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No.002:中学生、HIP HOPな店を見つける

本noteでの文章は私がディープな昭和-平成時代を連想しながら初めて書いている小説的な連載です。内容は全てフィクションであり、実在の人物や団体・店名などとは関係ありません。

前作はこちら

中学生、街へ

小学生時代にテレビ番組"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"のコーナー"ダンス甲子園"を見て、見よう見まねで始めたダンス。
そのまま中学へ進学し、不良の多い学校史上初となるダンスの真似事を行うグループが出来た。

毎晩のように近所の公園へ段ボールを持ち寄ってはダンスの練習を行う僕らは気づけば4人のメンバーとなっており、心の中では立派なダンスチームが結成されている。

言い出しっぺの僕、一番お洒落なケイタ、ロックバンドにも憧れを持つ厳しい家庭育ちのコウスケ、モテたがりなヤンキーのジュン。
そんなメンバーで構成されたダンスチームは、いつしか人前でダンスを披露することを夢見るようになり、毎日痣を作っては汗を流して練習する日々。

中学に進学したことで、小学校の校区しか移動を許可されていなかった僕らは、中学校の校区内と行動範囲が広がったのだが「街に出れば本物のダンサーがいるんじゃないか」と、そんなことをチーム内で話すようになった。

僕らの住む校区は住宅街であり、繁華街に出るためには電車に乗って30分程の移動が必要なのだが、僕らは繁華街に出ることは親の許可を得ていない。なぜなら繁華街にも多くの不良が蔓延っており、危険を伴うためである。

しかし僕らは繁華街に出て本物のダンサーを探したい。
だからどうしても電車代を捻出して、繁華街に出る必要があるのだ。

そこで僕らは、学校での昼食を「売店でパンを買う」という名目にし、毎日数百円の昼食代を親に貰い、昼食を我慢して電車賃にすることにした。

厳しい家庭育ちのコウスケは弁当からパンに変える許可が出ず、ダンスの練習以外では門限が厳しいため、繁華街に出ることは断念せざるを得なかった。
そしてモテたがりなヤンキーのジュンは、大抵赤いTシャツに金のネックレスをして、太いボンタンを履いていたため、ダンサーを探しに一緒に出かけるのが恥ずかしいうえに、繁華街に生息するヤンキーとトラブルに発展しかねない。
(当時は学校ごとの領地的なものがあったのだ)

結局僕と、一番洒落たケイタの2人で、パン代を浮かして得たお金で初めて子供だけでの電車で繁華街へと繰り出すことになった。
12歳の僕らにとって、親にも内緒な大冒険である。

なかなか見つからない本物のダンサー

どこに本物のダンサーが生息しているのか。いや、そもそも本物のダンサーは生息しているのかと、そんなことも知らずに繁華街へ繰り出すのは無謀の極みである。

12歳の少年2人が繁華街の駅を降りて、制服のズボンを履き、当時不良界隈で流行っていた"英字がプリントされたシャツ"を着て繁華街を歩く。
裏路地に入れば、どこに不良が潜んでいるかも分からないため、アーケード街をひたすらに往復するだけのダンサー探し。

もちろんインターネットも存在しておらず何の事前情報も存在していない中、ただの勘で歩くだけなので、見かけた洋服屋に入ってみたりするも、ダンサーは見つからない。それでも「本物のダンサーは存在しているはずだ」と根拠のない自信を胸に、何度も学校帰りに繁華街へ向かう。

すると(と言っても5回も出かけてない印象だが)電車賃がなくなってしまい、繁華街にダンサーを探しに行かなければならないのに金がない。という現実的な問題を突きつけられる訳で、僕らは無賃乗車の方法を模索し始めた。

繁華街の駅は最も大きな駅で、駅員も多く僕らにとってセキュリティが固すぎる。
「1つ前の駅で降りて歩いたらどうだ」
「やってみる価値はある」
そんなことで、僕らは犯罪を覚えていくのだ。

不幸にも日頃からダンスの真似事をしているため、運動神経は異常に良く、僕もケイタも足が速い。
万が一バレてしまったら走って逃げることができるだろうと、そんなことを話して駅に到着し、人気が少なくなるタイミングを見計らってフェンスを乗り越えて走る。

そして僕らの住む住宅街の駅も改札口から乗り場までの距離があるため、駅員の目を盗んでフェンスを越えるのも容易だ。
そうして僕らは電車賃を浮かして繁華街へ繰り出すことを覚えたのである。

ようやく見つけたひとつの店

何度か繁華街に出たものの事前情報もなく、歩いたところで本物のダンサーは見つからない。そして電車賃を浮かすための無賃乗車は心臓に悪い。

「ダンサーは存在していないのかも」という気持ちになりながら、繁華街で無策にダンサーを探すことを諦めて、毎晩公園でダンスの練習に明け暮れていたある日、確か"fine"という雑誌をケイタが持ってきて、僕らが歩いた繁華街周辺にHIP HOPのウェアを売るショップが存在しているという情報を得た。

早速僕とケイタは週末に電車で繁華街へと出かけたが、その店は僕らが歩きたくない裏路地の雑居ビルの4階にあり、階段下に"Wild Style"という店の名の小さな看板を掲げているだけだった。

「これじゃあ俺たちに見つけられるはずがない」とそんなことを話しながら店のある4階までの階段を登る。
2階、3階と雑居ビルの階段を上がるほどに、徐々に大きく聞こえてくるHIP HOPのBeat、野太い声のラップ、そしてチャンダンのお香が香ってくる。僕らには未知の世界だ。

「ここに本物のダンサーがいるんだ」と考えると緊張は最高潮に達し、何と声をかけるべきかも分からない。

ガチガチに緊張した僕らは4階に到着した。
店の扉は店名でもある"Wild Style"の文字がスプレーで書かれており、中の様子が見えない扉のため開けるのが怖い。少なくとも僕らが想像するダンサーはカッコいい不良の姿であって「いらっしゃいませー」なんて明るい声で迎えてくれるイメージではない。

憧れのダンサーに会える緊張感と、大きなBeatが響く扉を開け未知の世界へ実際に足を踏み入れる恐怖心とが入り混じった気持ちで、僕らは"Wild Style"の扉を開けて入店した。

惨敗した初回入店

店の扉を開けるとMTVのラップ番組の映像・大音量のHIP HOP、チャンダンのお香とスタッフの香水の香り。そして当時は見たこともなかったHIP HOPのウェアが並んでおり、僕らの着ている制服や普段着とはかけ離れたデザインだ。
ボソッと「いらっしゃい」的な挨拶をする女性のスタッフがカウンターに居て、特に僕らに「本日はどのようなご用件で」と聞いてくる訳でもない。

「ダンサーに出会いたくて何度も繁華街を歩いてたんです」なんて僕に言える余裕もなく「何だこのカッコいい空間は」と心の中で思いながら、"学生ズボンに英字プリントのシャツを着ている僕ら"が、明らかな場違いであることは、僕自身でも痛いほど分かった。

とは言え、すぐに店を出る勇気もない僕は、買いもしない服を触ることも出来ず、ただ店内を眺めているだけ。声を発する勇気もなく、僕とケイタは静かに気まづい空気感の中で店内を眺めていた。
時折店内のモニターに流れる黒人ラッパーの姿を見て「何でも良いから覚えておけるだけ覚えておこう」と、彼らの着ている服などを目に焼き付けるのが精一杯だ。

カウンターを見るとTechnicsのターンテーブルが置いてあり、奥には棚一面に置かれたレコード。
「これでキュッキュとレコードを扱うのか」とスクラッチなどという言葉も知らない僕が想像を膨らませていると店のドアが開き、大柄でダボダボなラルフローレンのラガーシャツを着た男性客が入店する。

「姐さん(あねさん)、お疲れ様です!」と、その男性客がスタッフの女性に挨拶を交わすが、中学1年の僕らのボキャブラリーに「お疲れ様です」という言葉は存在しない。

「お疲れ様です」とは何のことだ。中学生の僕らには「おはようございます」・「こんにちは」・「こんばんは」・「さようなら」しか挨拶の言葉は存在していない。
そして「姐さん」とはヤクザの世界の言葉ではないのか。僕の頭は完全に混乱しつつも「お疲れ様です」を新しい挨拶の言葉として脳内にインプットした。

常連であろう男性客と、何やら聞いたことのないワードで話す"姐さん"は色が白く美人であり、僕らが入店した時の無愛想さは一切なく笑いながら会話している。

「何だコイツらは」と言われたらどうしようと、恐怖を感じてしまった僕らは突っ込まれる前に店を後にし階段を降り、目的の店を発見した喜びでケイタと固い握手を交わした。

そして翌朝から、僕らは「お疲れ様です」という挨拶を交わすようになった。とにかく「本物のダンサーを探したい」という僕らの目標は一歩近づいたのである。
あとは"店にダンサーが来る時に偶然を装って店に居ること" それが僕の当面も目標となった。

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