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番外編:破ったデニムと親父

本noteでの文章は私がディープな昭和-平成時代を連想しながら初めて書いている小説的な連載です。内容は全てフィクションであり、実在の人物や団体・店名などとは関係ありません。
"番外編"では本編と関係ない昭和・平成当時の思い出をノンフィクションも交えて更新しています。

買ったデニムに穴を開けた息子

思春期というものだろうか。
小学生からダンサーという人種に憧れ中学生になってもダンスの真似事をしていた僕は、同じダンスチームにいたお洒落なケイタとよくファッション誌を見るようになっていた。

俗に言うヤンキーの多い僕らの校区では、ケミカルウォッシュのデニムを履いているヤンキーが多く、黒人文化に憧れる僕らはそれとは違う服装を真似ようと試行錯誤の日々。

踊っていれば楽しいという小学生も、少しずつ服装を気にするようになるのだが、まともな小遣いもなければ「何がかっこいいのか」という知識もない。
仲良くなりたいと通っているHIP HOPの店"Wild Style"では、Calvin Kleinだとかのデニムが売られていて、僕は密かに「かっこいい」と憧れていたのだが到底買える金もない。

所詮は子供である。
だから休日に親が「買い物に出かける」と言えば付いていき、デパートの中の洋服売り場へと足を運んで、何となくダボっとしたバギーパンツのようなシルエットのものを探しては、何とか買ってもらおうと強請っていた。

新品のデニムをカッターで傷つけて激ギレされる

無名で安いデニムを手に入れたのは良いが、どこかピカピカでカッコ悪い(と思っていた)と感じた僕は、どこで見たのか記憶にはないが、少し穴を開けてみようとカッターナイフでデニムを削ってみたり、穴を開けて加工をしてみる。

結局はやりすぎるのがオチなのだが、僕の両親は真面目に生きてきた人間で決して裕福ではなく、どちらかと言えば貧しい家庭である。
そんな家庭環境の中で、わざわざ買ってあげた新しい洋服を傷をつけてボロボロにしてしまうという行為に、激しく怒られた。

"お洒落"というものに関心を持てる余裕もなく育った母にとって、洋服をボロボロにしてしまう行為は理解できず「なぜそんなことをするんだ」と激ギレ。僕は必死に「それが洒落てるんだ」と言い訳をする。

夜の公園でダンスの練習をして洋服が傷むことや、そもそも夜に子供が外出していることには"息子が一生懸命にやっていることだ"と黙認している母だが、意図的に洋服を傷つける行為は許せなかったようで、父親を呼びつけ叱らせようとした。

さすがにわざわざ買ってもらったジーンズに傷をつけた行為は、僕も申し訳なくなり、素直に「二度としない」と認めて母に謝った。

ずれた親父のずれた行為

僕がジーンズに傷をつけて数日後、外出先から家に帰ると両親の夫婦喧嘩が始まっていた。
厳密には夫婦喧嘩というよりも、母が親父にブチギレしていたのだ。

"触らぬ神に祟りなし"とはこのことか、僕は知らぬ顔をして僕と妹が共同で使っている部屋に戻ろうとしたのだが、部屋を開けようとしたところで母に呼び止められ、両親の元に呼ばれた。

そこで今にも悔しさに泣き出しそうな母が状況を話したのだが、どうやら親父が自身のジーンズにカッターナイフで穴を開けたらしい…

そしてそのジーンズを叩きつけるようにして僕と親父に見せつける母。
そのジーンズを見ると、僕が履きたくないケミカルウォッシュのジーンズであり、膝の箇所にめちゃくちゃ小さな穴が開いている。

どうやら親父は、僕が「洒落てるんだ」と言った言葉が耳に残っていたようで、自分の持っているジーンズに穴を開けようとしたようだ。
しかもケミカルウォッシュの何とも言えない形のジーンズの膝に、バレないように、そして自然についた傷に見えなくもないように。

僕はブチギレた母が怖かったので、さすがに黙っていたが「おとん、それは違う」と突っ込みたかった。
親父もブチギレると最強に怖いので言えるはずもないのだが、ファミコンが欲しい僕に、なぜかスーパーカセットビジョンを買ってくる親父だ。

どこかズレてるなと、子供ながらにその時も思っていた。

僕が思春期になり、なんか洒落たふうに一生懸命になっているのを見て、多分親父も洒落っ気を出そうとしたんだろう。

すでに父親は他界し思い出話をすることもないが、あの時の親父の心境はどんなものだったんだろうと、ふと思い出す。

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