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葦津珍彦「時の流れ」を読み解く(10)「時局展望」第10回「依然三党が鼎立 歴史的総選挙後の政界」

「時局展望」第10回(神社新報昭和22年5月12日)

 前回は「時局展望」第9回「政党政治の前途 選挙法改正が齎すもの」を取り上げた。今回は昭和22年5月12日発行の神社新報第45号1面に掲載された「時局展望」第10回「依然三党が鼎立 歴史的総選挙後の政界」を取り上げる。署名は矢嶋生となっている。

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 本コラムでは、新憲法公布後初の衆参両院の選挙と各自治体選挙を終えるなかで、選挙結果の紹介とその分析、そして今後の政治情勢を見通す内容となっている。
 選挙結果としては衆参両院で社会党が比較第一党となり、同党片山哲委員長を首班とする政権が誕生することになるが、社会党はあくまで比較第一党であり、片山政権は社会党と民主党、そして国民協同党、参議院では会派としての緑風会との連立政権であり、非常に不安定な政権となる。
 本コラムが執筆、掲載された時点では片山政権は誕生していないが、いずれにせよ葦津はこの選挙結果から今後の政局の不透明さや不安定さを指摘するとともに、自治体選挙で保守系が善戦した事実や、参議院選挙でも旧貴族院議員などが多く当選した事実、また宗教関係者の当選などに注目し取り上げている。

自治体選挙について

 この自治体選挙は、現在まで続く統一自治体選挙(統一地方選挙)の第1回である。これまで各知事は内務官僚が任命され、市長も内務大臣の選任、町村長も各道府県知事の認可が必要であり、地方自治は完全には確立していなかった。しかし、この自治体選挙において知事や市町村長が選挙され、さらに自治体職員も地方公務員として独立することになり、地方自治が一応定まる。
 選挙の結果、旧内務官僚系の人士が多く当選し保守派の勝利となったが、葦津は今後の地方自治について

所によりては知事市町村長の所属党派と地方議会の多数党とが必ずしも一致しない所が出来る可能性がある。又中央政権と地方知事とが政党的に対立する場合も少からず現れて来るであらう。ここに様々の問題発生を予想される地方行政の中心的な問題として注目すべきであらう。

との課題を示している(言うまでもなく葦津が地方自治を否定的に評価していたということではない)。現在でも大変な人気で就任した知事が議会と対立したり、国と地方自治体が係争状態となることは珍しいことではない。葦津がここで示した課題は、今なお克服すべきもの、検討していくべき地方自治の課題として存在している。

参議院選挙について

 この参議院選挙は、貴族院が廃止され新設された参議院選挙の第1回である。やはりこの選挙でも社会党が比較第一党となったが、全体としては自由党、民主党などの保守政党の議席が多数となった。
 参議院は貴族院とは全く趣を異にするものとなったが、それでも立候補した旧貴族院議員のほとんどが当選するなどした。また和歌山の徳川頼貞や鹿児島の島津忠彦など旧華族の家柄に連なる人物も地盤に基づいて当選した。その上で葦津は本コラムにおいて

全国区の方ではかねての一般の予想通りに全国的な経済団体労働組合宗教教団等を背景に有する人々の圧倒的な強味が示されてゐる。全国区の宗教関係者には神社神道関係の三島通陽氏、基督教関係の田中耕太郎氏、西本願寺の梅原真隆氏、一燈園の西田天番氏、天理教の柏本庫治氏等々少なからぬ当選者を出してゐる。恐らく全国区選出議員百名中宗教団体関係者は十余名に及ぶと思はれる。

と全国で組織票を有する候補者が多く当選したことに触れる。葦津は前回の「時の流れ」において、参議院選挙の全国区は巨大組織を母体とする立候補者に有利で、いわゆる「死に票」が多く出るだろうと懸念を示したが、まさにその通りとなった。
 また

新憲法制定当時二院制度に反対し「将来参議院は保守反動の要塞となる」と主張し「参議院は民主々議の妨害であり有害無用だ」と共産党では主張したのであつたが、その共産党系が衆議院よりも参議院の方で二倍以上の比率の当選者を出してゐる。

と共産党に対し皮肉を述べている。

衆議院選挙と片山政権について

 新憲法公布下初の衆議院選挙、正確には第23回衆議院総選挙は、下馬評では自由党が第一党とされていたが、それを裏切るかたちで社会党が第一党となった。日本において初めて社会主義政党が勝利したわけである。
 ただし、この時点で片山委員長が首班指名されることが自明であったわけではない。第一党の党首が首班となるのが「憲政の常道」ではあるが、第二党、第三党である保守系の自由党と民主党が連立を組めば、それはそれで政権を構成することはできる。
 繰り返すように社会党は民主党や国民協同党と連立を組み、片山委員長を首班とする政権が誕生するが、政権運営は不安定であり、結局は短命政権で終わることになる。葦津は次のように分析している。

 社会党は第一党になつたけれども、その政治的経歴は終始野党であり、その人材においても政治批評家のみであつた。現下日本の最も重要な外務、大蔵の二相として実際政治の担当者たる適材を選び得るか否かは党の将来に決定的な影響を及ぼすであろう。たとへ片山首班が実現しても外務、大蔵二閣僚が保守派に占められたのでは実質的にはロボツト首相にされて終ふ懸念が著しい。社会主義政党と保守政党との連立合作の成否は今や全世界の注目を惹くにたる大問題となつてゐる。

 片山政権の外務、大蔵両大臣は連立相手の民主党が獲得し、社会党の力不足が露呈した。片山の退陣後、社・民・国協の連立は維持されたまま民主党の芦田均総裁が後継首相となるが、見方をかえれば民主党が政権をのっとったともいえるものであり、「全世界の注目を惹く」「社会主義政党と保守政党との連立合作」は、結局は保守政党の勝利だったともいえる。
 そして葦津は

 新憲法は最も典型的な議会内閣制度を規定してゐるが、これは二大政党の発達した所では比較的に運用が円滑に行くが、国会の勢力が三つ以上に分立した所ではその運用は極めて困難であり、政局は不断の動揺にさらされ、安定を保ち難い。小党分立の傾向を一掃すべく、選挙法の改訂が強行された結果、今度の選挙では国協党、共産党、無所属等の小党派は余程縮小された感があるけれども、社会自由、民主の鼎立は依然として解消しない。新憲法は発足と共に一つの大きな試練に直面したものと云ひ得るであらう。

と指摘して本コラムをとじるわけだが、自由党と民主党の合同による自由民主党の成立・55年体制が成立するまで、まさに政局は葦津のいうように不断の動揺のなかで推移していくことになる。

時局展望から週間展望へ

 なお、この年の「時の流れ」はこれをもって一旦休載状態となる。ただし、この年の9月から「週間展望」というタイトルのコラムが連載される。「週間展望」は葦津も執筆しており、「時の流れ」に連なるコラムである。とはいえ、「週間展望」は政治、経済、国際などの分野にわかれ、長谷川了、矢部周、島田晋作の各氏が執筆している。各氏が執筆したコラムには大学講師や経済評論家など各氏の肩書も添えられており、実際に存在する人物でもあり、葦津の筆名とは考え難い。
 昭和23年に入っても「週間展望」の連載は続けられるが、そこでも長谷川了など葦津とは思われない人物が執筆している。おそらく昭和23年の「週間展望」で葦津が執筆したものは、政治分野として同年3月22日の神社新報第89号「芦田新内閣成立 難航を重ねた組閣工作」が初ではないかと推測される。
 そうしたことから次回は「時の流れ」第11回(「週間展望」としては葦津執筆のものとして第1回とする)「芦田新内閣成立 難航を重ねた組閣工作」を取り上げる。

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