昭和ブルース

昭和から平成とアンダーグラウンドな社会を、夢と苦悩を抱きながら生き抜く人生をフィクショ…

昭和ブルース

昭和から平成とアンダーグラウンドな社会を、夢と苦悩を抱きながら生き抜く人生をフィクションで小説に。 ご覧いただいた方が無茶苦茶な昭和・平成時代を懐かしみ、切なさを感じつつ、現代社会を頑張って楽しめるように。懐かしさや面白さを感じていただければ嬉しいです。

マガジン

  • 番外編

    私が書いています小説的内容とは別に番外編として、少しノンフィクションも交えながら昭和・平成時代の懐かしい話をマガジンにまとめていきます。

  • No.001〜 <小中学生編>

    アンダーグラウンドな世界に足を踏み入れる前の小中学生編。純粋に夢と憧れだけを持って送った少年が徐々にアンダーグラウンドな世界に足を踏み入れていく。

最近の記事

番外編:不良中学生の休日(友人の部屋編)

自由奔放な不良中学生の休日小学生時代、"ダンス甲子園"に衝撃を受けて以来、ダンスをすることに明け暮れていた僕が通っていた中学。 昭和-平成という時代背景もあり、ヤンキーが多い時代のヤンキーが多い学校に通っていた。 僕はダンススクールに通い出すことになり、大人に混ざって精一杯の背伸びをしながら夢中になれることを見つけて努力し始めるのだが、休日は同級生と群れて過ごす時間が気楽で心地良い。 僕は昔も今も自分の家に人が来るのが苦手で、自分の家に招くのは気心が知れた仲のメンバーだけ

    • No.005:憧れのダンサーとの付き合いの始まり

      ・ 前回までのマガジンはこちら 長年憧れていた"本物のダンサー達"との出会いHIP HOPの黄金期と言われる1990年代、僕(中井 丈一)はテレビ番組"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"の人気コーナー"ダンス甲子園"の影響で、小学校高学年から中学校にかけてダンスの真似事グループを作った。 ヤンキーやバンドマンの多い僕らの学校で前例のないことをやっていることに、どこか誇りを感じていた僕は"本物のダンサー"との出会いを求めて繁華街にあるHIP HOPの店"Wild Sty

      • No.004:中学生、ダンススクールで本物のダンサーと出会う

        ・ 前回までのマガジンはこちら 中学生、ダンススクールの紹介を受ける1993年、14歳となっていた僕は相変わらず学校のダンスチームの友人と、夜の公園でダンスの練習をしたり、HIP HOPの店である"Wild Style"に通ったりを繰り返す日々。 毎日が楽しく真剣で、ただひたすらに夢を追いかけるような毎日はあっという間に駆け抜けていく。 "Wild Style"に通い小さな買い物を繰り返しながら、未だ"本物のダンサー"には出会えていないが「いつかは会えるだろう」と期待を

        • 番外編:破ったデニムと親父

          買ったデニムに穴を開けた息子思春期というものだろうか。 小学生からダンサーという人種に憧れ中学生になってもダンスの真似事をしていた僕は、同じダンスチームにいたお洒落なケイタとよくファッション誌を見るようになっていた。 俗に言うヤンキーの多い僕らの校区では、ケミカルウォッシュのデニムを履いているヤンキーが多く、黒人文化に憧れる僕らはそれとは違う服装を真似ようと試行錯誤の日々。 踊っていれば楽しいという小学生も、少しずつ服装を気にするようになるのだが、まともな小遣いもなければ

        番外編:不良中学生の休日(友人の部屋編)

        マガジン

        • 番外編
          3本
        • No.001〜 <小中学生編>
          5本

        記事

          No.003:HIP HOPな店通いと中学生の見栄に溢れたお洒落

          ・ 前作までのマガジンはこちら "Wild Style"通いとダンスの練習の日々1991年、中学校で真似事的なダンスチームを作った僕は毎晩のように仲間と公園に集まり、段ボールを敷いてはブレイクダンスの練習の日々。 そして週に1回以上は必ず、繁華街でようやく見つけたHIP HOPの店"Wild Style"まで電車で30分の移動をして店に通った。 ダンスグループで1番洒落ているケイタは"Wild Style"に滞在する勇気がないようで、僕は1人で店に通うことになった。

          No.003:HIP HOPな店通いと中学生の見栄に溢れたお洒落

          No.002:中学生、HIP HOPな店を見つける

          ・ 前作はこちら 中学生、街へ小学生時代にテレビ番組"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"のコーナー"ダンス甲子園"を見て、見よう見まねで始めたダンス。 そのまま中学へ進学し、不良の多い学校史上初となるダンスの真似事を行うグループが出来た。 毎晩のように近所の公園へ段ボールを持ち寄ってはダンスの練習を行う僕らは気づけば4人のメンバーとなっており、心の中では立派なダンスチームが結成されている。 言い出しっぺの僕、一番お洒落なケイタ、ロックバンドにも憧れを持つ厳しい家庭育

          No.002:中学生、HIP HOPな店を見つける

          番外編:スーパーカセットビジョン

          ・ ゲーム機の登場今ではPS5やNintendo Switch、スマホのゲームなど、高画質で映画を見ているようなゲームが当然のように存在しているが、幼少期に僕が初めて遊んだゲーム機と呼ばれるものは友人が持っていたドンキーコングのゲームウォッチ。 我が家では金銭的事情なのか「ゲームをさせない」という親の意向なのかは分からないが、ゲームウォッチの代わりに僕が与えられたのは"ウォーターゲーム"というアナログな輪投げの玩具。 ファミコンの登場チープな玩具で満足できない僕は友人の

          番外編:スーパーカセットビジョン

          No.001:人生を変えた"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"

          ・ ふと幼少期を振り返る僕は会社を経営している。 ろくな学歴もない僕が経営する会社で働いてくれる従業員のメンバーには本当に頭が上がらず、自宅に持ち帰った仕事を行う時には働いてくれる従業員のことを思い「もっと従業員が良い人生を送れるように懸命に学んで頑張らねば」と元気をいただくもの。 僕と同世代の従業員とは時折、昭和時代の音楽の話やテレビ番組の話で盛り上がり当時を懐かしむこともあるが、そんな話を楽しみながらふと幼少期から現在に至るまでの人生を振り返ると、僕が従業員を雇用して

          No.001:人生を変えた"天才・たけしの元気が出るテレビ!!"

          はじめに:クレイジーな昭和-平成生まれの方々へ応援の気持ちを込めて

          コンプライアンス・ハラスメント・AI・SNS・インフルエンサーなど、現代を生き抜く昭和生まれや平成初期生まれの方々にとって、現代社会はどこか面白みが欠けていると感じていたり、生きづらさを感じていたり、窮屈さを感じていたりする方が居たり、そんな気分の時もある気がします。 「昔は良かった」というのはどこか情けなさを感じ、吐き出したくない言葉であり、現代の方が良い面も数えきれないほど存在しています。 けれど、どこか無茶苦茶な昭和後期や平成時代の面白さに、決して戻りたくはないものの

          はじめに:クレイジーな昭和-平成生まれの方々へ応援の気持ちを込めて