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深夜3時のマインドカフ

あなたが寝静まった深夜3時。
わたしは眠れなくて甲州街道のテールランプをあなたのマンションのベランダから眺めたの。

オレンジ色のテールランプはいつもすぐに見えなくなって、わたしはいつも不安になるの。とても寂しくなって、悲しくなるの。

ラジオをつけるとチューナーがいつも合わなくて、ざぁざぁと音がするの。
でも、わたしにはなぜかその音が心地よくて、名前も知らないDJが語りかけてくるの。

「さぁ深夜3時のマインドカフたち。君たちにはどんな鎖が巻かれているのかな? 引っ張れば千切れる鎖? あるいは世界一周豪華客船の碇のような傲慢な鎖なのか? ぼくはわからないし、君たちだって見ないふりをしてる鎖さ。その鎖をぼくがゆっくりと解いてあげるんだ。さぁ今日も始まるよ! DJは小沢健二に似た、そう、ぼくだ」

たぶん、こんな風に語りかけてきて、わたしは微笑んだ。そして彼はいつもわたしのすぐ隣で歌い始めるの。

「ぼくがそんなにオザケンに似てるからって、君はいつもオザケンの楽曲しかリクエストしないんだね。仕方ないな、じゃあ聞いてくれ『おやすみなさい、子猫ちゃん!』」

とてもとてもきれいな世界
Where do we go, hey now?
君と僕のつづくお喋り

彼はいつもこのフレーズしか歌わない。だってここしか知らないんだって。
わたしはいつも可笑しくなってしまう。

車はゆっくりと西へ東へ向かっている。
わたしは彼のつたない歌をベランダから聞いた。

右ポケットに入れたあなたの部屋の合鍵をぎゅっと握りしめると、わたしはいつもキッチンに向かうの。

彼は「なにをするんだい」って優しい声で囁きかける。

わたしは大きな鍋いっぱいに水を入れるの。
それを沸騰するまで眺めるの。その頃にはもう彼の声は聞こえなくなって、
かすかな車のエンジンの音と、ざぁざぁとラジオの音、カーテンが風でなびく気配、そして水が少しづつ熱を帯びていく様子。

わたしはそのすべてを感じることで不思議と心が満たされていく気がするの。

でもそれはきっと気のせいで、わたしは鍋の水を眺めながら、早く沸騰してと急かすけど、わたしのいうことなんて聞いてはくれなかったの。

水は少しづつ少しづつ音を立てて蒸気に変わっていったの。
わたしはなんだかホッとして、右ポケットに入れたあなたの部屋の合鍵を鍋の中に入れたの。

少し変色したあなたの部屋の合鍵はぐつぐつと音を立てる。
それが可笑しくてわたしはくすくすと笑った。

わたしはなぜだか裸足のまま外に出たの。
そのまま駆け出したくなって、どこか遠くを目指したの。
もうあなたの部屋の合鍵のことなんて頭になかった。

深夜3時の甲州街道は熱気を帯びた車がいまだに休まずに走っていたわ。


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