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【大東亜戦争開戦前夜】日米交渉3|幻に終わった近衛-ルーズベルト会談

日本軍の南部仏印進駐をきっかけに、米側の態度は極度に悪化し、日米交渉はほぼ打ち切り状態となった。

何としてでも対米戦争を避けたい近衛首相は、「近衛メッセージ」を発表、ルーズベルト大統領に首脳会談の開催を呼びかける。ちょうど同じ頃、大統領はイギリスのチャーチル首相と会談を行い、欧州大戦への参戦と対日戦に臨む意向を極秘に伝えていたとされる。

交渉再開を呼びかけた「近衛メッセージ」

日本の南部仏印進駐がきっかけで、「交渉の基礎を失う」(ハル)事態となった日米交渉は事実上、打ち切られた。

特使として派遣されていた陸軍大佐の岩畔および井川のふたりも昭和16年7月31日に帰国の途に着き、日本海軍は極秘のハワイ作戦の計画立案を急ぐ。

状況が緊迫する中、首相の近衛文麿は秘策として日米両首脳のトップ会談を持ち掛け、活路を見出そうとする。近衛の不退転の決意に及川海相は全面的に賛意を示し、東条陸相は条件付きで同意した。

会談の下準備を進めるため、政府は急ぎ野村大使へ日本側の意向をハルに伝えるよう指示した。

8月28日、野村はホワイトハウスにてルーズベルトと会談、近衛メッセージが記された文書を手交した。近衛メッセージの要点を記すと次のようになる。

  • 支那事変が解決次第、日本軍は中国大陸から全面撤兵する

  • これ以上、日本軍は進駐の領域を拡大することはない

  • 時局を好転するためにもまずは両首脳が直接会って話し合いを行い、交渉を再開させる

日本側の提案に、ルーズベルトは前向きな態度を見せた。好感触を得た野村は、これならいけると判断し、早急に日程の準備に取り掛かるよう東京に電報を送った。知らせを受けた日本政府はただちに船の準備や随員の人選に着手する。

米に交渉する意志なし

9月3日、再びホワイトハウスにルーズベルトを訪問した野村は、日本側提案への正式な回答を受け取った。それは米国が提案するハル4原則(他国領土の保全・不干渉主義・通商上の機会均等・太平洋の安定化)は崩さず、これに沿って今後も交渉を続けることを約束する条件付きの会談を要求するものであった。

さらに、この会談に先立って双方の見解を一致させる予備会談からのスタートを要求した。つまり、これまでの野村-ハル交渉の延長というわけだ。米国はハル4原則を固辞すると言っているのだから、日本側はすべてを妥協して米国の要求に屈服しなければならない。]

従来の交渉を続けるだけでは日本の立場と主権を守るうえで合意の一致点が見えないからこその、近衛メッセージであり、トップ会談の提案であったのだ。これではいくら話し合っても平行線に終始するしかない。

実を言うと、米国側は最初から会談に応じるつもりはなかった。これをエサにうまく日本をあやし、時を稼いで、日本側に期待を持たせるジェスチャーをすることが重要であった。大西洋・太平洋にまたがる両洋同時作戦の軍備と作戦プランが整うまで――。

1946年11月、米国両院共同調査会の公聴会にて、ハルはこう証言している。
「日米両国の政策の懸隔を考えると、日米交渉当初から、円満妥結は百に一つも望みがなかった。それでも交渉を開始し、継続させた大きな理由は、太平洋の平和的解決のため、そして米国軍部の要望するところの防衛整備のための時間的余裕を生むためであった」

大西洋会談の“密約”

近衛首相が日米首脳会談を模索して重臣たちに諮問していた頃、カナダ東岸沖のアーゼンチア湾では米巡洋艦「オーガスタ」、英戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」に乗艦したルーズベルト米大統領とチャーチル英首相との間で大西洋会談が開催されていた。

民族自決や領土不拡大、軍備縮小などのスローガンを掲げると同時に、第二次世界大戦に対する基本方針を定めた『大西洋憲章』が両国首脳の間で宣言された。この中でドイツと戦うソ連への支援が決定事項となったほか、米国の欧州参戦、対日戦争決意に関しても討議されたといわれている。

欧州大陸でひとりドイツの猛攻を浴びる英国のチャーチル首相が望むのは、1日も早い米国の参戦。そこへ日本の南部仏印進駐という“朗報”が飛び込んできたので、これを逆用して米国を巻き込むのが狙いであった。

米国が日本との戦争を決意したのは、連合艦隊による真珠湾奇襲作戦がきっかけというのが歴史上の定説であるが、実際にはチャーチルとの会談で事実上決まった可能性が極めて高い。情報公開先進国である米国だが、大西洋会談の決定事項に関する詳細については、未だ非公開としている。


参考:
『真珠湾までの365日』実松譲
『滞日十年』ジョセフ・グルー
『ハル回顧録』コーデル・ハル
『大東亜戦争史』服部卓四郎
『米国に使してー日米交渉の回顧』野村吉三郎
『大本営機密日誌』種村佐孝

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