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「ブラックボックス」砂川文次著 ※ネタバレ有

※なるだけネタバレにならないように触れていこうと思ったのですが、恐らくネタバレ的な要素も含まれていると思うので、予めタイトルとこちらにその旨を掲載させて頂きます。基本的に、ネタバレがあっても興味深い作品だとは思うのですが、先入観なしに読みたいという方もいらっしゃると思いますので、その際は読後にこちらの感想を読んで頂ければ幸いです。

正直、作品のテーマ的に「芥川賞狙い」の印象が否めなかった。それまで作者が得意としてきたであろう「自衛隊(軍隊)」をテーマにした作品で受賞を逃した故に、非正規雇用の高卒の男性を主人公に、その彼の生きづらさを社会批判を通じて描いていることで、戦後左派的な思想の強いであろう審査員の評価を得ることになったのだろうと思い込んでいたが…それは、自身のとんでもなく偏向的で傲慢な思い違いであった。そして、改めて先入観というものは感覚を狂わせる側面もありながら、同時に「思い違い故の喜ばしい驚き」も得られる側面もあるのだと感じ、それが「作品への思わぬ感動につながる」こともあると、この作品を通じて改めて痛感させられることになった。

この作品は、本当に「男性」の生きづらさを描いている。というより、何か本質的に社会生活を送る上で困難を抱えながら生きている、生身の人間の姿が男性目線で描かれている。しかもその人間的な生きにくさを、外的要因に限定して(平野啓一郎氏の著作のように)政権や社会に対して批判を作中に展開するのではなく、自省的あるいは絶望的にに卑屈や孤独に陥るのでもなく、

どこか客観的で俯瞰的ながら、一方で当事者的に「分かっちゃいるけど…どうにもならない」的な、義務感とあきらめが複雑に入り乱れるような感じを伴ってる感じ。ダメな人間だと分かってるんだが、ダメな人間から一歩踏み出せず変えることもできないもどかしさ…ホントに、根本的な生きにくさを感じている「社会的弱者」のための作品だよね…。それが、どこか思想的であったり如何にもインテリ左派系にありがちな「政権批判のための創作的」な像ではなく、本当に現実味をもって受け止められるような…。

技術的には荒削りな部分もあるけど、間違いなくこの作品は自分たちのような「社会のレールから外れている人たち」を描いてくれている。それも、当事者の目線で理不尽も怒りも全て…詰め込んでいる。正直、ポルシェ太郎で羽田氏に感じた親近感と同じようなものを、砂川氏に感じたんだよね…。

それぞれ、気になった点を簡潔に触れていこうと思う。

①冒頭の「自転車」の描写

これはもう、ご本人が自転車というものが本当に大好きで仕方がないのが伝わってきたが、正直…このシーンで挫折してしまう方も多いんじゃないかなって位、マニアックな描写であふれている印象なので好き嫌いは分かれるかも(個人的には気持ちは痛いほどわかる/笑)。ただ、このシーンは正直「自転車がまぁまぁ好きな主人公」程度の認識を持てた上で読み飛ばしても、本編を読み進めるうえではそれほど支障はないのも確か。

しいていうなら、途中主人公が事故に巻き込まれるシーンがあって、そこで具体的にどう困難が伴うのかを正確に理解するには、丁寧に理解した方がいい箇所もあるのだろうけど…それも「知っていると尚面白い」位なので、そこまで気にせず読み飛ばしても問題はないと思う。

②無意識的な「正社員」や「職歴」への焦燥感や義務感

「仕事が長続きしないフリーター」…逆に言うなら、そういうレッテルが簡単に張られてしまうほど日本社会における正社員や職歴という概念の強さや一種の義務感を、その主人公を通じて「生きづらさ」と共に逆説的に描いている印象を受ける。ちらほら正社員を意識するような描写が伴いながらも、最終的に主人公がどういう結論に至るのかっていうのがこの作品のミソでもあるんだよね…。この辺りは「推し、燃ゆ」における「諦め」の感情に近い気もするけど、「キッズ・リターン」的な「諦めの中に再起への渇望」が幾分か伺えるような印象も受ける。ただ、決定的に希望を抱かせるような結末かと言われれば、それは微妙なところではあるのかもしれない…(※現実的な視点で嘘臭く描かないことへの評価)

③純粋な生きにくさを抱える男性への「共感性」

この作品に自分が感じた最大の魅力は「共感性」だと思う。何も「短気で長続きしないフリーター」の物語、というだけでは片づけられないほど、日常におけるふとした瞬間の「感情的沸点」であったり、何気なくやり過ごすことなどできないほどの理不尽であったり…諸々の描写への共感性が自分の中では高かった。主人公はそれらに対し、うまく対処できずに暴発させて失敗するような描写が多いけど、自分たちの中にもこうした部分は常に内在していて、ある意味「ギリギリ割れそうな風船」のようにいつ破裂してもおかしくない状況に囲まれているという意味でも…やっぱり純粋に生きづらさという部分に帰結すると思うし、そういう意味での共感性が高くて…。個人的に、小学生時代のエピソードの妙な現実感に、寧ろ「そうだよね」って冷笑的に共感してしまったよね…。

④句読点の少なさは時に読みにくさに…

あえて気になる点を挙げれば、この作品における句読点…というか長文における句点の異様なまでの少なさは気になった。少ないというより、一文に全く句点がない箇所もあったりして…個人的に最初にそういう部分に触れた際には「うわぁ、読みにくいなぁ」と感じちゃったし、非常に好みの別れる文体だろうなぁとは感じた。それが技術的にどのような評価を受けたのかは分からないのだけれど、こういう文体もあるんだなって勉強にはなるよね。

ということで、本当に簡単に「自分のメモ用」にまとめてみたけど…ブラックボックス、個人的に先入観とは裏腹に好印象で終わったので本当に驚いた。多分、作品に対する技術力の評価というより、それへの共感性と作家への親近感なんだよね…

ただ、作品への感想文というか考察を色々書いていくより、自分も書きたくなってきたという気持ちの方がむしろ強くなってしまったので、実は上の文章も途中から適当になってしまっているかもしれないけど…そこはご容赦頂けば幸いです(笑)

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