自分を愛することと、人を愛すること。
世間一般に親は、我が子を自分よりも愛おしむことが当たり前と言われています。
「一人の神が言った【我が子にまさって愛おしい者はいない】と。
それに対して仏陀は【自分にまさって愛おしい者はない】と答えた」
ここに仏陀は「自分にまさって愛おしい者はいない」という、誰もが心の奥に抱いている、人間のもっとも素直で深い気持ちを、ごく普通に認めるのでした。
これは個人主義的な、自分のことしか考えない利己主義的な態度に見えてしまいます。
しかし仏陀は次のように言っています。
「生きとし生きるものにとって命は愛おしい。生きとし生きるものは死を恐れる。我が身におしはかって、殺してはならないし、殺させてはならない」と。
注意しなくてはならないのは、仏陀は自らを愛おしいということと、また自らが幸福を追求するということと同時に、「我が身におしはかって」と述べていることです。
自分にとって「自分が一番愛おしく、幸せを求めている」ことからおしはかれば(推測すれば)、生きとし生きるものすべてにとって「自分が一番愛おしく、幸せを求めている」ことは、自ずと理解できるはずです。
だからこそ仏陀は「誰もが自らを愛するゆえに、誰も傷つけるべきではない」と述べているのです。
このような自覚から、他者や生き物への愛おしみや慈愛が生まれるのでしょう。
幕末に活躍した西郷隆盛は「我を愛する心をもって、人を愛するなり」と言っています。
この言葉も、同じ認識に立ったものと言えるでしょう。
誰もが抱く「自分が愛おしい」という気持ちを否定し、排除するのではなく、自分への愛おしさから生まれる他者への博愛を大切にするという世界を自らに投影するとき、私たちがこの人生から眺める世界は、美しいものになることでしょう。
称名寺通信 令和5年6月号より
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