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え?万一のチャンスに賭けられない?外国籍中学生の高校入試への挑戦①進行中

私が中国人の女の子Kちゃんに、出会ったのは、4年前のことだった。
私は大学在学中、天安門事件後間もない90年代前半の中国に留学し、卒業後は日本のメーカーで日本と現地で中国事業に従事、社内でもオールドチャイナスクールのメンバーと言われていた。
そのスクールの上司・先輩・同僚の間で、味と温かい雰囲気が現地のごはんやさんのようだと、よく食べに行く中華のお店が池袋にあった。4年前のある日ふと、娘を連れて二人でその店に食べに行ったら、中国人の店員さんに、「あなた中国語が上手ね。来日したばかりの、うちの娘の日本語の家庭教師をしてくれないか?」とスカウトされた。

それから、1ヶ月ほどその子のおうちに通ったが、日本語があまりに初めてだったので、私も「これ暗記して」「これ、練習して」と言うしかなくて、つまらない授業しかやりようがなかった。もう6年生だったので、それなりにいろんなことに本人の趣味関心はあって、日本語がつたないというのは、それを表現するのにあまりにもどかしく、勉強は面倒なのだった。それに、学校でも一応夕方などに週三で日本語の補習があり、私から見ても家庭教師より、そちらのほうがよさそうだった。で、すぐ家庭教師はやめになった。

そのとき印象に残ったことは、池袋のその子の小学校がすでに公立のインターナショナルスクールのようになっていて、半分ぐらいの子が外国人だという事実だった。そして、日本人でもイヤな4月の期初の手書きの難しい日本語の提出書類の数々が、どさりと外国人の親にも容赦なく降り注ぐのにも驚いた。
また、外国人生徒への第二言語としての日本語の支援も、全く国策なく、現場任せで行われていることにも「なんだかなあ」とやるせない気持ちになった。現場の学校は大変だなあ、これでニーズに追いつくのかと疑問に思った。

それからというもの、年に1-2度お母さんとメッセージのやりとりをして、「気にかけてはいる」という関係だった。当時は私も、軽く考えていて、6年生のうちに日本語をそこそこ習得して、中学に入ったらふつうに学習塾に入れば高校受験は問題ないんじゃないかと考えていた。

ところが、彼女が中学3年生になった今年の7月のある日、お母さんから、必死のメッセージが届いた。「三者面談に行ったら、成績が全然志望校に足りないらしい。どうしたらいいだろうか。」と面談の成績表と、実力テストの成績の写真が送られてきた。

あれ、なんでこんな成績?

かつての彼女の印象は、話の理解力もあり知的好奇心も旺盛で、十分中位の成績はとれそうな思考力のはず。なんで、こんな平均以下の成績なのか?数学は平均を超えている、大体他のも数学ぐらいの点はとれてもいいはずだ。宿題とか学校のことはそこそこ真面目にやる性格なのになぜ…。

この成績を上げるには、相当勉強しなければならない。
私みたいな厳しくない先生の言うことを聞くだろうか?やっぱり、熱血の親身な寺子屋みたいな塾の愛ある厳しさの先生に見てもらったほうがいい。数日間、家から通える範囲の近隣の塾の情報を調べまくって、おすすめできそうな塾のランキングをつくって、お母さんに送ってあげた。

(続く)

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