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日本を戦後一気に「少子化社会」にした、官民連携運動を知っておこう

Voicyでも連続解説しているのですが、想像以上に知らない人が多いので、1950年前後にGHQ、政府によって強力に推進された「少子化を目指す政策」について整理しときたいと思います。

人口減少、少子化対策について考える上で、歴史的系譜として日本におけるベビーブームが急ブレーキかかり、なぜ少子社会になったのか、については知っておく必要があります。

中国の一人っ子政策は有名な産児制限ですが、日本も戦後に産児制限を実施。団塊の世代とかでは「標準家庭」なんてことも設定され、実質的にふたりっ子政策ともいえる状態にあったことも忘れられています。

日本は少子化になったのではなく、少子化を選択したというのが現実です。地方創生大全でも軽く触れた内容ですが、よりデータをもとに解説しておきたいと思います。

○ ベビーブームの驚愕的ブレーキ

少子化政策において白書とかみても出てこないのは、日本がなぜ1年250万人以上生まれてきたのが、1950年を境目に一気に冷え込んでしまったのか。しかもちょっとずつではなく、急激に。この山がもう少しずつ減っていくものであればまだ社会保障なども組み立てやすいものが、がけ崩れのように落ちてしまったわけです。

○ ベビーブームを終焉させ、戦後の出産育児観をつくった「2つのファクター」

2つのファクターがあります。

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