポッポコーンとビールだけ。
 吉田選手の場合は、日本から色々と食べ物を持ってきたんでなんとかなりましたけど、他の選手たちにとって、調整はかなり厳しかったと思います。

 閑話休題。
 
 当時、何よりも辟易したのは、MMAを理解してないレフェリーやジャッジが多すぎたことでした。 
 短期間タイに行ってムエタイのコーチのライセンス取ってきただけ。それ、半分観光でしょ!?みたいな人もジャッジになれてたんです。
 まだMMAというスポーツに対してに認知度が低かったイコールMMAをしっかりとスコアリングできるジャッジが少なかったんで、資格という点では眉唾と言われても仕方ない人がちょくちょくいたんですよね。
 ネバダやニュージャージーのようにMMAの大会が頻繁に開催されていた州では稀でしたけど、他の州に行くと、ケージ中央で、アームロックを下から決めリバースしようとしてたのに、なぜかブレイクされて立たせたレフェリーがいたりとか。
 ふざけんなよ、と言いたくなったケースをあげていったらキリがないくらいです。

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