宗教者のための個人面談
*現在、「宗教者のための個人面談」の募集は休止しています。
---------------
結論から言います。宗教者のための個人面談、申し受けます。
(長文の「背景と思い」が下に続きますので、お時間のある方はスクロールしてお読みください)
コロナの影響で、世の人と同じように、宗教者の不安やストレスが増しています。お坊さんだって、悩みはある。宗教者だって、つらい時はつらい。未来の住職塾の塾長としてたくさんの宗教者に接してきた10年の経験の中でも、今は未だかつてないレベルに達していると感じています。
「自利利他円満」「自他の抜苦与楽」という言葉もあるように、宗教者自身のセルフケアはとても大事です。まず、しんどさを言葉にしてみること。そして、それを誰かに聞いてもらうこと。宗教者という立場にいると、人から悩みを相談されることはあっても、自分自身の悩みを聞いてもらえる相手は案外少ないものです。私は仕事柄、これまでも多くの宗教者から個別に相談を受ける経験を重ねてきました。今はその役割をもっと前に出して、もっと積極的に宗教者を支えることが、自分にできるコロナ対応の一つなんじゃないかと考えています。
そこで、宗教者のための個人面談を申し受けることにしました。宗教宗派にかかわらず、多くの宗教者が抱える悩みの大きな部分は、家族関係を含む人間関係だったりします。人間らしい悩みに最も溢れているのが、実は宗教界かもしれません。宗教者も、人です。「宗教に関わる人間が、こんなことで悩んでいるのなんて、恥ずかしい」と思わずに、どんなことでも話してみてください。
少なくとも、私はお話を聞くことや一緒に考えることはできます。また、限られた経験からのものにはなりますが、何かしら情報やアイデアを出せる場合もあるかもしれません。そうすることが、私にとってのセルフケアでもあります。私の存在が多少なりとも、「宗教者の駆け込み寺」の一つとなれれば幸いです。
▼詳細
時間:1回あたり50分を基本
形式:1対1のオンライン対話(zoom等を利用)
対象:僧侶やそのご家族(配偶者や兄弟姉妹、後継者)など、伝統仏教寺院にて「宗教者」としての役割を担う方
※仏教以外の宗教の方にも枠を設けます。個別にご相談ください
▼お申込み
・直接・間接に繋がりのある方は、FacebookやTwitterのメッセンジャー等でご連絡ください。それ以外の方は、下記のフォーム(この取り組みは松本紹圭個人のものですが、申込フォームのみ塾のものを借りています)よりお願いします。
https://mirai-j.net/contact
・面談にあたっては申込者の個人情報保護に最大限の配慮をします。
・個人活動のため、割ける時間に限りがあります。ひとまず10枠限定とさせていただきます。お申込み多数の場合はお断りすることもあること、ご了承ください。
背景と思い
宗教者のための個人面談を受け付けようと考えるに至った背景を、以下に書きます。時間のある方はお付き合いください。
10年前の世の中の空気感、思い出せますか? 時代の変化に順応するのが早い人にはもはや思い出せないかもしれませんが、仏教界もこの10年でずいぶん変わりました。東大寺の法要がニコ超で配信され、かたやテクノ法要が宗派の本山で許されるとか、あの当時はとても考えられなかったはずです。というか、今仏教界で起こっている先進的な取り組みは、10年前ならおよそもれなく袋叩きに遭っていたかもしれません。でも今は、年輩者も含めた多くの僧侶に「このままではいけない」という危機感が共有され、出る杭も以前ほど打たれなくなりました。また、インターネット環境が整ったことで、お寺にいながら離れた住職同士が協力して色々なことに挑戦できるようになり、出る杭が束になって強さを増しています。
未来の住職塾の構想が生まれたのも、およそ10年前。2009年、MBA(経営学修士)取得のため留学する直前に書いた本『お坊さん革命』(講談社プラスアルファ新書)の中で「住職の学校を作りたい」と記したのが、その始まりです。少し長いですが、当時の原稿を引用します。
住職の学校
現代日本のお坊さん、とりわけ一つのお寺を預かる住職というのは大きな矛盾を抱えざるを得ない難しい仕事である。宗教者でありながら同時に宗教法人の経営者でなくてはならないからだ。ここで「経営者」というのはお寺を営利目的に利用する人という意味ではなく、お寺が本来果たすべき役割を実現するために効率的にお寺を運営する人という意味である。
私は今後、お寺を預かる住職向けに寺院の運営に関する専門教育を施す「住職の学校」が必要ではないかと考える。これまで伝統仏教界において、お坊さんは仏教を学ぶ機会はあっても、現代社会におけるお寺の役割や、それを正しく運営するための実践的な知識や技術を学ぶ機会はほとんどなかった。そのために、修行を終えてお寺に戻ると何の疑問もなく今までどおりの業務をこなすだけになりがちで、そこから閉塞感も生まれてきた。
宗教本来の「悩める人の心に寄り添う」役割をお寺が回復することを目指す「住職の学校」では、宗派を問わず意欲の高い僧侶を対象に、宗教者としての、そして寺院経営者としての自覚と技能をそれぞれ高めるための住職養成プログラムを立ち上げる。プログラム参加寺院における経営の基盤を、先祖供養産業から心のケア産業へと移行することを目指すのである。
「宗教者」教育として、教義学習や修行などの基本的なことは今までどおり各宗派の教育にまかせておけばよい。その上で新たに必要となる科目は、仏教教義を実人生に結びつけるためのケーススタディ、人間のこころの問題、特に新宗教に関する他宗教の現状や洗脳解除の技法、葬儀等の儀礼執行者としての基礎などであろう。応用科目として、悩める人の心に寄り添うマンツーマンカウンセリング技法なども学べると良さそうだ。
一方で「経営者」としての教育については、非営利法人運営に強いビジネススクールと協力してカリキュラムを作るのもいいだろう。これまで住職は皆それぞれ自分のやり方で試行錯誤しながら自分なりのお寺運営スタイルを確立する他なかったが、公益法人経営の基礎や税制に関する知識などは寺院の運営に大きく役に立つはずだ。
また、住職は社会の中でのお寺と僧侶の役割を自覚したうえで、仏教精神に基づいて社会を変革していくリーダーとしての問題解決能力や組織統率能力を高めていく必要もある。それらの事柄について専門分野の教師から学ぶことができる場があれば、住職が成長するための大きな手助けとなるのではないだろうか。そしてもうひとつ、他のお寺での取り組み成果をケースとして共有するための仕組みも整えられると便利である。成功したお寺のノウハウを蓄積し次につなげていくことが大切だ。
当時はまだグリーフケアも知られていなかったし、臨床宗教師も生まれていませんでした。もちろん、未来の住職塾もありません。この原稿から、あの頃の空気感、少し感じていただけますか? お寺の世界に外から迷い込んできた自分なりに、お寺の世界に貢献できることを模索していました。
◆
塾を始めた頃、何人かの先輩のお坊さんから言われたことがありました。「君は、仏教界を弱肉強食の世界にしたいのか? 君の塾は、強いお寺をさらに強くするばかりじゃないのか? 塾の内容についていけないようなお寺こそ、救うべきじゃないのか?」と。もちろん、私は何もお寺間の格差を広げようなんて思っていません。仏教の根本目的は自他の抜苦与楽です。お寺同士、競い合うのではなく協力し合いながら、それぞれの地域コミュニティにおいて自他の抜苦与楽を思い切りやれるよう、お寺を支援するのが塾の役目です。そのために、ずっとイメージしてきたのは「テント」です。
「テント理論」を知っていますか? 知らないですよね。未来の住職塾の講師を一緒にやっている、木村共宏さんが教えてくれた独自の理論です。と言っても、私は私でまったく同じ理論に「おしぼり理論」と名付けて、よく使っていました。「ふろしき理論」と呼ぶ人もいるかもしれない。きっと、名称は定まっていないけれど、世の人々に経験的によく知られた理論なのだと思います。まず、おしぼりをテーブルの上に広げます。四角いおしぼりの真ん中をつまんでゆっくり持ち上げると、四隅もズリズリっと少しずつ引っ張られていきますよね。ただ、それだけ。「中心に柱が立てば、周りも引っ張られて付いてくる」という、簡単な理論です。
仏教界に新しい柱を立てる志あるお寺の人たちのために、マネジメント力とリーダーシップを学び合う場と、お互いに協力し合うコミュニティという土台を作り、支援すること。そのことを素晴らしい仲間と一緒に続けてきました。「お寺の経営」をテーマに掲げて始めた未来の住職塾は、多少の風当たりを受けつつも、たくさんの応援者を得て、延べ650名以上の塾生の方に学んでいただきました。こうして今、いろんなところで塾生の方の活躍を見るようになったことは、まさにテントの中心に高い柱が立った様子そのもの。自分たちが作った土台からジャンプして羽ばたいていく人を見送ることは、教育事業に関わることの大きな喜びです。
◆
だからこそ、最近思うことがあります。特にコロナウィルスの影響で法事や葬儀にもオンライン化の波が押し寄せるなど、「寺院消滅」へのカウントダウンがさらに年単位で早まった今、「テント」の周縁部に追いやられたような気持ちの人にこそ目を向けるべきなんじゃないか。中心の柱はすでに自立して、私も手の届かないところへどんどん伸び続けています。一方、どんどん伸びる柱を見上げながら、焦りばかり募る人もいるかもしれません。あまりに早い世の中の変化に、気持ち的についていけず、取り残されてしまっている人も少なくないと思います。順応性が取り柄の私自身、いろんな人のいろんな情報に触れれば触れるほど、焦る気持ちや、取り残されたような気持ちが生じて、疲れを感じています。
これまで未来の住職塾の塾長をやらせていただく中で、たくさんのお坊さん、宗教者の方の相談に乗ってきました。FBやインスタグラムでは何の悩みもなさそうにキラキラ輝いて見える人だって、誰にも相談できないような問題を一人抱えて苦しんでいたりするものです。ましてや、「テント」が高く引き上げられる中で疎外感を感じる宗教者の悩みは深く、マネジメント力やリーダーシップ以前に、一人の人としての安養のベースが大きく揺らいでいます。先日は、これまでずっとお寺との兼業で別の仕事を長年続けてきた住職が、コロナウィルスの影響で仕事のバランスが崩れてしまって精神的に追い詰められている相談を聞きました。宗教者の自己肯定感や自己効力感の低下は、宗教宗派にかかわらず大きな課題です。
今回のコロナ禍は、自身の生き方や活動の方向性を見直す良い機会です。自分にとってそれは、「テント理論」で言うところの、柱を高くすることから、周縁部を太くすることへと、目線を移す機会かもしれないと思っています。SDGsのスローガンは「No One Left Behind〜誰一人取り残さない」ですが、それを自分にとって最も近しい存在である宗教者に向けていきたいです。
実は、先の「住職の学校を作りたい」コラム原稿の末尾は、こう締めくくっています。
多くの住職は短期間でもお寺を離れることが難しいという現実もある。したがって、「住職の学校」はインターネットを利用したオンラインでの教育を主軸とし、必要に応じて現場でのスクーリングを行うという形式でなされるのがよいだろう。
様々なハードルを抱えた宗教者のために、未来の住職塾NEXTは今年から完全オンラインへ移行することに決めました。10年以上前にコラムで書いたことが、ようやく実現します。でもそれは、オンライン化そのものを目的とするのではなくて、「誰一人取り残さない」ための動きでもあります。未来の住職塾NEXT自体は今まで通り、宗教者のマネジメント力やリーダーシップを磨き合う場として作っていきますが、それと合わせて「宗教者のための駆け込み寺」、つまり「テント」の中で疎外感を感じる宗教者仲間の抜苦与楽になる活動も、個人として、もっともっと力を入れてやっていきたいです。
宗教者のための個人面談を申し受けます。今、何が足りていないのか、何に困っているのか。何が苦しいのか。宗教者のあなたの声を聞かせてください。
ここから先は
松本紹圭のPost-religionコラム(7/31に停止)
当マガジンは「松本紹圭の方丈庵」マガジン内のコンテンツの一部を配信してお届けしてきましたが、7/31をもって停止させていただくことになりま…
松本紹圭の方丈庵
このnoteマガジンは、僧侶 松本紹圭が開くお寺のような場所。私たちはいかにしてよりよき祖先になれるか。ここ方丈庵をベースキャンプに、ひじ…
"Spiritual but not religious"な感覚の人が増えています。Post-religion時代、人と社会と宗教のこれからを一緒に考えてみませんか? 活動へのご賛同、応援、ご参加いただけると、とても嬉しいです!