こんな夢を見た。

 二両編成の車窓から私は眺めていた。無機質な巨人の群れはその場から動くことなく大地に根を張っている。電車は進むたびにガタンゴトンと音を立て自分の存在を証明している。車内はひんやりと心地よく、世間から隔離された空間、程度な揺れに母の胎内を感じる。
 
 駅に着き扉が開くと穢れ多き叫びが絶え間なく響くとともに浸食を始めた。私は思わず耳を塞ぎ、「下車にはまだ早いな」
 そう呟くと、扉はまた世界との関係を断ち切った。
 
 それからどれくらい陽は東から昇り西へ沈んだのだろうか。もはや私にはわからない。ただわかるのは、変わらぬ風景を眺め続け、未だ無機質な巨人の群れは物言わず偉大な穢れの中に存在している。

「下車にはまだ早いな」
 私がそう呟くと、車窓の向こうでひとひらの桜の華びらが蓮に浮かぶように舞っていた。硝子一枚に隔てた世界の向こうは天に瞬くどんな星より遠く果てしなく感じた。
 
 ふと視線を夕陽に向けると、巨人たちの隙間から桜の木が一本見えた。西陽に照らされ、巨人の群れはその姿を黒に染めている。桜はその撫子を黄金に変色させている。
「僕はここだよ」
 桜は私に言った。穢れた巨人の隙間から確かに桜は言った。この無機質な世界の中に一筋の光が差し込むように言った。
 私はこの時初めて「私の世界はこんなにも近くにあったんだ」と、そう感じた。

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